第8話 ちょっとした変化【★2022/09/18 修正済】

「で、どういう関係なの? 加瀬宮さんとは」


「…………」


 翌朝の食卓で始まったのは一家団欒の時間ではなく、俺にとっては不可避の査問会だった。


「加瀬宮さんって? 何の話なんだい?」


「紅太、ガールフレンドがいるらしいのよ」


「おぉっ、ガールフレンドかぁ。紅太くんもやるじゃないか」


「あたしも驚いたわぁ。この子ったら、今まで浮ついた話ぜんぜんなかったから。せっかくだし、現役男子高校生の恋愛を取材させてほしいくらい」


 母さんは作家という職業柄か、昔からこういうネタになりそうなことには自分から首を突っ込みにいくような人だ。が、離婚して以降はこういった面は徐々に少なくなっていった。更には俺を気遣ってか、自制するようにしていたようだ。


「ただの友達だって言ったろ」


「ふーん。友達ねぇ……随分とカワイイ感じの声だったけど」


「声だけだろ。どんだけ想像力豊かなんだ」


「これでも作家ですから」


 思春期の男子高校生からすれば正直ちょっと鬱陶しいが、空気としては悪くない。

 自分が抱いている後ろめたさ、家での居心地の悪さ。普段から母さんに心配と負担をかけている分、道化になるのは必要だろう。


(……思えば、はじめてかもな)


 この家に引っ越してきてから、はじめてかもしれない。

 ここまで何も後ろめたく感じずにいられる食卓は。まさに一家団欒のひと時じゃないか。


「そういえば、今度の金曜日、紅太くんはバイトが入ってなかったよね。よかったらデートにでも行っておいでよ。軍資金が必要なら援助するからさ」


「ありがたい申し出ですが、残念ながら真っすぐ家に帰ってくる予定ですよ」


 それに明弘さん――――新しい父親とも普通に話せている。

 いつもは手早くかきこむようにしている朝食も、普通のペースで食べることができている。まるで魔法にでもかかったみたいだ。


(おそるべし。加瀬宮パワー)


 加瀬宮が電話しただけで、ここまで家の居心地が改善されてしまうとは。

 ……まぁ、これはあくまでも一過性のものだろう。二十四時間三百六十五日、加瀬宮の話をするわけにもいかないし。


 しかし、だ。一時的にとはいえ、家での居心地は良くなったわけだし、加瀬宮にはお礼を言っておいた方がいいのかもしれない。


「琴水も友達と遊びに行くことがあれば、遠慮なく行ってきていいんだぞ。ちょっとぐらい寄り道したって……」


「わたしは大丈夫です。この家で、家族と過ごします」


 思えば辻川が友達と遊びに出かけるところを見たことがない。

 少なくとも俺がこの家に引っ越してから、休日に出かけるのも決まって母さんや明弘さんと一緒の時で、個人の買い物も手早く済ませている。


 俺とは違い、辻川琴水という少女は、いつだって家族と共に在る。


「それと……成海先輩」


「お、おう」


「お節介かもしれませんが、毎日帰りが遅すぎると思います。アルバイトをしているとはいえ、夜は危ないですし」


「紅太は男の子だし……多少は、ね?」


「男子だからといって事件に巻き込まれないという保証はありません」


「「……仰る通りです」」


「普通の家族なら、夜遅くに出歩く子供を心配すると思います」


「「……はい」」


 夫婦そろって娘のド正論に轟沈している。実際、正当性は辻川の方にあり、二人も自分で言っていることが大人として親として褒められたものではないことぐらい分かっているのだろう。それぐらい浮かれてしまっていたということでもあるのだが。


「それと……加瀬宮先輩はあまり良い噂を聞かない人です。夜遅くに一緒に出歩いているところを見られたら、成海先輩まで噂に巻き込まれてしまう恐れがあります」


 加瀬宮小白という少女にかんして、あまり良いとはいえない噂が流れていることは知っている。


 ――――夜に遊び歩いてるとか、あんまりよくない連中とつるんでるとか、そういう本当かどうかも分からないテキトーな噂。


 夏樹の言葉もすぐに思い出すことができた。

 歌手kuonの妹という要素を抜けば、学園内における加瀬宮小白という少女は、そういう立ち位置の生徒だ。


 俺が加瀬宮小白という少女と言葉を交わすようになったのはここ数日のことだ。

 それまではただ同じファミレスの常連ぐらいの認識しかない。

 彼女のことを深く知っているのかと問われれば『NO』と答えるだろう。


 噂がまったくの嘘とも言い切れず、真実であるという可能性はある。


「……ごちそうさま。俺はもう学校行くから」


 だけど。それでも。


 辻川の正論に、俺は素直に頷くことができなかった。


     ☆


「今日の紅太、なんか難しい顔してるねぇ」


 昼休み。教室で昼食を食べていると、夏樹が顔を覗き込んできた。


「そうか?」


「そうだよ。なんか朝から、ずーっとこんな顔してるよ、こんな顔」


「そんな変顔はしてない」


 夏樹なりに空気を和ませようとしているのは分かるが、その変顔だけは看過できないぞ。


「ちょっと考え事をしてたんだよ」


 辻川の加瀬宮に対する認識と、俺に対する警告。

 それがずっと頭の中に引っかかっていた。分からないのは、なぜそこまで引っかかっているのかということだ。胸の中につかえているもやもやとしたもの。その正体が分からず、ずっと考えこんでしまっていた。


「その考え事、解決できそう?」


「……わからん」


「僕が力になれそう?」


「今は難しいが、お前の助けがほしいと思ったら相談させてもらう」


「おっけー。わかった。じゃあ、もう訊かない」


 夏樹のこういうハッキリしているところが、俺は好きだ。

 幼馴染としてこれまで程よい付き合いができているのも、夏樹の性格によるところが大きいと思っている。


「朝からといえばさ、加瀬宮さんもヘンだよね」


「ヘン? なにが」


「えっ。気づいてなかったの?」


 ……考え事に夢中で何も気づいていなかった。

 しかも加瀬宮本人も無関係ではないというのに、当の本人のことを見ていなかった、なんて猶更言えない。


「なんか登校してからずーっと眠そうでさ、休み時間の度にダウンしてるよ。今も……ほら、昼休みに入ってからずーっと寝てるし。いつもは音楽きいてるのに」


 夏樹に促されて加瀬宮の席に視線を向けてみる。


「……………………」


 休み時間はいつも音楽をきいているはずの加瀬宮は、確かに机に突っ伏してひたすら眠っていた。まるで朝まで徹夜した後のように。


(……まさかな…………)


 そういえば昨夜、加瀬宮にゲームを薦めた覚えはあるが……それと関係あるとか?

 それこそまさかだ。あの加瀬宮小白が、ゲームに熱中して夜更かししてるなんて。


「あんな状態になってる加瀬宮さんを見たことないからさ。みんな気になってるよ。なにがあったんだろーって」


「……なにがあったんだろうな」


 頭の中に浮かんだイメージをすぐさま振り払いながら、俺は昼飯のパンをもそもそと食べ進めるのだった。



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