第41話 報告会
唇を通じて互いの熱を交換して、それから何があったか。どうやって家まで帰ってきたのか、正直何も覚えてはいない。なんか夏樹や来門さんと合流した気がするし、他のプールに入ってた気がする。夏樹から何度か声をかけられた気がするけど、何を答えたかも覚えていない。
気が付けば加瀬宮と一緒に家に帰っていた。
……帰り道、何を話したっけ。記憶が無い。多分何も話してない。ずっと無言だった気がする。かろうじて「ただいま」とだけ口にして、俺は自分の部屋に戻った。
加瀬宮は……たぶん、客人用の空き部屋か。それとも琴水の部屋か。
どっちにいるんだっけ。忘れた。思い出せない。少なくとも、今は落ち着けない。ほんの少しでも落ち着いてしまえば、プールでの出来事を鮮明に思い出してしまう。
今も唇に残る加瀬宮の熱の感触。
それも一度や二度じゃなくて…………。
「…………っ~~~~!」
何やってんだ。何やってんだよ、俺は。
しかもアレは事故とか、流れとか、そういうのじゃなくて。
明確に俺が自分の意志で行ったこと。今まで目を背けてきた自分の気持ちに正直に動いた。そのことに後悔はない。加瀬宮が拒否しなかったことにも安堵している。
よかった。俺は心のどこかで恐れていたんだ。加瀬宮と友達でいられなくなることが。加瀬宮を失うことが。あのファミレスで過ごす二人だけの時間を護ることができた。加瀬宮を失うことはなく、彼女と共に居ることができる。そのことに、何よりも安堵している。
友達から形は変わったけれど………………。
「……………………ん?」
……………………友達から形が変わった?
じゃあ、今の俺達はなんだ? 俺達の関係にどういう名前がつく?
もしかすると世間一般的には恋人と言うのかもしれないけれど……俺達は、ただキスをしただけだ。言ってしまえば、それだけだ。
たとえばドラマや漫画の中のように「好きです」「付き合ってください」といったような言葉による合意を結んだわけでもない。
キスをした後は、あんまり会話もしていない。曖昧なまま、家まで帰ってきて……。
結局のところ――――今の俺は、加瀬宮小白の何だ?
キスをした。それは確かだ。じゃあ、それで恋人となるのだろうか。加瀬宮小白の彼氏と名乗れるのだろうか。それは…………違う、気がする。じゃあどういうつもりでキスしたのかと問われれば、あいつのことが好きだからで。
(待てよ……よくよく思い返してみれば…………)
俺はまだ、加瀬宮の気持ちを聞いていない。それ以前に俺は加瀬宮に自分の気持ちを伝えてすらいないのではないか?
この状態で、もし万が一、加瀬宮が――――
「キスしたぐらいで彼氏面とかやめてくれない?」
――――とか言ってきたら……。
「………………………………………………………………」
頭が痛い。というか、自分の想像でショックを受けてしまった……。
どうしよう。ちょっと……いや、かなり気まずいぞ。
「これから加瀬宮と、どんな顔して会えばいいんだ……?」
☆
あの後のことはよく覚えていない。たぶん、紫織に何か話しかけられたりしたと思う。
正直どうやって帰ったのかもよく分かっていない。勝手に足が動いて、気が付いたら成海の家に着いていた。最初に我に返った時は、ちょっと驚いたぐらいだ。
時間の経過に驚いているとノックがして、部屋に入ってきたのは……。
「…………あ。琴水ちゃん」
「ああ、よかった。正気を取り戻したんですね」
…………本当にどんな状態だったんだ、私。
「お母さんと一緒に心配していたんですよ。兄さんも加瀬宮先輩も、二人して様子がおかしくて……」
「ごめんね。病気とか体調が悪いとか、そういうのじゃないから……」
……ダメだ。どんな顔をして琴水ちゃんと接すればいいのか分からない。
「……あの。もしかしてわたし、加瀬宮先輩の気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」
「え? そんなことないけど……なんで?」
「先ほどからわたしと目も合わせてくれませんし……」
そりゃそうだよ。だって気まずいし。
プールで成海と……琴水ちゃんのお兄さんとキスしたばっかりだし。
でもそんなこと言えるわけが……。
「……まるでプールで兄さんとキスをしたから気まずくてわたしの顔が見れないような感じです」
「なんで分かるの!?」
「えっ」
「あっ」
たぶん今、世界で一番のマヌケを決める大会が開かれたら、私がダントツで優勝してしまうと思う。
「……………………」
「……………………」
「……………………詳しい報告をしていただいても?」
「……………………………………………………はい」
なんかもう勢いで、私は洗いざらい喋ってしまった。
