第506話 私を沖縄に連れて行って その22

「2016年、つーるどおきなわ、第5位、鳴瀬神児君」(わーぱちぱちぱち)


 春樹はそう言うと、俺に手作りのメダルと賞状を渡してくれた。


「続きまして、第6位は…………」




 『ツール・ド・おきなわ2016 市民ロードレース210km』が終わったその日の夜、俺達はおじさんが借り上げている民泊でレースの打ち上げを行った。


 メンバーはMJKの皆さんを含めた、まぁ、いつものメンツだ。


 さっきから、石巻さんも新浜さんも、申し訳なさそうに俯いたまま。春樹と陽菜ちゃんの手作りのメダルがいい塩梅に哀愁を醸し出している。


「ほんと、すいません。鳴瀬さんがあそこまで牽いてくれたのに」と今日何度目か分からない謝罪をする石巻さん。


 やめてください、逆にこっちが気を使ってしまいますから。そもそも名護の街に帰ってくるまでMJKの皆さんにおんぶにだっこの俺と司。そんな謝られる筋合いなんて微塵もございませんって。


 そんなわけでレースの結果は、一位が中岡さんで、二位が同着で井ノ上さんと石巻さん、そして四位が新浜さんとなった。


 ゴールの瞬間、俺が後ろから見た時はほぼ横並びで誰が勝ったのか分からなかったが、一位から四位までが同タイムの『ツール・ド・おきなわ』史上稀に見る大接戦だったらしい。


 たしか、一位から四位までの選手が写真判定となったのは史上初の事だと後で記者の人から聞いた。


 しかも、中岡さんと石巻さんの着差はたったの3cm。


 逆にその僅差がより一層、石巻さん達の無念さを駆り立てているのかもしれない。


「しょうがないですよ。勝負は時の運。あそこまで全部出し切ったんですから今日は中岡さんの日だったんでしょう」と7位の司。


 中岡さんの勝利の決め手は、最後の最後に飛び出した『ハンドル投げ』だった。


 競輪でなら何回か見たことはあるが、あそこまで見事な『ハンドル投げ』があの局面で飛び出すなんて……結局『キング・オブ・ツール・ド・おきなわ』の方が俺達よりも一枚上手だったということだ。

 

 こういう駆け引きの強さも王者の条件なのかもしれない。


 最後の最後で中岡さんが、グイっとバイクを押し出した、その僅か3センチメートル分だけ、俺達は優勝カップには届かなかったのだ。



「じゃあ、しんみりした話はこのくらいにして、司君のお母さんが作った料理をみんなで食べるのねー」と34位の拓郎。


 テーブルの上には、おばさんが腕によりをかけて作った「ティビチ(豚足の煮込み)」に「チャンプル」に「ミーバイのお刺身」と、沖縄の名物料理が所狭しと並べてある。


 おじさんの例の請求書の件で、おばさんがここに来た時は何度目かの「北里家の崩壊の危機」を迎えていたのだが、その翌日、おじさんがご機嫌取りに、おばさんを近場の市場まで連れて行ったことが功を奏したのか、珍しい食材のオンパレードに料理研究家としての血が騒ぎだしてしまい、結局、例の請求書の件はどこへやら……


 ってか、俺の「Tarmac」と「BORA ONE」もかなりその要因の一端にはなってるんだよなー。


 しゃーない、ここはひとつ親父に頭を下げて、新調したバイクとホイールを司の親父さんから買い取ってもらおう。きっと、来年にはそこそこまとまったお金が入ってくるはず……だよな。


「しっかし、うちの孫は大したことなかったのー」と辛辣な拓郎のおじいちゃん。


「日本一になるとか、えらそうな事、言っとった割には、ゴール前でアホみたいにぶち抜かれておったのー」とこれまた辛辣なおばあちゃん。


 足が売り切れた拓郎はどうにかこうにかゴール前までやって来たのだが、拓郎のじいちゃん、ばあちゃんのいる観客席の目の前で30人からの大集団にまとめてぶち抜かれ、一桁だった順位を一気に34位まで落としてしまったのだ。


「でっ、でも、スプリント賞はしっかりと2回取ったのね」とSP賞の賞状をおじいちゃんとおばあちゃんに見せる拓郎。


「でも、一枚足りないのう」としっかり者のおじいちゃん。


「そうそう、2回目の奥のすぷりんぐぽいんとはどうしたんだい、たっくん」とこっちも抜け目のないおばあちゃん。(もしもし、おばあちゃん、『スプリントポイント』ですよ)


