第二章 夏休み編
第27話 夏休みの計画
お待たせしました! 新章開幕です!
更新は、一週間に一度ぐらいのペースでいく予定です……!
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清涼剤のような風を浴びながら、熱に焼かれたアスファルトの匂いを感じながら進んでゆく。頭上に広がる青空は、アクアマリンのように透き通った水色だ。その石言葉が示す通り、幸福をもたらしてくれるような気さえする。
道端に咲く花。並ぶ木々。過ぎ去る車。俺の往く道に広がる全ての世界は、どれもこれも僅かな熱を帯びている。七月下旬。一学期の終業式を無事に終え、クラスの連中としばしの別れを告げたいつもより早い放課後の帰り道。この時期はもう立派な夏なのだから、外のありとあらゆるものが熱を帯びてもおかしくはない。
「あっちぃ……」
思わずひとりごちる程度には熱い。ついこの前、衣替えしたばかりな気がするこの夏服も、外の気温の前では焼け石に水程度の効力しか発揮しない。もちろん、長袖を着るよりは格段に効果があるのだろうが、熱いものは熱い。半袖になっただけで夏の熱気が解決すれば、人類はエアコンという発明などしてはいないだろう。
そうして道を進んでいくと、ある店の看板が目に入ってきた。
ファミリーレストラン、フラワーズ。
年中無休で営業しているファミリーレストランチェーンだ。その店の看板やシルエットを目にしただけで、頭の中でメニュー表が浮かび上がってくるぐらいには、俺はこの店に通っている。なんなら期間限定を除けば全てのメニューを制覇している。
「……チョコレートサンデーだな」
決断は一瞬だった。板チョコとチョコアイスやバナナなどの盛り付けを想像する。不思議とお腹がチョコレートサンデー以外を受け付けない身体になってきた。
俺は熱にやられそうになる足を引きずって、そのまま店に入る。店員さんに話しかけるまでもなく、勝手知ったる足取りで店内を進む。
目指す場所はいつもの席。そしてそこには、いつものあの子が座っていた。
太陽の光すらも隷属してしまいそうなほどに美しい、長い金色の髪。この世のどんな海よりも美しい蒼で彩られた瞳。真夏の日差しなど知ったことかと言わんばかりにきめ細かくシミ一つない白い肌。豊かな胸とくびれが織りなすアイドル顔負けの抜群のスタイルを、星本学園高等部を示す夏服が包み込んでいる。
星本学園高等部の二年D組、俺のクラスメイトにして、とても大切な友達だ。
彼女は、俺たちの学園内においてかなりの有名人だ。理由は二つある。
一つはまずあのルックス。いくつものモデルやアイドル事務所からのスカウトが絶えないと言われても納得してしまうほどの美貌。当然、狙う男子生徒も少なくはない。
そしてもう一つは、超有名シンガーソングライター、『kuon』の妹であるという点。
彼女の姉は高校生を中心に老若男女幅広い層から支持を集めており、今や社会現象と呼べるほどの人気を博している。それ故に、姉の『kuon』とお近づきになりたくて声をかけてくる者が多い。
加瀬宮自身、姉に対してコンプレックスを抱いている部分があり、そうした姉目当てに近づいてくる連中にはあまり良い顔をしない。当然だ。毎日のように声をかけられてはうんざりもするだろう。故に彼女なりの自衛として、周りを冷たくあしらい、拒絶してきたかいもあって、今では声をかけてくる者もほぼいなくなった。
近づいてくる者を冷たく拒絶してきたことで、加瀬宮に悪評もつきまとってきた時期もあったのだが……その誤解を少しずつ解いていったことで、今では加瀬宮もクラスメイトや他のクラスの生徒たちからも普通に接してもらえるようになったようだ。
「あ、来た」
そんな加瀬宮の座っている席に、俺も合流する。
「悪い。遅れた」
「先生から急に頼み事されちゃったんなら仕方ないでしょ。謝る必要なくない?」
「加瀬宮、今日のこと楽しみにしてそうだったからさ」
「た、楽しみにしてないし」
どうやら楽しみにしてたらしい。
「でもわざわざそれをテーブルの上に広げてるしなぁ」
「準備っ。準備、してただけだからっ!」
