第9話 答え合わせ【★2022/09/18 修正済】

「教えてくれたゲーム、ハマり過ぎて徹夜した……」


 バイトを終えてファミレスへと直行し、合流した後の加瀬宮からの第一声がこれだった。


(まさか本当にゲームで徹夜していたとは……)


 正直、オススメしてみたはいいものの、ここまで熱中するとは思わなかった。


 ちなみに俺が加瀬宮にすすめたのは先日発売したばかりの新作アクションゲームだ。プレイヤーは狩人となって魔物を倒し、武器や防具を強くしてまた強い魔物を狩っていくという内容で、既に大人気シリーズとして何作も続編が発売されている。


「オススメした俺が言うのもなんだけど、加瀬宮がそこまでハマるとは思わなかった」


「自分でも驚いてる。普段あんまりやらない種類のゲームだったから、もしかしたらすぐに止めちゃうかなって思ってたんだけど……なんか私、こういうコツコツ積み重ねていくゲームが好きっぽい」


 こんな派手な見た目をしておいてコツコツやるのが好き、とは。

 加瀬宮と話しているとギャップという言葉が雨のように降ってくる。


「ちなみに、どこまで進んだ?」


「火山のとこ」


「早すぎだろ」


 進行度的には後半に突入した辺りだ。

 このゲームはストーリークエストを終わらせるところがスタートラインみたいなところがあるとはいえ、それでもペース的にはかなり早い。


「俺はそこまで行くのに三日はかかったぞ」


「成海が遅いとかじゃなくて?」


「確かに速い方でもないが、それでもお前の速度は異常だぞ。何時までやってた?」


「何時までっていうか、そもそも寝てないし」


「オススメした側として喜ぶべきか、悲しむべきか……」


「そこは素直に喜べばいいじゃん」


 眠そうにしながらも笑う加瀬宮を見ていると、お世辞でも何でもなく、本当にオススメしたゲームにハマったんだなということが伝わってくる。


「そのうち成海も追い抜いちゃうかもね。そしたら、素材集め手伝ってあげよっか?」


「本当にそうなったら流石に少しへこむぞ」


 俺はどちらかというとオタクの部類に入るが、浅く広くだ。

 ゲームもあまりやりこむタイプではないが、加瀬宮の場合は逆にやりこむタイプなのかもしれない。


「あはは。じゃあ、追い抜かれないようにがんばりなよ」


「そうしたいところなんだけどなぁ……家でゲームに熱中し過ぎてると、義妹の手前、居心地悪くてな」


「義妹?」


「母さんの再婚相手に高校一年生の娘がいたんだ。この後輩が真面目な上に優秀でさ……帰りが遅いことも指摘されてるよ」


「学級委員長とかやってそうなタイプ?」


「学級委員長とかやってそうなタイプ」


「なるほどね……でも、そっか。そっちは妹ちゃんか」


「そっちは?」


「うちはさ、そういうこと言うのはママなんだよね」


 加瀬宮の瞳から熱のようなものが失せていく。

 放置され続けた温かい紅茶が冷めていくように。


「私が何をやっててもいい。だけど、お姉ちゃんの評判を落とすまねだけはするな。お姉ちゃんの足を引っ張ることだけはするな。お姉ちゃんに迷惑がかかることだけはするな――そんな感じ。お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。そんなのばっか」


 彼女は店の白いカップを、その繊細で美しい指でコツン、と弾いた。


「だから昨日、成海ママと話しててさ……ちょっと羨ましくなっちゃったんだよね」


「羨ましいって……俺が?」


「うん。成海のことを本気で心配してたし、女の子の友達がいるって分かって、本気で浮かれてたし。私のママじゃこうはいかないよ」


 加瀬宮は自嘲気味に笑い、そこで会話が途切れてしまった。

 仕事帰りのサラリーマンたちの会話や、店員さんたちの接客。いつもは会話をしていれば気にならない程度の声が、今は鮮明に耳に入ってくる。


「……ごめん。別にお説教したいわけじゃないから」


「そういう意味じゃないことぐらいは分かってる」


 俺は、加瀬宮の家の事情には踏み込まない。

 加瀬宮は、俺の家の事情には踏み込まない。


「俺たちは愚痴を言い合って、聞くだけだ。それ以上、先には踏み込まない――だろ。だから、加瀬宮も気にする必要はない」


「……成海と話すのは、本当に楽でいいわ。いっそ男子全部が成海みたいな感じだったらいいのに」


「俺が嫌だな、それは」


「まあ、本人からしたら確かにね」


 加瀬宮は一息つくと、冷めた紅茶を口につけて喉を潤した。


「はー……なんか、不思議な感じ。ここまで家族の愚痴を言ったの、はじめてかも」


「言われてみれば俺も、こんなにも気軽に家族の話題を話したのははじめてかもな」


 夏樹と話すことはあるけれど、それでも常に後ろめたさのようなものは感じていた。

 こうやって愚痴を吐き出すような空気じゃない。


「本当ならさ。お姉ちゃんのことや、ママのことを話題に出すだけでも嫌なはずなのに」


「それは教室での加瀬宮を見てれば分かる」


「やめてよ」


 加瀬宮は不本意そうに頬を膨らませる。


「お姉ちゃん目当てで近づいてくる子たちとか、私だって最初は普通に断ってたけどさ。それだと諦めないやつとかもいんの。でもああやって威圧してれば、そのうち来なくなるから」