プールに行ったこと。そこで成海と二人きりになって、キスをしてしまったことまで。
言わなくていいことまで言ってしまった気がする。私って琴水ちゃんに弱いのかな……ううん。それもあるかもしれないけど……誰かに話を聞いてもらいたかったのかも。
「なるほど……偶然出くわした同級生から加瀬宮先輩を隠すように、物陰に連れ込む兄さん……独占欲を抑えきれない兄さんの手が先輩の水着の紐を解いて、魅惑の布地によって秘された白い肌が露わになったというわけですね」
「半分ぐらい合ってるけど、半分ぐらい虚構が混じってるから、くれぐれも発言には注意してね」
思えば今朝、琴水ちゃんがしていた妄想が半分ぐらい現実になっている。
「それにしても兄さんって積極的な人だったんですね。自分から加瀬宮先輩に迫るなんて」
「迫るっていうか……まあ…………確かに最初は成海からだったけど……」
「……『最初は』? えっ? 一回じゃくて?」
「何回目からだったかな。忘れちゃったけど……成海は止めようとしてくれたんだけど、途中から私の方からねだったりして…………むしろ、どんどん私の歯止めが利かなくなって……だ、だから、成海のこと……お兄さんのこと、あんまりヘンな目で見ないであげてね」
「むしろ加瀬宮先輩を見る目が変わりそうです」
「なんで!?」
「二秒前のご自分の発言をよく思い返してみてください」
「だから、私の方からねだったりして………………………………ぁああああああああああああああああああああああっ……!」
いま! ぜったいに!! 言わなくていいこと!!! 言った!!!!!
「ねだったりしたとかは……全部……冗談、だったりするからっ!」
「加瀬宮先輩。わたしの兄をフォローしてくれようとしたその気持ちはきちんと受け取りましたよ」
「……………………なら、よかった」
琴水ちゃんの生暖かい眼が逆に辛い。
「おかげで参考書作りがはかどります(ガリガリガリガリガリ)」
「やめて。物凄い勢いでメモとらないで」
琴水ちゃんの手が高速で真っ白なノートの上を走り、目にもとまらぬ速さでページが真っ黒に染まっていく。……琴水ちゃんの『参考書』、私は絶対に見ないようにしよう。それにしても琴水ちゃん、大丈夫かなホント。私には学年一位の優秀な頭脳が桃色に染まっているようにしか見えないんだけど。
「では参考ついでに質問したいのですが……」
「……もうなんでもきいていいよ」
ここまで来たら何を訊かれても同じだ。琴水ちゃんにはお世話になっているわけだし、宿代だと思っておこう。
「……キス以外のことはしましたか?」
「? してないけど」
「……すごい。兄さんって、とても我慢強い人なんですね。尊敬します」
何かよく分からないけど琴水ちゃんの中で成海の評価が上がったらしい。
それから琴水は熱心にメモを続け、ノートの約半分を埋めた後、満足したようにそれを閉じた。文字で埋め尽くされたページは真っ黒だけど、不思議と私にはピンクに見えるのは気のせいだと思いたい。
「ふぅ……何はともあれおめでとうございます」
「えっ? おめでとう? 何が?」
「ですから、お二人は恋人になったんですよね?」
「ああ、そういう……そっか。私と成海って、もう……恋人……………………恋人?」
なぜか引っかかり、首を捻り、そして思わず今度は琴水ちゃんに、私が質問してしまう。
「…………………………私と成海って、付き合ってんの?」
「むしろわたしが質問したいんですけど……」
「考えてみれば私と成海、告白した覚えもされた覚えもないんだよね」
「付き合ってもないのにキスをねだるなんて……それはもうただの淫らな人では?」
「やめて。それは言わないで」
悲しいことに何も否定できない。
「ですがお二人の状況を考えると……普通に恋人では? 告白されていないといっても、告白されたようなものでしょうし。むしろ言葉にしないことがオシャレなのかもしれません。淫らですが」
「琴水ちゃん? その淫らっていうの、自業自得とはいえけっこークるんだけど……まあ、それは置いといて……」
今日の私は自爆してばかりな気がする。もう『小白』じゃなくて『自爆』に改名した方がいいのかもしれない。
「……成海から『キスしたぐらいで彼女面かよ』とか言われたら……ヤだし」
「その場合、兄さんの顔を私がグーで殴るとして…………きちんと言葉による確約をもらっていないと不安になる、というのは理解できますね」
あのキスが互いの気持ちの証明なのかもしれない。
だとしても、不安になってしまうのは……私がワガママなのだろうか?
「これから成海と、どんな顔して会えばいいんだろ……?」
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