第61話 負けたくない戦い
俺たち二年D組と、C組の合同で行われる男子体育の授業は、今はバスケットボールになっている。以前まではパス回しやレイアップなどのバスケの基本動作を行っていたが、今日からはチーム毎に試合をしていく授業内容となっていくようだ。
ちなみにチーム分けは教師側がくじ引きで決めたものらしい。
夏樹の話によると以前までは生徒側にチーム分けを委ねていたらしいが、ダラダラと話すだけで決まらず時間を浪費した先輩たちがいたことをきっかけに、教師側でランダムに決めることにしたそうだ。
無論、運動が苦手な生徒が固まっているなど、極端にバランスの悪いチームがある場合は調整しているらしいが。
「いやぁ~。まさか成海が加瀬宮さんと付き合ってたなんてな~」
そしてくじ引きの結果……チームは俺と、夏樹、そして……沢田を中心としたトップカーストグループのメンバー、八木太一を含む五人となった。当たり前のように同じになった夏樹だが、こいつとの凄まじい腐れ縁には驚かない。気心の知れた幼馴染と一緒というのも嬉しいし。
「犬巻は知ってたのか?」
「うん。紅太から報告してもらったからね」
「マジかよ。言えよ~。そういうの」
「言いふらすもんでもないしね~。八木に彼女が出来た時も黙っとくつもりだよ」
「おいおい。そこはさ、こう、良い感じに広めてくれていいんだぜ?」
流石は夏樹。当然のように八木とも友人関係にあるようだ。
夏樹の顔の広さを考えればクラスメイト全員と友人関係にあっても特に驚きはしないけど(そんな夏樹ですら小白とは当初、友人関係には至っていなかったわけだが)。
「なぁ、成海。加瀬宮さんとはいつから付き合ってたんだ?」
「実際に付き合うようになったのは夏休みから」
「え? つーことは、夏休みに会うような関係だったってことだよな。いつから? いつの間にそんな良い感じになってたんだ!?」
ぐいぐい来るな。クラスメイトとはいえ、八木とは今の今まであまり会話もしたことがなかったから、ここまで食いついてくるやつだとは思わなかった。……いや。他人の色恋沙汰は誰だって興味をひく話題ではあるか。
「もしかして中学の頃から知り合いだったとか?」
「いや、一学期の時に偶然知り合って、そこから色々あったんだよ」
色々。うん。本当に色々あった。主にお互いの家族についてだからあまり詳しくは言えない。深く追求されたら上手くかわすしかないな。
「一学期……そっか。一学期からか」
だが、予想に反して八木はそれ以上、追及してくることはなかった。
「おれが言うことじゃないかもだけどさ。なんていうか……おめでとう!」
「――――……ありがとう」
ここまで真正面からストレートに祝福されるなんて、正直考えてなかったな……。
八木とはあまり話したことはないが、なんていうか……『良いヤツ』だと思う。
沢田には及ばないにしても、所謂『人気者グループ』の枠に収まっているだけのことはある。
「加瀬宮さんのこと、幸せにしろよな!」
「言われなくてもそのつもりだよ」
「おっ、頼もしいねぇ。流石はツンツンクイーンの加瀬宮さんをオトした男なだけあるわ」
「なんだツンツンクイーンって」
「や。ほら、加瀬宮さんってさ、学校だとけっこーいかつい感じだったじゃん? キレイなカオしてツンツンツーンって感じだし、なんか女王様っぽいし? だからツンツンクイーン」
「いつの間にそんなあだ名が広まってたんだ」
「フフフ。これはおれが個人的に言ってるだけなんだぜ。だから広まってないんだぜ」
「八木には影響力が無いとも言うね」
「ちょっ、犬巻ぃ~。もうちょいオフアートに包んでいってくれよぉ」
「オブラートな」
「おおっ、それだ! 成海頭いいじゃん!」
最近は丸くなったとはいえ、教室での小白は元々片っ端から他人を拒絶してきたからな。それがあいつなりの自衛だったとはいえ、ツンツンクイーンなるあだ名をつけられるのも納得は出来る。今じゃデレデレプリンセスって感じだけど。昨日の小白は特にそうだった。
「てかさー。あのツンツンクイーンな加瀬宮さんをオトしたその技術、是非とも伝授してほしいぜ。教えてください先輩! いや、師匠? とにかく成海さん、パネェッス! よろしくッス!」
「あー。それは僕も気になるかも。興味あるよね。なにせあの加瀬宮さんが、そこまで溺れちゃうんだから」
「だろ? ぶっちゃけさ、みんな気になってると思うぜ? どうやって加瀬宮さんのハートを射止めたのか。あの子、誰にもなびかないと思ってたもんなー。まあ、だからこそおれ含めて今みんな成海のこと大注目してるわけよ」
そこまで。というのは、俺の体操着の下に咲いている紅い花々。小白がつけた痕跡の数々を指しているのだろう。着替えの時、普通に見られたからな。俺と小白が付き合っていると話したのも、着替えの時に八木に話しかえられたのがきっかけだ。
「ねぇよそんな
これも本当だ。小白と付き合いたいから近づいたとか、そういうことはなかった。
全てがただの偶然だった。偶然、似たような悩みや傷を抱えていて……惹かれていった。
「むしろそういう技術は、八木の方が詳しいんじゃないのか?」
「いやァ……むしろおれは…………」
ピ――――!