加瀬宮がテーブルの上に広げているのは、一学期の期末テスト前に作った『夏休みのご褒美リスト』である。一学期の期末テストは俺の家庭の事情もあってかつてないほどに努力した。なので、夏休みはテストをがんばったご褒美に色々遊ぼうという趣旨でこのリストを作ったのだ。
そして今日は、この『夏休みのご褒美リスト』をもとに、ファミレスで夏休みの予定を一緒に立てようということになった。
「先にちょっとドリンクバー入れてくるわ。あ、それと……」
「チョコレートサンデー?」
「……あたり。なんで分かった」
「なんとなく。成海、食べたそうにしてるなーって思っただけ」
勝ち誇ったような顔をする加瀬宮。『夏休みのご褒美リスト』の件でちょっとからかったのを根に持っているらしい。まあ、だからといって悔しさは全くといっていいほど感じない。お前がそういうことやってもただ可愛いだけって気づけよ。
「じゃ、頼んどくね」
「任せた」
グラスにメロンソーダを注ぎ込む。
ちなみに氷はいつもより一つ多めに入れた。量が減ってしまうものの、それよりも冷たさをとった。それにこれは学生の味方、ドリンクバーである。量はいくらでもカバーできる。
「やっぱりメロンソーダ」
「最初はこれじゃないとしっくりこないんだよ」
「なにそれ」
俺の言葉に加瀬宮はくすっと笑う。教室では常に孤高のクールビューティーなイメージが強い加瀬宮だが、こうやって放課後にファミレスで喋っている時はいつもこんな感じだ。
「チョコレートサンデー、注文しといたよ」
「ありがと」
横目で、テーブルの隅に鎮座しているタッチパネル式の端末を眺める。この店では見慣れぬ四角い新入りは、導入されて日が浅いので新品同然の輝きを放っていた。
「はー……注文がラクでいいわ、タッチパネル式」
心底ありがたそうに、加瀬宮もまた新品の端末に目を向ける。
このファミリーレストラン、フラワーズは以前まで店員さんに直接注文をする形式だったが、つい最近になって注文をタッチパネルで行う形式が導入されたのだ。そして俺も加瀬宮も共にデジタル機器に慣れ親しんだ現代っ子である。端末の操作も注文も、スムーズに受け入れることができた。
「店員さんと直接話さずに済むところが最高」
「そんなに嫌だったのか?」
「『あー、この子また来てるなー』って目ぇされるのが嫌」
「被害妄想だろ」
「でもそういうこと気にする気持ちは分かるでしょ?」
「それは分かる。裏であだ名とかつけられてるんだろうなーとか思ってる」
「あははっ。私とおんなじだ」
そのあだ名が俺たちの耳に届かないことを願うばかりだ。
「……ま、いいや。そろそろはじめよっか」
「おう」
雑談もそこそこにさっそく本題に入る。
今日の議題は――――俺と加瀬宮が過ごす、夏休みの計画だ。
☆
俺こと
春休みの時点で両親が再婚して、義理の妹と義理の父親ができた。以前の父親は能力絶対主義で、自分の期待するラインに達していない俺を不出来だと断じ、そのことがきっかけで母さんは離婚している。だがその経験もあって、母さんは俺に対する過剰なまでの気遣いをするようになっていた。
それはあたらしい家族になっても変わらず、そのことがきっかけで家に居づらくなった俺は、バイト終わりにファミレスに入り浸るようになった。そこで知り合ったのが、クラスメイトの加瀬宮小白だ。彼女もまた家に居づらいという理由から、同じ店で時間を潰していた。俺はそんな加瀬宮と、ファミレスを同じ『逃げ場所』として、家族から逃げるだけの放課後を共に過ごす同盟を結んだ。
次第に俺たちは『同盟』という関係から『友達』という関係に変わり、そして加瀬宮と過ごした時間や経験をきっかけに、俺はあらためて家族と向き合うことができた。
微妙な関係だった義理の妹との関係も含めて家庭事情を改善するにも至り、今では家での時間も格段に過ごしやすくなっている。
俺たち家族が前に進むことができたのは、加瀬宮のおかげだ。
だからこの夏休みは俺にとってのご褒美でもあるが、同時に加瀬宮に対する感謝の気持ちをこめたものにすると、俺は密かに誓っている。
「……よし。まあ、こんなもんか」
