第18話 辻川家
「その紙袋どうした? 学校に居た時は持ってなかったよな」
「集合場所に行く途中で買ってきたケーキ。謝罪しに行くんだから、こういうのは必要でしょ?」
「そんな大げさなもんでもないから気にしなくても……」
「私が気にするから」
そう言われてしまえば、もはや俺から言葉はない。
「こっちの道きたのはじめてかも。……あ、こんなとこに公園あったんだ。知らなかった」
「物珍しいものは何もないぞ」
「成海は毎日ここを歩いてるんだなーって見てた」
「面白いもんでもないだろ」
「面白いよ。それに、嬉しい」
「……公園マニアだったりする?」
「なにそれ」
「なんだろな」
アスファルトで舗装されただけの、ただの道だ。一定間隔で端に木が植えられていて、近くには小さな公園が一つ。特にこれといった面白みはない。だというのに、加瀬宮は面白いとか、嬉しいのだという。……分かんねぇな。加瀬宮は独特なセンスの持ち主なのだろうか。
「さっきの公園には行ったことあるの?」
「こっちに引っ越してきた時に一回だけ。そんなに広くないし、座るためのベンチがあるぐらいだったな」
「じゃあさ。あの公園がもう少し快適だったら、あのファミレスには来なかった?」
「どうだろうな。バイト帰りだから夜の公園で時間を潰すってのもつまんないだろうし……今みたいな梅雨の時期は困るだろうしな」
「梅雨……ああ、そういえばもう六月なんだよね」
「ようやく中間テストが終わったと思ったら、月末には期末テスト期間が始まるんだよなぁ……」
「でも中間テスト、成績上がってたんでしょ?」
「おかげさまでな。そういう加瀬宮も上がってたよな」
「おかげさまでね」
テスト前の期間はさすがにバイトも休んでいた。だが、だからといって家に居続けるのも避けたい俺たちは、ファミレスで勉強会を開いていた。
その成果もあったのか俺たちは一年最後の期末テストより、全体的に点数が向上した。
ちなみに成績は加瀬宮が二十四位、俺が五十八位。更に余談だが夏樹は十三位、そして学年一位が新生徒会長こと来門紫織だ。
「あ、中間テストっていえばさ。あの頃の加瀬宮、ちょっとよそよそしかったよな」
「……そう?」
「そうだよ。ちょうどクラス会のあとぐらいだったかな……なんか、顔を逸らされることが多かった気がする。避けられてるのかなって思った」
「……ごめん。別に避けてたわけじゃなくて、色々とクールダウンさせてただけだから」
「クールダウン?」
「こっちの話」
加瀬宮の方にも色々と事情はあるのだろう。何の事情かはさっぱり分からないが。
「着いたぞ。ここだ」
話している内に引っ越してきてまだ三ヶ月と経っていない我が家へと到着した。
「……『つじかわ』」
一戸建ての表札に刻まれた『辻川』の文字を見て静かに呟く加瀬宮。
「前にも話したと思うけど戸籍上は『辻川』だ。『成海』ってのは母親の姓。……ちなみに『成海』の前……母さんが離婚する前は『
「そっちは初耳」
「今、話したからな。これ知ってるの、家族の他には夏樹ぐらいしかいないと思う」
「……そこまで私に話してよかったの?」
「今更だろ」
「そうだけどさ。けっこーデリケートな話じゃん」
「加瀬宮だから話したんだよ。他のやつだったらここまで話してない」
「……ふーん」
ぷいっと視線を逸らして、指先で髪をいじりはじめる加瀬宮。
そういえば二人だけのクラス会以降、加瀬宮が俺から目を逸らす時は、いつもこうやって髪を指でいじっている気がする。これがこいつなりの『クールダウン』というやつなのだろうか。
「ま、ここで立ち話もなんだ。入ってけよ」
口に出してみて、自分でも「あれ?」と内心で首をひねる。
いつもは入りづらくて、居心地の悪いこの家に、自分から入ろうとしている。
