第68話 プレゼント選び
三者面談の日をきっかけに、俺の周りで少しずつ変化が起き始めた。
一つ目は、周囲の生徒たちの認知だ。俺が黒音さんと親し気(周囲にはそう見えていたらしい)に話していたことで、俺と小白の関係が『家族公認』のものとして広まった。と、同時に、俺と小白が恋人同士であることが更に広まった。
元々、小白は人目を惹きやすいし、姉があの『kuon』だ。話題性は抜群に高いが故のことだろう。それに小白と一緒に歩いていれば視線なんて勝手に集まる。大して変わらない。
二つ目は夏樹だ。
バイト先でマスターから聞いた話だが、どうやら三者面談の日に来門さんと会っていたらしい。で、ここからは小白や本人から訊いた話だが、その日からちょくちょく話をしたりして親交を深めているそうだ。
珍しい、というのが率直な感想。
夏樹が女子と遊んだりしていることは別段、珍しくはない。だけど俺の目から見て、どこか線引きのようなものがあったりもしていたのだが、来門さん相手にはその線を越えることを少しではあるが許している節がある。
――――そうして、僅かな変化が起きた三者面談からしばらく経った日の休日。
「さっきの子、キレイだったよなー。友達でも待ってんのかな?」
「バーカ。男に決まってるだろ。あれだけの美人に彼氏がいないわけないって」
駅前の集合場所に向かうにつれて、そんな声が増えてくる。
休日だからか人の数も混雑気味。視線も散って当然であり普通。しかし行き交う人々は必ず一度は俺が向かう先、ある一点に向けられる。
そこには世界で一番愛おしい人がいて、スマホを片手に時間を潰していた。
……が、何かしらの気配を感じ取ったかのように不意に顔を上げたかと思うと、この世の何よりも美しい宝石のような蒼い瞳と、視線が合った。
先ほどまで凛々しく美しい、クールビューティーという言葉を絵に描いたような
「ごめん。待たせちゃったか」
「ぜんぜん。私もさっき来たとこだし」
小白の首を横に振る仕草につられるように、左右の髪もまた揺れる。
「今日、ツインテにしてきたんだな」
「ん。ちょっと気分転換」
「いいんじゃないか? 小白ってそういう髪型も似合うよな。可愛いよ」
「ありがと」
髪型に合わせてブラウスとスカートも甘めな方向に揃えている。いつものクールビューティー路線もいいけど、こっちも可愛い。
「こういう格好とか髪型とか、いつもはあんまりしないんだけどね。子供っぽく思われそうで」
「そんな感じしないけどな。『子供っぽい』より『可愛い』とか『綺麗』が勝つし。そもそも小白ならなんでも上手く着こなしそうだけど」
「なんでもはさすがに言いすぎじゃない?」
「シャツ一枚でも上手く着こなしてるだろ」
「あ、あれは違うでしょっ……! そういうのとっ!」
どうやらシャツ一枚だけになった時のことを思い出しているらしく、頬に赤みがさした。
すぐにこういう可愛らしい顔をしてくるから、つつきたくなるんだよな。もちろん、さっきまでの言葉は全部本心だけど。
……でも。
「……………………」
「? なに?」
「……ごめん。悔しいなって、思ってた」
「悔しい?」
「そのいつもと違う小白の姿、一番に見たかったなって」
小白がどれぐらいの時間、ここで待っていたのかは解らない。
いや、それどころか家からこの集合場所に来るまでの移動時間もある。
「俺って結構、独占欲強かったんだな。小白を好きになってからそう思うことが増えたわ」
「………………………………」
黙った。というより、固まった。真っ赤になってるから照れてるのかな。
「照れてる?」
「…………別に」
絶対照れてる。目も逸らしたし。というか、あー……。
「勘弁してくれ。そういう可愛いとこ見せられると、我慢できなくなる」
「……何を?」
「聞きたい?」
「……………………やっぱやめとく」
賢明な判断だと思う。俺としても助かる。こう、色々と。
「……ほらっ。早くいこっ。今日は琴水ちゃんに『お礼』のプレゼントを買わなきゃだし」
俺たちは集合場所を離れて、駅の近くにある複合商業施設に向かった。
多くの飲食店や商業施設を内包するこの施設にやってきたのは小白とのデート……以外にも理由がある。
なんだかんだと先延ばしになってしまっていた、琴水に対するお礼のプレゼント選び。
どちらかというとこっちがメインの目的だ。
「プレゼント、何買うか決めてる?」
