第54話 体育祭のジンクス
「はー、お腹空いたー」
サブスクに新しく入った映画は次の機会に先送りにしつつ。
時間も時間となり、程よく空腹になったので、俺たちは小白と黒音さんの新居の近くにあるファミレスを訪れていた。
「軽くシャワー浴びてから来たの正解だったかもね。ちょうど混雑の隙間みたいなタイミングで来れたから待ち時間無しで入れたし」
俺達が入店し、端末でメニュー表を開き始めた辺りのタイミングで店内が少しずつ混雑しはじめた。注文を終えた頃には席も大半が埋まっていたので、小白の言う通り、絶妙なタイミングで店に入ることができたらしい。
「それはいいんだけど、なんで着替えに俺のTシャツ着てるんだよ」
「大きめの着たかったから」
小白が着ているのは制服ではなく、俺が夏休みの時に置いていったTシャツである。
サイズがメンズ用なので明らかに小白の身体には合ってない。女性でもメンズ用の服を着ることはあるらしいのでそこは別に問題ないのだけれど。
「俺の着替えに使いたかったんだけどなぁ……」
おかげで俺はシャワーを浴びる前と同じ制服のままだ。どうせなら着替えておきたかったんだけど。
「着替え用の服とか、もっとうちに持って来る?」
「………………考えとく。この際だから新しい服、買いに行っとくか」
「あ。じゃあ、その時は私も連れてってよ」
「別にいいけど、なんで?」
「一緒に選んであげる。私も着る服だし」
「小白が着ることはもう確定してるのかよ」
「イヤ?」
「…………嫌じゃないから困ってるんだよ」
なんなら、今だってサイズの合ってない俺の服をカノジョが着ていることに、ぐっときている自分もいることは自覚しているのだ。
「一方的にレンタルされるのが嫌なら、私の服も貸してあげよっか?」
「サイズが合わないだろ」
「知ってる。私よりもずっとおっきいもんね。紅太の身体って」
……幸せそうな顔して言うなよ。また抱きしめたくなりそうだ。
自分の内側に湧き出した甘い誘惑と戦っている内に、注文していた料理が届いた。
小白はビーフハンバーグセットで、俺はチーズのカルボナーラだ。
「相っ変わらずガッツリ食べるよなぁ……」
「し、仕方が無いでしょ。お腹減ってたんだから。そもそも紅太のせいじゃん……こんなに疲れてるのっ」
「今日に限らず何回もねだってくるのは小白の方だろ」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………恥ずかし過ぎて死にそう」
「…………………………やめるか、この話」
店の中で何を話してるんだ俺達は。小白の自爆に巻き込まれた感じする。
「そういえば紅太って、リレーに出るの?」
「は?」
「体育祭の競技」
「いやそれは分かって…………もしかして琴水か?」
「そ。メッセが来てさ。体育祭の話になって、紅太と一緒にリレーに出ないんですかって訊かれたから」
小白と琴水が連絡先を交換していることは知っていたが、様子を見た限りでは頻繁にやり取りをしているようだ。なにせ朝食の席で挙がった話題がそのまま伝わっているぐらいだ。
「体育祭に特別やる気があるわけじゃないけど……小白が参加してもいいって言ってくれるなら、一緒に出たいけどな」
「じゃあリレーに出るってことで。むしろ私の気持ちもあるから、って琴水ちゃんから訊いた時はなにそれって思ったけどね。私が嫌って言うわけないじゃん」
「悪かったって。ケーキ奢ってやるから」
「食べ物で機嫌とろうとすんな」
「パフェがよかったか」
「許す」
ハンバーグセットにパフェ……今日も小白の胃袋は絶好調なようだ。
本人は少し太ったと言っていたけれど、むしろ普段からこんだけ食べてこんなに細いんだから、多少体重が増えた方が健康的だろう。それに実際に持ち上げてみるとそんなに重くないし。
「あー、でも借り物競争もいいかもな。あれも男女混合だし」