「分かってる」


 お行儀よくしているのが俺にとっての自衛であるように、あの教室での態度は加瀬宮にとっての自衛なのだろう、ということぐらいは今の俺でも分かる。


 ――――加瀬宮先輩はあまり良い噂を聞かない人です。夜遅くに一緒に出歩いているところを見られたら、成海先輩まで噂に巻き込まれてしまう恐れがあります。


 ――――夜に遊び歩いてるとか、あんまりよくない連中とつるんでるとか、そういう本当かどうかも分からないテキトーな噂。


 その時、辻川と夏樹の言葉が頭の中に蘇った。学園で囁かれている辻川の『良くない方の噂』の話が。


「どうしたの?」


「ん? いや…………」


「…………ああ、もしかして『噂』のこと気にしてる?」


 つい言い淀んでしまったことで、俺の考えていることが見抜かれたらしい。


「気にしてるってわけじゃない。ただ……」


「ただ?」


「……今朝、妹からお小言をもらったから、つい思い出しちまっただけだ」


「ふーん。気になるね、そのお小言ってやつの内容」


「気にしなくていい」


「同盟相手に情報の共有は必要じゃない?」


 その理屈を持ち出してこられると弱い。

 なにしろ俺たちの関係は『同盟』という種類の下に成り立っているものだ。それを否定することは、この時間や関係そのものを否定することになる。


「…………『加瀬宮先輩はあまり良い噂を聞かない人です。夜遅くに一緒に出歩いているところを見られたら、成海先輩まで噂に巻き込まれてしまう恐れがあります』……だとさ」


「へぇ。お兄さん想いの妹だね」


「やめてくれ。ただバカバカしい噂を真に受けてるだけだ」


「もしかして成海、怒ってる?」


 怒ってる。


 その問いは、俺の心にストンと収まった。

 探していたパズルのピースが見つかって、ぴったりと収まったような。


「……そうかも」


「えっ」


「バカバカしい噂を真に受けて、友達のこと悪く言われてる……それが嫌で、腹立たしかった。……ああ、そっか。俺は怒ってたのか。加瀬宮を悪く言われて、怒ってたんだ」


 今ようやく分かった。

 辻川の加瀬宮に対する認識と、俺に対する警告。それがずっと頭の中に引っかかっていた理由。


 怒ってたんだ、俺は。友達を悪く言われて怒っていた。


 そんな単純なことだったんだ。


「あー……スッキリした。ようやく胸のつかえがとれた気がする。朝からずーっと悩んでたんだけど、これで気持ちよく眠れそうだ。気分がいいし、奮発してぶどうパフェでも頼むか!」


「……………………」


 胸のつかえがとれて晴れ晴れとした気分になっていると、目の前に座っている加瀬宮本人は、なぜか硬直していた。


「おい、どうした加瀬宮」


「えっ……あ………………」


 加瀬宮はなぜか狼狽していて、挙動不審だ。こんなにも不安定な彼女の姿は、教室でもこのファミレスでも見たことが無い。


「その……面と向かって友達って言われたり……怒ってもらえたから……ちょっと、ハズいっていうか」


「悪かったな、恥ずかしくて」


「ちがくて。嫌なわけじゃなくて……どっちかっていうと…………」


 加瀬宮は自分の中で言葉を探しているように言い淀む。だが、すぐにその言葉を見つけたのだろう。耳を真っ赤に染めながら、俺から視線を逸らしつつ……。


「…………ありがと。嬉しかった」


 照れている。あの加瀬宮小白が。……危なかった。今、スマホのカメラモードを起動していたとしたら、思わず写真に収めていたかもしれない。


「てかさ。私たち、友達なんだ。同盟相手じゃなくて」


「勢いで言っちまったけど……まぁ、そうなんじゃないか? 母さんにも女友達って言ってるし」


「ああ、そっか。そうだったよね」


「勿論、『同盟』っていう関係もなくなったわけじゃない」


 同盟関係。友達。どんどん肩書きが増えていく。だけどその増えていく肩書きを、嫌とは思えない。


「…………ちなみに、噂のことなんだけどさ。一応、夜はこの店から家に帰る以外はしてないから。たまにコンビニに寄り道したりするけど、遊び歩いてるとかはやってない。それと、あんまりよくない人たちと関りがあるっていう噂は……たぶんそれ、芸能事務所の社長からスカウトされてるところを見られただけだと思う。あの人、派手な見た目してたし」


「そうか。まあ……そんなとこだろうな。噂の真相ってやつは。この噂をそのままにしてるのも、お姉さん目当てで来る連中を少しでも減らすためだろ?」


「……そこまでお見通しなんだ。やるじゃん」


「家族の件を照らし合わせれば予想はつく。夜に遊び歩いてる件にしたって、元からある程度予想はついてたし……まぁ、スカウトの方は予想外だったけど、言われてみれば特別驚くほどのことじゃなかったし」


「そこは驚きなよ」


「加瀬宮ならスカウトの一つや二つあってもおかしくないだろ」


「……それ、どういう意味?」


「それぐらい魅力のある人間って意味だ」


「………………そりゃ、どーも」


 教室にいる時の加瀬宮は、あまり良い評判だとは言えないだろう。

 それでも、みんなが加瀬宮から目を離せない。加瀬宮小白を意識している。それぐらいの魅力を持っているということだ。


「ぶどうパフェ、加瀬宮も食べるか? 気分がいいから奢ってやるぞ」


「………………食べる」


 呼び出した店員さんに、ぶどうパフェを二つ注文する。

 奮発したデザートを待っている間、加瀬宮は何気なしに切り出した。


「成海ってさ。私のヘンな噂が流れてるの、嫌だったりする?」


「元からああいう噂は好きじゃない。加瀬宮と友達になった今は、もっと嫌になったってだけだ。お前にとっての自衛であることは理解してるから、これから我慢するようにするけど」


「……そっか。わかった」


 一体何が分かったのか。


 俺がそれを知るのは、少しあとのことだった。

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