小一時間ほどで、お互いの予定や都合をすり合わせた夏休みの計画の叩き台が完成した。
ここから微調整を加えていくことになるだろうが、少なくとも初動でもたつくことはないはずだ。
「こうして予定にしてみると、けっこー忙しいね」
「嫌か?」
「楽しみ」
「俺もだ」
もちろん、俺の中では加瀬宮に楽しんでもらうことが第一だ。それでもやっぱり、加瀬宮という友人と過ごす夏休みを楽しみに感じる気持ちも抑えられない。
「さて。あとは夏樹と来門さんと四人で一緒に遊ぶ日を決めるぐらいだな。二人の予定と意見を聞いてみるとして……来門さんの方、頼んでいいか?」
「任せて。犬巻の方はお願いね」
「そのつもりだ」
「犬巻と紫織の分は奢るって言ってたけど……成海、お金の方は大丈夫なの?」
「二人には世話になったから、これぐらいはな。それに元からそんなに金を使う方でもないし、家から逃げ出すためにバイトも入れまくってたしで、軍資金にはかなり余裕がある。なんなら、加瀬宮と旅行するのもいいかもなーとか考えてたぐらいだぞ」
「…………ねぇ。それ、意味わかって言ってる?」
「意味って?」
「だから…………やっぱなんでもない」
加瀬宮は誤魔化すようにストローに口をつけて、アップルジュースで喉を潤していく。
いつもはドリンクバーで紅茶を淹れてくることが多い彼女だが、最近は夏ということもあってドリンク系がメインになっていた。
「むしろ加瀬宮の方が大丈夫か? けっこー遊ぶことになるけど」
「大丈夫。お小遣いは過剰なほど与えられてるし」
やや棘のある言葉を愚痴のように零す加瀬宮。
「……それに、うちってお金持ちだしね。そうでなくてもお姉ちゃんが呆れるほど稼いでるから、こっちのお金の心配はしなくて大丈夫」
一拍の間を置いて、ぽつぽつと自嘲気味に言葉を続ける。
「……ほんとはさ。私も成海みたいにバイトして、自分のお金で遊んだり何か買ったりしたいけど……ママは私にバイトさせたくないんだよね。私が外で何かやらかして、お姉ちゃんの評判に傷がつくのが嫌だから」
加瀬宮はグラスの中に残った氷をストローで軽くかき混ぜる。
からん、と氷が奏でる涼やかな音が店内の喧騒に消えていった。
「こうやって成海と一緒にお店に入って、家族の愚痴とか言ってるけどさ。このお金だって、ママから与えられたものだし。……ダサいよね、なんか」
「……別にいいだろ。俺ら高校生だぜ。小遣い制なんか珍しくないし、誰もがバイトできるわけじゃない。それに親からもらった金で遊ぶことに引っかかるなら、全部俺が払ってやるよ」
「それ、もっと引っかかるんだけど」
「我慢しろ」
「それじゃ今と変わらなくない?」
「どうせ同じ我慢をするなら、俺に奢られる方がよくないか?」
一理あると認めそうになったのか、加瀬宮はぐっと黙り込んだ。
「…………とにかく、嫌」
「加瀬宮と遊ぶためなら惜しくないんだけどな」
「…………そーいうこと気軽に言うな、ばか」
誤魔化すように目を逸らす加瀬宮。思わずカワイイな、とか言ってしまいそうになったけど、それを言ったらますます目を合わせてくれなくなりそうだから、俺は自制心を働かせて言葉を堪えた。
それからまた少し雑談を交えながら夏休みの宿題を進めて、その日は解散となった。
「じゃあ、また明日な」
「うん。朝の十時に駅前に集合して、そのまま映画館……だよね」
「遅刻をかまして、立てた計画がいきなり崩れるようなことはナシな」
「言ってろ」
からかい交じりに言うと、加瀬宮もまたいつもの調子で笑ってみせた。
「じゃあな、加瀬宮」
「ばいばい。送ってくれてありがとね、成海」
「おう」
こうして、俺たちはいつものように別れた。
☆
結論から述べるとすれば――――俺たちが立てた夏休み計画は、初日を迎える前から崩れ去ることになる。
「ごめん、成海。私…………」
なぜなら、この後。俺は一夜も明けないうちに遭遇してしまうことになるからだ。
夜の暗闇。降りしきる雨の最中で――――
「…………家出、しちゃった」
――――家出をした加瀬宮小白と。
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