第507話 私を沖縄に連れて行って その23
新章に行こうかと思ったのですが、お話のつながりがいまいちだったので、もうちょっと沖縄編(弥生とのデート)を続けます。(多分あと2話)
……翌日、
「こうして、瑞泉酒造の戦前の黒麹菌を使って、1999年、泡盛の復活劇が繰り広げられたのだ!」
弥生はこれでもかという真剣な眼差しで土産物売り場に置いてあるモニターを見つめている。
「そして、大戦の戦火をまぬがれた唯一無二の黒こうじ菌(瑞泉菌)を使用した御酒(うさき)が生まれたのだ!!」
「よかったねー、よかったねー、神児君」
そう言ってモニターを見ながらパチパチと拍手をする弥生。見るとポケットからハンカチを取り出し目頭を押さえていた。
「おっ……おう」
完璧に自分の世界に入ってしまった弥生を傍らに、俺はさっきから周りの目が気になってしょうがない。
恐る恐る当たりの様子を見渡してみると、思わず愛想笑いを浮かべる店員のお姉さんとニコニコとほほ笑んでいる老夫婦の買い物客が……
俺は思わず苦笑いを浮かべ会釈をする。
流石は月曜日の午前中とあって、土産物売り場は閑散としていた。あー、よかった。
ところで弥生、このDVDのどこら辺に、涙腺が緩まる要素があるのかな。悪いんだけど、あとでちょっと教えてくれないか……
ここは、沖縄県那覇市首里崎山町にある『株式会社瑞泉酒造』の中にあるお土産コーナー。
俺は司に言われた通りに、弥生をデートに誘ったのだが、弥生はというと「昨日レース終わってまだ疲れてるでしょ」と言って全然乗り気ではないのだ。
だが、そんなことであきらめる俺ではない。
弥生に「『おきなわワールド』でも、『国際通り』でもどこでも好きな所を連れて行ってやるぞー」と言ったら、弥生は「じゃあ、『首里城』の……」
「うん、『首里城』な。有名だもんなあそこ」
「いや、そうじゃなくて、『首里城』の隣にある『瑞泉酒造』の見学に行きたいんだけど」……と。
「……はい?」
「うん、これなんだけれど」と言って弥生は申し訳なさそうに『瑞泉酒造』のHPをスマホで見せてきた。
うん、どれどれ。
『<主な見学内容>
・DVD鑑賞
瑞泉酒造の成り立ち、琉球泡盛の製造方法、
東京大学で保管されていた戦前の黒麹菌を使用した「御酒(うさき)」
の開発に至るまでの軌跡をご覧いただきます。
・古酒の飲み比べ(ご予約者様優先)
瑞泉酒造が誇る古酒やリキュールなど幅広い味わいをお楽しみいただけます。
・蔵元限定商品のご購入
生産本数の少ない特別商品やオリジナルグッズなどの店頭販売を行っております。』
「…………これですか?」そう言いながらスマホの画面を指さす俺。
「……うん、あっ、神児君が興味なかったら別にいいんだけれど、ほら疲れているのに悪いし」と遠慮しいしいの弥生。
「いや、行きます。行かさせてください。是非お供させてください!!」
というやり取りを経て、今。
弥生はお目当てのDVD鑑賞と泡盛を手に入れてホクホク顔。
おい、デートってこんなんでいいのか?
さすがにこれだけだとちょっとアレなんで、蔵元見学が終わった後、『首里城』を見学し、沖縄都市モノレール『ゆいレール』で『国際通り』に向かった。
「そろそろ春樹君達、東京に着いたかな?」モノレールの窓から東の空を見ながら弥生は言う。
学校と仕事がある春樹と陽菜ちゃんと親父とおふくろ、そして司のおばさん達の先発隊は、今日の朝一番の便で東京に帰っていった。
俺と司と優斗と拓郎は明日から『那覇マーリンズ』で何日か練習した後、残りのメンバーと一緒に今週末に帰る。ところでMJKの人達はどうするんだろ。
「東京はどうだかわからんが、茨城にはもう着いただろう」そう言って時計を見ると昼の12時を回っていた。
くすっと笑う弥生。アレっそこって笑うところか?
まあともかく、沖縄から茨城までのフライトよりも、茨城から八王子までの陸路の方が時間が掛かるのは確かだ。
そんなことを思いながら俺もモノレールの窓の外を見る。
『那覇空港駅』から『てだこ浦西駅』までの総延長17キロメートルある『ゆいレール』は那覇の市街地を通る沖縄唯一の軌道系の交通機関だ。
那覇市民の大切な交通手段だけではなく、世界遺産の『首里城』や那覇市街が見渡せ、『ゆいレール』自体が今や観光スポットになっている。
むむむ、やるじゃねーか『ゆいレール』。でも『多摩モノレール』だって負けてないんだからね!
司から「一日券買っといたほうが便利だぞ」と言われ、俺も弥生も購入している。
国際通りで昼飯でも食った後、那覇空港に寄るのもいいかもな。
そんなことを思いながら、窓の向こうの沖縄の空を見ながら俺と弥生は『ゆいレール』に揺られていく。
先程、試飲で飲ませてもらった古酒(クース)がまだいい感じに残っているかな。
昨日は、念願のビールをやっと飲めたのはいいが、最初の一杯でダウンしてしまった俺。
待望の二度目の二十歳を迎え、ツール・ド・おきなわも、目標だった完走を大幅に上回る5位入賞にもなったことだし、今日一日くらいはいいよね?
モノレールの窓の外を見ると、11月とは思えないくらいの抜けるような青空だった。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818093075511697484
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます