第508話 私を沖縄に連れて行って その24

「神児君、これ、動いてる。動いてるよ」そういって恐る恐る車エビを指さす弥生。


「そりゃー、生きてるんだから動くに決まってるだろう」と店員のおばちゃんと一緒に笑いながら俺。


『国際通り』に着いた俺達はとりあえず腹ごしらえしようという事になり、異国情緒あふれるアーケード街を通り抜け、司のおじさんお勧めの『牧志公設市場』にやって来た。


 おじさんの話によると、どうやらここの市場には、一階で買った食材を二階の食堂で調理してもらえる『持ち上げシステム』というものがあるらしい。なんか、外国の市場みたいで、俺も弥生も心躍らせてやってきたのはいいが、初っ端、弥生は店頭で出迎えてくれたサングラス付けた豚さんの生首と目が合ってしまい、完璧にビビッてしまったのだ。なんくるないさー。


 司のおばさんのアドバイスだと、とにかく魚介類がお勧めだという事で、清水の舞台から飛び降りるつもりで、魚屋のおばちゃんお勧めの伊勢海老とイブラチャーやらタマンやらミーバイなんかのカラフルなお魚を購入して、いざ二階の食堂へレッツらGO!


 親父が今朝、別れ際に、「これで弥生ちゃんになんかうまい物でも食わせてやれ」と三万円渡してくれたの本当に感謝します。にふぇーでーびる♪


 調理方法はお刺身と後はお任せにしてもらった。


「神児君、このお刺身、コリコリしておいしー」と目を真ん丸にして弥生。豚さんにガン付けら凹んでいたさっきまでの様子は何処へやらだ。


「うほっ、この伊勢海老のお刺身もぶりっぶりのトロトロだー、ちょっと弥生、これ食べてみ」


 そんな感じで平日の真昼間から二十歳そこそこの若造が呑気に豪華な宴を繰り広げているが、そこはそれ。常夏の国らしく、店員さんを始め、みんながみんなやさしく微笑んでくる。なんくるないさー。


 というわけで、お互いに一杯だけの約束で、キンキンに冷えたオリオンビールを呷りながら、新鮮なお刺身を肴にグイっと……ちくしょう、ここは極楽かよっ!!


「口直しの海ブドウがコリコリして美味しー」とニコニコした顔で弥生。それだけ喜んでくれたら今日のデートは大成功。


 すると、タマンのガーリックバター炒めに、イラブチャーの唐揚げ、そしてミーバイのマース煮に伊勢海老の味噌汁。うわー、食べ切れるかなー。


「ところでこのマース煮ってなんなんすか?」と俺。


「こちらのマース煮はお酒の代わりに泡盛を使ったお魚の蒸し物ですよ。塩味が付いてます」と店員さん。


 ほほーう、これはこれは初めましての味だ。泡盛の独特の風味かふわっと鼻に抜けるとそこからミーバイの旨味が口いっぱいに広がる。これはダイレクトに素材の味を楽しめる。後で作り方を聞いて、泡盛買って家でおふくろに作ってもらおう。


「唐揚げもガーリックバター炒めもおいしー」と弥生。


「食べ切れなくなったらテイクアウトも出来ますよ」と店員のおねーさん。なんくるないさー。


 だが、店員のお姉さんの心配もどこ吹く風。昨日210km走った俺の体がとんでもないカロリーを欲していたみたいで、なんと大盛りライスを追加オーダーするという愚行を冒すも、最終的には全て胃袋の中に収まってしまったのだ。こりゃ、拓郎の事言えねーな……げふっ。


 お互いにお腹がパンパンになり、ちょっと腹ごなししようという事で、散歩がてら『波の上ビーチ広場』に行こうかと話していたら、「国際通りに出れば、『波の上ビーチ広場』までバスがありますよ」と店員のお姉さん。


 アルコールの入った我々の体には、一マイル道のりはいささか遠いという事になり、満場一致でバス停に向かうことに決定した。なんくるないさー。


 バスを使って30分そこそこ、『波の上ビーチ広場』では、青い海に白い砂浜が俺達を待ち受けてくれていた。11月の心地よい潮風に吹かれながら俺達は砂浜を歩く。


 そこで俺達は、久しぶりに二人きりでゆっくりと時間を過ごしたんだ。


「なぁ、弥生。随分と泡盛買ってたけれど、あれ全部、お前が飲むの?」と素直な疑問。


「んー、どうかなー?」と首を傾げて弥生。


「どうかなって、決めてないのにあんなに買っちゃったの?」


「いや、頼まれたのもいくつかはあるけれど、泡盛って瓶の中でも熟成するから、ワインのように家で寝かせておこうかなーって」


「はへー、知らなかった。ほら焼酎って瓶詰したらワインみたいに寝かせることあんましないじゃん」


「うん、焼酎でも瓶内熟成するタイプのものもあるんだよ」と弥生。


「物知りなんだなー」


「そんなこと無いよ。たまたま読んだ本に載っていただけ」


「でも、さっき試飲で飲ませてもらったあの古酒(クースー)おいしかったなー」


「ああ、あの三十年熟成の古酒ね。お父さんに頼まれて同じの買ったから、今度一緒に飲もっか。お父さんも神児君と飲みたがってたよ」と弥生。


 ええ、いいんですか、あんなにお高い酒……って違う違うそういう話をしに来たんじゃなかった。


 俺も弥生も飲む事も食べる事も好きなので、気が付けばいつもこんな話をしてしまうのだ。


 俺は一旦深呼吸をして心を落ち着かせる。


 今日ここに来たのは、弥生に伝えたいことがあったからなのだ。


「あのな、弥生」


「なーに、神児君」


 そう言って、潮風になびく髪を抑えて振り返る弥生の見て、ふと俺は、これからもずーっと一緒に歩いて行けたらな……なんて思ったんだ。

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