「やだ。リレーがいい」
「そういうなら別にリレーでもいいけど……理由は?」
「ほら、うちの学校……体育祭のジンクスってのがあるでしょ」
「そういえばあったなそんなの。去年、夏樹からきいてたわ」
曰く、男女混合リレーに出場したカップルは将来必ず結婚する。
曰く、借り物競争に出場したカップルは将来必ず別れる。
…………あらためて思い出してみると、くだらないジンクスだなぁ。
が、小白としては相当気になるところらしい。
「他に私が知ってるのは、カップルの片方ずつが男女混合リレーと借り物競争に出場すると、それぞれに新しい恋人が出来ちゃうとか……あとは…………」
「やけにバリエーション豊かだな」
その時点でめちゃくちゃ迷信っぽいだろ。
「いっそのこと、大人しく別の競技に出とくか?」
「………………やだ。一緒にリレーでたい」
嫌らしい。なんだ俺のカノジョ。すっげぇ可愛いんだけど。
「分かった。一緒にリレー出るか」
「んー……でも倍率高そうだね」
「そうか? うちの学校はどちらかというと体育祭よりも学園祭の方に力入れてるし、モチベーション的にも体育祭はそんなにないって感じだしな。うちのクラスは陸上部員もいないし、自分から参加するって手ぇ挙げればいけると思うけど」
「……………………」
「……なんだよ」
「や。結構ちゃんと考えるんだなって思って」
「小白との将来にも関わることらしいからな。真剣に考えるだろ」
「迷信だと思ってるくせに」
「こういうのは都合の良い時だけ信じることにしてるんだよ」
「都合が悪くなったら?」
「信じない」
「あははっ。なにそれ。都合良すぎ」
むしろこういうのはジンクスの方が都合良すぎるぐらいだと思うけどな。
「てかさー。リレーに参加しますって自分から手ぇ挙げるとかさ。私らどんだけ自信あるのって感じするよね」
「それはちょっと思ったけど、必要経費と思うことにしたよ」
「紅太って、色んなスポーツやってた時あったんだよね? 走るのは得意?」
「流石に陸上部とかには敵わないけど、それなりに。そういう小白の方は?」
「苦手ってほどじゃないかな。元から軽く運動はしてたし、最近はお姉ちゃんの予定が合えば、朝は一緒に走ってるし」
どこか嬉しそうに語る小白。その顔にはもう影はなく、家族との関係を前向きに構築し直していることがうかがえる。
……黒音さんとのランニングか。少し前までなら考えられなかっただろうな。
「せっかくだし紅太も一緒に走る? お姉ちゃんの予定が合わない時は一人で早朝ランニングさせてくれないんだよね。危ないからって。でも紅太が一緒なら許可してくれるだろうし」
「俺が朝苦手なの知ってるだろ。今年の分の皆勤賞を逃さないようにするので精一杯だ」
「確かに紅太は朝苦手だよね。絶対私の方が早く起きるし。おかげでカワイイ寝顔がたくさん見れたけど」
「絶対じゃないだろ。俺の方が早い時もあったし。その時は俺だって寝顔ぐらい見てるぞ」
「それって紅太がっ………………んぐっ」
また妙なことを口走る前にフォークでくるんだカルボナーラを小白の口にねじ込む。
小白は不服そうな目で見てきたが、もぐもぐと噛んだカルボナーラと一緒に言葉を呑み込んだ。
「皆勤賞を狙ってる成海紅太くん。体育祭の選手決めがある日は寝坊しないでよね」
「寝坊して参加し損ねるような時間帯に決めないだろ」
――――この時の俺達は、間抜けなほど楽観的で、なんだかんだと二人ともリレーの選手になれるものだと考えていた。
しかし現実は……都合の悪い時になってしまうことも、ある。
☆
二年D組 体育祭競技出場メンバー
●男女混合リレー
・沢田猛留
・八木太一
・清水凛
・加瀬宮小白
●借り物競争
・犬巻夏樹
・成海紅太
・芽乙女めい子
・津村秋穂
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