「正直、あんまり。思えば琴水の好みとかそういうの、まだあんまり把握しきれてないんだよな。健啖家からどっか奢るとか、何か食べ物を買って帰るとかも考えたんだけど……食べ物系だと、あいつ遠慮しそうだし」
家族から逃げていたツケがまわってきた感じがするな。あの頃、逃避を選んだことに後悔はないが、自業自得でもある。
「把握しきれてないっていう割に、なんだかんだ分かってるじゃん」
「家族にしたらそうでもなくないか?」
「家族だからってお互いのことが何でも解るわけじゃないでしょ。私の家がそうだったし」
「……そうだな」
母親に対する無理解を自覚し、一時的な決別を選んだ小白の言葉には、頷くしかない。
「ま、とりあえず今日は色々と見て回ってから決めるつもりだ」
「いいと思うよ。紅太が選んだものなら、琴水ちゃんも喜んでくれると思うし」
「だといいけどな」
プレゼントを渡す相手が小白や夏樹だったらその言葉にも素直に頷けるけど、相手は一学期にはあれだけバチバチやりあった義妹なわけだし。一応、あれからそれなりに信頼を築けているとは思うけど。
「小白も何かプレゼント贈るって言ってたよな? アテはあるのか?」
「ある。てか、一つはもう用意してる」
「訊いてもいいか?」
「ハンドクリーム。お姉ちゃんが仕事先で貰ってきたやつだから貰い物なんだけどね。でも結構いいやつだし……一応、他にも渡すものがあるから」
「他って?」
「……そっちは秘密」
む。秘密って言われると少し気になるな。けどあえて秘密にしてるってことは相応の理由があるんだろうし、ここは追及しないでおくか。
☆
「……そっちは秘密」
そう言うと、紅太はこれ以上『プレゼント』の内容を追及してくることはなかった。
ハンドクリームよりもどちらかといえばこっちのプレゼントの方が本命ではある。でも紅太は知らない方が幸せかもしれない。
「――――……」
こつん、と、紅太の指と触れ合った。かと思えば流れるように、私の手は紅太の指に絡めとられてしまう。
握って、結び合い、恋人として手を繋ぐ。
その動作はあまりにも自然で、だけど甘く痺れて、心地良くて。
付き合うようになってから何度も手を握って、たくさん触れ合ってるのに、手を繋ぐ幸せは色あせない。紅太は何気なく、サラッと繋いでいるけど……知ってるのかな。私がどれだけ甘い幸せに溺れているのか。
(なに考えてるんだろ、私)
集中しないと。今は琴水ちゃんへのプレゼントを探す方が先だ。
紅太と……色々するのは、今日のところは後にしないと。
(……でも琴水ちゃん的にはそっちの方が嬉しそうだな)
そんなことを考えつつ、まずは一階から順番に店を回っていくことにした。
一階はファッション雑貨を中心としたフロアだ。ここを最初に見て回るのはアリかもしれない。
「琴水のやつ、あんまりアクセサリーとかつけないからなー」
確かに、根が真面目な優等生気質ということもあって、琴水ちゃんにアクセサリーの印象はあまりない。だからといって全く何もしていないというわけでもないと思う。むしろ今から興味を持つ可能性もなくはないし。
「シュシュとかいいんじゃない? 琴水ちゃん、髪長いし。あって困るものじゃないと思うけど」
「……………………ダメだな」
並んでいるシュシュの一つを手に取った紅太が、ポツリと呟いた。
「琴水ちゃん、こういうの似合うと思うけど……」
「そうじゃなくて」
紅太は手に取ったシュシュを、そのまま私の髪に合わせるように添える。
「一緒にこういうの見てると、小白に似合うかどうかばっかり考えちゃうから。他の人に贈るプレゼント選びができないなって」
だっから……なんでこういうこと言っちゃうのかな~~~~私の彼氏は~~……! はぁ……好き…………もう無理。そっちの方こそ勘弁してほしい。
っていう私の本音も、たぶん、少し顔に出ているんだろうな。
紅太は微笑まし気に見つめてくる。こっちばっかりされるがままで悔しいし、でもやっぱり嬉しいし、それ以上に好きっていう気持ちで胸がいっぱいになっていく。
「……じゃ、アクセサリーは、なしで」
私はどうにか、カタコト気味な言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
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