許されるなら、ここでずっと立ち話をしていた方が楽であるはずなのに。
その理由を考える時間もないまま、俺は扉を開けて加瀬宮を玄関に招き入れる。
「おじゃまします」
律儀に靴を並べて置いた加瀬宮は、どこか緊張した面持ちで俺の後をついてくる。
リビングの方から聞こえるキーボードの打鍵音。作業してるのか。
「……邪魔にならない?」
あらかじめ俺から母さんが作家業を営んでいることを聞いていた加瀬宮は、リビングの方に聞こえないように小さく声をかけてくる。
ドアが開く音にすら気づいていないということは、かなり集中しているっぽいな。
一応、今日は加瀬宮が家に来ることは伝えておいたはずだが……。
「そうだな……ちょっと時間を置くか。とりあえず……」
リビングは使えない。となると、二階に上がるしかない。
加瀬宮を案内できる場所といえば……。
「俺の部屋で待つか」
「…………ん。そーする」
今日に備えて部屋の片づけは完璧に仕上げておいた。
なんなら気になり過ぎてテスト期間中もちょくちょく片付けていたぐらいだ。
まさに準備は万全。抜かりなし。
「…………へぇ。ここが成海の部屋なんだ。思ってたより片付いてるね」
「あんまじろじろ見るなよ」
「ヘンなものでも隠してるの?」
「ねぇよそんなもん」
「冗談だから」
小さく笑う加瀬宮。くそう。からかわれてる気がするぞ。
「ケーキ、俺の机に置いとくわ」
「ありがと」
加瀬宮から手土産であるケーキの入った紙袋を受け取り、机の上に置いておく。
本当ならすぐにでも冷蔵庫に入れたいが保冷剤が入っているだろうし、ここは室内だし慌てなくても大丈夫だろう。
「ま、てきとーなところに座ってくつろいでくれ」
俺自身も椅子に座りつつ促すと、加瀬宮はそのまま流れるように――――ベッドに腰かけた。
(…………あ)
しまった。そうだ。俺の部屋にはテーブルも座布団のようなクッションになるものもない。
そして俺が椅子に座ってしまった以上、腰を落ち着ける場所はベッドぐらいしかないわけで。
「どうしたの?」
「…………己の迂闊さと準備不足を呪ってる」
「は?」
予想外だった。普段から使っているベッドに家族以外の異性が座っているだけで、こんなにも意識してしまうものなのか。
何が準備は万全だ。穴だらけもいいとこだ。
「なんでもない。それより……うん。あれだ。ちょっと、下に降りて母さんの様子を見てくる」
こうして、俺は半ば逃げるようにして自分の部屋から脱出した。
……顔が熱い。下に降りて戻ってくるまでには、冷めてるといいけど。
☆
「……どうしたんだろ」
成海は逃げるようにして部屋を出ていってしまった。
私は一人残されたわけだけど、ちょっと手持無沙汰だ。確かに成海の部屋は気になるけど、勝手に物色する趣味はない。
「…………」
ふと、自分が腰かけている場所が気になった。
成海のベッド……成海は普段、ここで寝てるんだ。
「はやく戻ってこないと、寝ちゃったり……して」
私の身体は、自然とベッドの上に転がることを選んでいた。
「…………成海のにおいがする」
まるで私の全身を包み込むような……私のことを抱きしめているような。そんな錯覚までしてくる。
「なんでだろ……落ち着く」
あ。まずい。……眠くなってきた。
だって、仕方がない。昨日は寝付けなかったし。成海の家に行くんだって思ったら、緊張して、ドキドキして……眠れないからゲームしちゃって。
……寝るのはだめだ。今日は謝りに来たんだから。
でも……寝不足の状態で、成海ママに会うわけにもいかないし。
だから……ちょっとだけ……ほんの少しなら……成海が戻ってくるまでの、ほんの一瞬だけなら……いいよね?
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