体育館に笛の音色が響き渡る。どうやら試合が終わったらしい。
「おっ、次はおれたちの出番だ! いこーぜ!」
前の試合が終わったので、次は俺達が試合をする番となった。
先行する八木の後を追う形で俺と夏樹もコートの中に入る。
「うわっ。相手は猛留のチームかぁ」
「ははっ。なんだよ『うわっ』て」
「絶対強いじゃーん。そもそもおれ、スポーツで猛留に勝ったこと一度もないし」
相手は沢田の率いるチームか。確かにこいつ、今までの体育の授業では当たり前のようにトップをとってるんだよな。体育の授業で試合形式になって、沢田のチームが負けているところを一度も見たことが無い。他のどの競技でもだ。
……八木に同意するわけじゃないが、まあ勝ち目は薄いだろうな。
向こうにはバスケ部もいるみたいだし。俺も昔バスケをかじったことはあるけど、かじったことがあるだけだ。
「成海もいるんだ。よろしく」
「? ああ、よろしく」
急に名指しで呼ばれ、沢田と目が合う。
…………? なんだ。八木とは違う。どこか……静かな圧があるような……?
八木にしてもそうだが沢田とも殆ど話したことはない。こんな風に妙な視線を向けられることをしたような覚えはないんだけど。
そんな沢田からの視線を感じながらも、試合が始まった。
最初のジャンプボールは沢田と八木。だが八木よりも圧倒的に速い反応速度を見せた沢田がボールに触れ、バスケ部のチームメイトが流れるようにボールを確保し、そのまま速攻。まるで予め打ち合わせしていたような、流れるような連携だ。
「パス!」
と、ジャンプボール後一気にコートを疾走していた沢田が声をかけ、そこにパスが通った。
そのまま沢田はシュート体勢に入り……ボールを放つ。教科書に載ってそうな、お手本のようなフォームから放たれたボールは綺麗な弧を描き、ゴールを潜り抜ける。
試合開幕のスリーポイントシュートに、他の見学していたギャラリーがざわつき、一気に沢田へと注目が集まった。
「いきなり
「良いパスをくれたおかげだよ」
「万年一回戦負けの弱小バスケ部員のパスだけどな」
……いやホント、凄いの一言だな。バスケを少しかじってたから分かるけど、今のフォームは完璧だった。アレでバスケ部じゃないのがおかしいぐらいだ。流石は学園の王子様。勉強だけじゃなくてスポーツも完璧というわけだ。見習いたい。
さっそく先制点をとられた俺たちのチーム。夏樹がスローインし、八木がそれをキャッチした。敵のチームがそれぞれ俺たちを一人ずつマークしてくる。そして俺のマークについてきたのは、沢田だ。……えらい真剣な目で見て来るな。なんていうか、他のメンツと比べても圧が違う。
「……加瀬宮さんと付き合ってるんだって?」
マッチアップしていた沢田からの、確かめるような一言。
俺はそれに、静かに。だけどしっかりと頷いた。
「…………ああ。付き合ってる」
「そうか」
それだけの返事を零した瞬間、沢田はマークを剥がし、八木の繰り出したパスをカットした。
沢田はそのまま片手でボールを巧みに突きながらディフェンスを突破していく。
「――――っ……!」
俺のマークを一瞬で引き剥がし、沢田はそのままドリブルで突破。
力強く跳躍して――――ボールをゴールリングに叩きつけた。
「う……おっ! すげぇ! 今のダンクシュートか!?」
高校生離れした圧倒的なスーパープレーに、体育館中が湧きたった。
ただの体育館が、ライブ会場に早変わりしたようだ。
「おい沢田! お前バスケ部に入れよ! サッカーやってる場合じゃねぇだろ!」
「マグレだよ、マグレ。それにオレ、サッカー好きだし」
「かーっ。勿体ねぇなァ。そんだけの才能がありゃ、俺達みたいな弱小バスケ部でも全国狙えるってのに」
沢田のチームメイトのバスケ部が悔しがるのも無理はない。
今のはそれだけのスーパープレーだった。つーか、おい。同じ高校生かよ。ありえねぇだろ。ダンクシュートて。
それにしても、今のプレー……。
「なーんか、見せつけるような感じだったねぇ」
と、夏樹が俺と同じ感想を漏らす。
ただ一体誰に見せつけてるのかが分からない。言ってしまえば今は、ただの体育の授業中なわけで、スカウトがいるわけでもない。
「やっぱさぁ……こうやって見てみると、なぁ?」
「ああ。成海には可哀そうだけど、なんか差ってやつが分かるよなぁ」
「ぶっちゃけさ。加瀬宮さんと成海って釣り合ってなくね?」
「わかる。どっちかっていうと、なぁ……?」
「やっぱり沢田の方が、加瀬宮さんの彼氏っぽい感じするよな」
「そもそもみんな、内心だと沢田と加瀬宮さんが付き合うもんだと思ってたし」
沢田のスーパープレーで一斉に注目が集まったせいか。それとも体育館という場所のせいか。ギャラリーたちの率直な感想は、俺の耳にもよく聞こえてくる。
「……周りの雑音は気にすんなよ、成海。しゃーないって。相手は猛留なんだしさ。負けて当たり前だよ、当たり前」
「負けて当たり前、か……」
八木の言葉には一理ある。沢田はどちらかというと、黒音さんや琴水に近い存在だ。
沢田は優秀な王子様で、俺は実の親にすら見捨てられた劣等生。
本当に優秀な人間と真正面からぶつかっても敗北は必然。
今までの結果がそれを示している。
ここはてきとうにヘラヘラ笑って、何でもないフリをして場を誤魔化して、沢田は真に優秀な人間だから仕方がないのだと、諦めてしまった方がいい。
逃げるのは得意だ。目を背けるのは得意だ。傷を浅く済ませるのも得意だ。
だけど――――……
「……それは、嫌だな」
確かに俺は逃げるのが得意だ。今までずっと逃げてきた。
だけど、小白からは逃げたくない。小白の彼氏という立場から逃げることだけはしたくない。
「八木」
「ん? どしたよ」
「沢田のチームに勝ってみたくないか」
俺の投げかけた問いに、八木は面食らったように目を丸くする。
「いやいや無理っしょ。相手は猛留だぜ?」
まだ試合が始まって間もないというのに、八木はどこか諦めムードだ。
傍から見れば仲の良い友人だが、八木の沢田に対するコンプレックスのようなものが垣間見えた。だったら、なおさらだ。
「俺は勝ちたい」
「…………そりゃあ……もし、万が一? 偶然? 勝てるなら、勝ってみたいけどさぁ……」
「じゃあ勝つぞ」
「いやいやいやいやいや。いくらマジ尊敬な成海パイセンつっても、猛留に勝つ方法なんてないっしょ」
相手は学園の王子様。成績トップクラス、スポーツも高校生離れした万能男。力の差は歴然。敗北は必然――――それがどうした。
「勝てる。というか、絶対に勝つ」
「やる気だねぇ、紅太」
と、どこか嬉しそうにしているのは夏樹だ。
「ああ。沢田が集めたギャラリーには、ちょっとムカついたからな。八木。夏樹。手を貸してくれ」
「紅太が言うなら勿論そうするよ」
「まあ、やるだけやってみるかぁ……」
分かってるんだよ。俺が小白と釣り合ってないことぐらい。
それでもあいつは俺を選んでくれた。だからそれには答えたい。
成海紅太を選んだことを、加瀬宮小白に後悔させたくないから。
精一杯背伸びして、一泡も二泡も吹かせてやる。
「勝って、文句言えなくしてやる」
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