第513話 J1開幕!! その4

「昨日は、おかんむりだったんだってな、神児(パス)」とMFの東野さん。


「いえ、そんなことないですよ(パス)」


「そんなことなくないよ、めっちゃ怒ってたじゃん(パス)」と翔太。


「まあ、その気持ちはわからんでもないが(パス)」と石丸さん。


 俺達は今何をしているかというの、昨日のリカバリーを兼ねて練習場でパス回しをしている。


 お目当ての一英はというと、俺から逃げるように、さっさと司達のグループに混じってパス連を始めていた。


 ちっ、うまく逃げやがって。


「そういや、神児、西島監督から何か言われてるか?(パス)」と同じ明和大の先輩の石丸さん。西島監督からSC東京に入ったらいろいろ面倒見てくれと頼まれてたみたいだ。こういうとき、母校の先輩がいるといろいろ助かるよね。


「はい、4月からの履修届どうするか、今週、部の方に顔を出す予定です(パス)」


「こういう時、室田が居たらもっと分かりやすかったんだけど、やっこさん、ドイツ行っちまったからなー(パス)」と遠い西の空を見上げる石丸さん。


「ところで、石丸さんは今まで海外挑戦するチャンスは無かったんですか?(パス)」


 昨年末、日本代表にも選出されハリー監督にも気に入られたとの噂の石丸さんだ。そこら辺もなにか話が聞けたらなんて思っている。


「ああ、俺、飛行機苦手だからダメダメ(パス)」と本当だか嘘だか分からない理由を言われてしまった。でも、代表に呼ばれたら飛行機でどこにでも行くんですよね。


 すると……「そういや、神児、昨年末、西島監督がSC東京の事務所に来た時、お前たちも一緒にいたんだって?(パス)」


「……はぁ、司も居ました(パス)」


「どう?すごかった?(パス)」


「いやー、なんというかー、ちょっと堅気の人とは思えませんでした(パス)」



 実は昨年末、沖縄から帰って来た直後の事だった。俺と司は西島監督に、今シーズンのインカレが終わったら、本腰を入れて受け入れ先のチームを探すということ。そしてそのチームによっては、大学を退学する旨を伝えたのだ。


 まあ、司と話し合って進路を決めたのだから、なるべく早めに監督に話すに限ると思ったんだよ。


 こういうのって義理を欠いてはいけないじゃん。


 すると、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をする西島監督。


 そして……「あれっ、お前らSC東京に行くんじゃないの?」と。


 あれれれ、そういや、スカウトの人に会うことは伝えてたけれど、「U-23だったら契約してもいいよ」と言われたことを伝えてなかったのだ。


 俺と司はその旨をもう一度最初から西島監督に話して、ついでにその時の編成部長だかなんだかの名刺も見せたら、目の前でSC東京の社長に直電を入れたのだ。マジすか、監督。


 そして……「今からSC東京の事務所行くからお前らも付いてこい」と監督。


 おやおや、今から出入りでも行くんですか?


 あまりの展開の早さに付いていけない俺と司。俺達は明和大のジャージのまま、京王八王子駅からSC東京の事務所のある調布駅までやってきたのだ。


 ちなみにここまで西島監督がSC東京の社長に直電してから1時間以内の出来事だった。


 いやー、京王八王子から調布まで特急で30分かからないんだー。知らなかったー。


 駅近くにある事務所に入るなり西島監督、受付のお姉さんに向かって「社長を出せ」と一言。


 かわいそうに受付のお姉さん、涙目になりながらも「アポイントはお取りでしょうか?」と必死になって業務を遂行するも、「そんなもん取ってねーけど、社長に『西島』が来たと今すぐに伝えろ」と監督。


 すると、受付のお姉さんが受話器を取るよりも先に社長が事務所の受付までやって来て、そのまま応接室にGO!


 あとで話を聞いたら、なにやら階段の影で監督が来るのをスタンバってたらしい。


 そのままフカフカのソファーのある応接室に招かれると、なんか、前回とは全く違うキンキラキンのカップに入ったコーヒーを出された。


 あれれー、前回はパイプ椅子の置いてある空き部屋でしたよね?


 コーヒーも紙コップだったし……


 俺は興味津々で出されたコーヒーを一口飲んでみたら……あらやだ、これって『ブルーマウンテンNO1』じゃないですか?


 以前、司んちのおばさんから、「神児君、ちょっといいコーヒーが手に入ったんだけど飲んでみない?」と誘われて1回飲んだっきりの銘品だ。わーお。


 ところで、何で最初の時はコレ出してくれなかったんですか?


 そして、社長がソファーに座るなり、西島監督が一言。


「あんまし、うちの若い者を安く買い叩かないでもらいたい」と……


 話はそこで終わり。さらに、その1時間後、西島監督のお知り合いの弁護士の方がいらっしゃいまして、その場でSC東京と契約を結ぶことになりました。めでたしー、めでたし……


 あれれー、司と一緒に北は北海道から南は沖縄まで一緒にチーム探しの旅に出ようと予定立ててたのになー。ジンギスカン食べたかったなー(棒)


 まぁ、フットボールの世界にも『蛇の道は蛇』って奴があるのを知っただけでも……為になったね~、為になったよ~。


 そうそう、そういや、その時もらった『支度金』とやらのお陰で、親父に借金してたロードバイクの代金も払えたし結果オーライかな?


 そんな感じで、俺と司のSC東京入りが決まったのだ。

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