第69話 プレゼント選び②
小白と相談した結果、琴水へのプレゼントは『学校生活でも使えるもの』という方向にまとまった。思えばアクセサリーの類は本人の好みもあるので下手に贈ると困らせる可能性もなくはない。どうせ贈るならあまり邪魔にならず、気兼ねなく使ってもらえるものにしようということになった結果だ。
「うーん……色々見て回ったけど、今のところ折り畳み傘かハンカチだな」
「折りたたみ傘がいいんじゃない?」
「その心は」
「最近、雨が降った日あったでしょ? その時に風で折りたたみ傘を壊しちゃったんだって。長いこと使ってたやつだからガタがきてたみたいで」
「なるほど。じゃあ、折りたたみ傘にするとして……よくそんなこと知ってたな。琴水からきいたのか?」
「紅太ママ情報」
「意外な情報源だな」
「そうでもないよ。ちょくちょくやり取りしてるし」
どうやら小白とうちの母さんのやり取りは、俺が思っていた以上に密らしい。
いつの間に。……そのうち小白に向けて実況とかしないだろうな。
そんな母親に対する不安を抱きつつ、折りたたみ傘を見に行くことにした。
思えば傘を買う時は、だいたい家に忘れてその場にあるコンビニで買って間に合わせることが多い。こうやってわざわざ普段使い用の折りたたみ傘を選ぶのは新鮮だ。
「軽いやつに耐久性のあるやつに……おおっ。背中に荷物を背負ってる時に濡れないようにするための物まであるのか」
「へぇー。けっこー色んな種類があるんだね。……あ。これデザインいいかも。けどちょっと重いかな……こっちは軽いけど、デザインが微妙……やっぱり壊れたばっかりだし、耐久性があった方が琴水ちゃんも安心だよね。軽さと耐久性とデザインが両立したものがあれば……」
ぶつぶつと呟きながら熱心に折りたたみ傘を手にとっては吟味していく。
小白って結構、凝り性なところがあるからこういう時は頼もしいな。
「ん。なに?」
「うちの彼女は頼もしいなって思ってた」
「? 意味わかんないんだけど。それよりほら、紅太も選びなよ」
頼りになる小白と相談して、デザインと耐久性を重視したものを選んだ。
重量は軽量タイプのものよりは少し重くなるが、それでも普通の折りたたみ傘と同じぐらいだから、今までと使用感はあまり変わらないはずだ。
最後にプレゼント用の包装をしてもらい、これで今日のプレゼントを買うという最大の目的を果たすことができた。
「あとは琴水ちゃんに渡すだけだね」
「そうだな。……今更だけど、日ごろのお礼っていう建前があるとはいえ、誕生日とかそういう特別なイベントでもないのにプレゼントを渡すって、ヘンに思われないかな」
「んー……それはちょっと思われるかもだけど」
「思われるのかよ」
「でも、きっと喜んでくれると思うよ。家族からのプレゼントだし」
一学期に盛大な喧嘩をしたものの、今では……まあ。お互いに、それなりにやっていると思う。べたべたしてる仲睦まじい兄妹というほどでもないが……なんていうのかな。『普通』ってやつになれてるんじゃないかとは、思う。たぶん。
「家族からのプレゼントか……」
思えば。俺たち家族の中で一番『家族』というものに焦がれ、求め、欲し、誰よりも逃げずに向き合っていたのは琴水だった。
逃避を選んだことは後悔していない。だけど俺が逃避を選んでしまったせいで琴水を苦しめてしまっていたのは事実だ。
「…………やっぱり、ハンカチも買おうかな」
「いいと思うよ。ハンカチは何枚あっても困らないと思うし」
「ん。琴水に贈る分もあるけど、それだけじゃなくて……日頃、お世話になったり迷惑かけたりしたのは、琴水だけじゃなかったなーって」
気恥ずかしさもあって濁りがちになった今の言葉で、小白は察したらしい。
「そっか。
「小白の太鼓判があるなら自信が持てるな」
「どういたしまして。……でも、そういうことなら私も家族に何か買おうかな」
「あー……いいんじゃないか? 黒音さんなら家宝にするだろ。金庫を組み込んだ神棚を自作するところまで見えた」
「やめて。冗談に聞こえないから」
小白も解ってるだろうけど、あの人は絶対にやる。むしろ想像以上のものを作り上げてきてもおかしくはない。
「でも黒音さんなら、手作り料理の方が喜びそうな気もするな」
「それはいつも食べてるから」
「そっか。料理も含めた家事は今、小白がやってるんだっけ。じゃあむしろ手作り料理はプレゼントにはならないか」
「むしろそれをプレゼントにしたら元に戻っちゃいそうでさ」
「元に戻る?」
「今の家に引っ越して、私が料理を始めた時は大変だったんだよ、ほんと。作る料理を片っ端から写真を何百枚も撮った挙句に、それをもとに私の作った料理の食品サンプルを自作してガラスケースに解説プレート付きで展示しはじめるから」
「えぇ…………」
反射的に冗談であってほしいと願ったものの、どうやら小白の目を見る限り『
「何度も何度も根気強く説得して言い聞かせて、最近になってようやく普通に食べてくれるようになったんだよね……写真の枚数も二桁に抑えさせたし、食品サンプル入りガラスケースは邪魔だから倉庫借りてそっちに移させたし」
「わざわざ借りたんだな、倉庫……」
「……元から借りてたらしいんだよね」
元から借りてなにを保管していたのだろうか。そして小白が説得するまでどれだけの食品サンプルを量産したのだろうか。……考えるのやめるか。
「そんなだから料理は無し。プレゼントっていうていで渡しちゃうとまた食品サンプルを作り出しそうだから」
「すまん。俺が軽率すぎた」
「いや、うちのお姉ちゃんが異常者なだけだし」
黒音さんの愛の重さに戦慄しつつ、俺たちはそれぞれ家族用のプレゼントを選ぶことにした。選ぶといっても、俺はもうハンカチで決まっているからあとはどの柄を選ぶか、というだけだ。
「……よし。全員分。こんなもんかな」
「へー。家族全員で同じブランドのやつにするんだ。色違いでお揃い感でていいね。琴水ちゃんとか、特に喜ぶんじゃない?」
「だといいけどな」
「きっとそうだよ。……あれ? 赤と青と黄と緑と……白? 一枚多くない?」
「枚数はこれで合ってる」
「いつの間に五人家族になってんの?」
「そのうち家族になる人の分もあるからな」
「それ、って……うぬぼれていいやつ?」
「いくらでもうぬぼれていいやつ」
「……じゃあ、うん。えっと……うぬぼれます」
プレゼント選びをする手が止まり、顔を真っ赤にして固まって……小白の反応がいちいち可愛い。抱きしめたくなるし、それ以上のこともしたくなる。
「……なに?」
「彼女が可愛すぎて困ってる」
「困ったらどうなるの……?」
「どうなるか言ったら、この場でしちゃうかも」
「…………じゃあ、やめとく。恥ずかしいし」
それから小白がフリーズから復帰するまで待った後、二人で小白の家族プレゼントを選んだ。本人は色々と悩んだ後、黒音さんにはマグカップを贈ることにしたらしい。
「小白とお揃いにしたら喜ぶんじゃないか」
「……………………………………………………そうする」
本人の中で何かしらの葛藤があったらしいが、とりあえずお揃いにすることにしたらしい。
「……せっかくだから、ママにも贈ろうかな。お揃いのやつ」
「……うん。いいと思う」
母親へのプレゼントのマグカップを選ぶ小白の顔は、柔らかくて、優しくて。だけどまだほんの少しを痛みを抱えているようだった。
それはきっと小白だけの痛みだ。俺ではどうしようもできない。それがもどかしくあるけれど、どちらにせよ俺の手を借りることを小白は望んではいないだろう。
「別になんでもない日なのにプレゼントなんてさ。ほんとヘンだよね。私たち」
「いきなりだから渡される方もびっくりするだろうな……けど、まあ、俺たちはそれなりに迷惑もかけてきたわけだし、ちょうどいいんじゃないか」
「最初は琴水ちゃんへのお礼のプレゼントを買いに来たはずなのにね」
「なんかついでみたいなっちゃったな」
琴水へのプレゼントは別であるからよしとしよう。
「……あのさ。そのうち、またママに何かプレゼント、買おうと思ってるんだよね」
「そのうちっていつ? 買い物付き合うよ」
「ありがと。時期は……まだ未定。っていうのもさ、バイトを始めて、バイト代が入ったら、って思ってる」
レジで包んでもらったプレゼントの入った袋をきゅっと握りながら、小白は少しずつ言葉を紡いでいく。
「私はがんばってるよって伝えたいから」
「……じゃあ、なおさら早くバイト探さなきゃだな」
「う。そうだよね。色々迷って決めきれなくて……」
「試しに、一緒に単発バイトでも入ってみるか? 俺も旅行代を貯めなきゃだし」
「そっか。そういうのもあるんだ。……うん。それいいかも」
「じゃあ、近くのカフェで探すか」
それから俺たちは当初の予定よりも少し長めのデートを楽しんだ。
ちなみに後日。
小白からお揃いのマグカップをもらった黒音さんは歓喜のあまりむせび泣き、そのマグカップに入れて飲むためのコーヒー豆を作りに海外へと飛び立とうとしたので、小白が必死になって止めたとかなんとか……。
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【お知らせ】
「放課後、ファミレスで、クラスのあの子と。」が、
電撃文庫様より1月刊で書籍化決定しました!!
イラストレーター様はmagako様となります!
https://dengekibunko.jp/product/newrelease-bunko.html
(先んじてX(旧:Twitter)や近況ノートでも報告しております。
近況ノートでは、書籍版の内容についてほんの少し触れてます)
https://kakuyomu.jp/users/left_ryu/news/16817330666424803572
これからの続報をお待ちください!
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