「……………」


「まぁ、この成績じゃ、自転車代を全部だなんてとてもとても」と手を横に振るやり手な感じのおじいちゃん。


「そうですねー、オリンピックのお祝いも込みで、いいとこ10万円ってとこですかねー」と冷静にそろばんをはじくおばあちゃん。


「えっ、えっ、えっ?それってどういうことなの?」と顔を真っ青にする拓郎と、その横で同じく顔を真っ青にするおじさん。


 おやおや、大変だ。おじさん焦げ付きのぴーんち!はやく『アモーレ法律事務所』に電話しなきゃ。


 すると拓郎のおふくろさんが、「あんた、約束守れなかったんだから、あきらめて自分で払いなさいよね、その自転車代」と言って、なにやら通帳をひらひら見せる。


「ああ、それ、僕のはちしん(八王子信用金庫)の通帳ー」と必死に手を伸ばす拓郎。


 おいおい拓郎、はちしんはとっくの昔にたましんに吸収合併されたぞ。(ニッコシ)


「どれどれ、あんた、どんだけため込んでんのよ」遥はそう言うと、おばさんからその通帳をお借りする。


 あらやだ遥さん、お行儀悪いですよ。


「あー、ちょっと、ダメー」と拓郎。


「あらやだ、新車のタントが買えちゃうじゃない?」と目を真ん丸に遥。


 えっ、マジですか!?!?


「ほーどれどれ、おいおいおい、100万以上あるぞ、コイツ」と司。


「おい、拓郎、なんか変な事やっとんとちゃうか?」と優斗。


 一瞬ざわつく皆さん。


 おやおや、拓郎の裏バイト疑惑再燃ですか?こりゃ、八王子警察署にヤンマガの差し入れ待ったなしか!!


「ちがうの、ちがうのねー、ちゃんとお年玉を貯めたお金なのねー」と拓郎。


「んなわきゃあるかい!!」と優斗。


「おいおいおい、一体どんだけぶるじょわなのよ、あんたんち」と遥。


 という訳で、拓郎そっちのけで、みんなで通帳の入金履歴を調べて見ると……おやおや、真面目にコツコツと毎年十万前後のお金が十数年前から正月明けにきっちし振り込まれてやんの。


 意外とこういうところしっかりしてんだな……って、オイ、お前、今まで奢ってたファミチキ代ちょっと返してくれねーかな?


「ってか、この金で、そこの『Venge』の金、払えちゃうじゃねーかよ」と司。


「だめなのねー、それ今度タント買おうと思ってた大切なお金なのねー」と半泣きの拓郎。


 すると、「なんだ、拓郎、お前、車が欲しかったんか?」とおじいさん。


「そうなのね、車の免許やっと取れたから自分の車が欲しいのねー」と拓郎。


 何、贅沢言いやがって、学生の分際で!!親の車で我慢しろ!!


 ってか、そういう事か。こっち来てから遥と一緒にちょくちょく『カーセンサー』を見てたのは。司がちょっとイラついてたぞ。


「だったら丁度よかった。うちにあるあの軽トラ、オリンピックのお祝いにあげるから、十万円は無しじゃ」と満足そうなおじいちゃん。


「なんだ、よかったじゃん、車がただで手に入って」と俺。


 すると……「嫌なのねー、僕、あんなほこり被ったオンボロの軽トラ。欲しくないのねー。だいたいエアコンも付いてないし、今時ハンドルのくるくるで窓開けるなんてありえないのよー」と拒絶反応を示す八王子の鯱。拓郎のくせに贅沢言うなよ。


「いやー、処分代どうしようかと思ってたんじゃ。よかった、よかった」と胸を撫で下ろすおじいちゃん。


「そういや、おじいさん、あの軽トラ、そろそろ車検が切れるからちょうどよかったじゃありませんか」と意外と記憶力がしっかりしているおばあちゃん。


「じゃあ、拓郎、ついでに車検代はお前が出しとけ……な」と意外と抜け目のないおじいちゃん。


「これで納屋の中も広くなりますね」とほっこり顔のおばあちゃん。


「よかったなー、拓郎、自動車に自転車、両方手に入るだなんて幸せもんだぞ」と追い打ちをかけることを忘れない司。そういうところが余計な敵作る原因だぞ。


 そんな感じで、あっという間にみんながみんなwinwinの大団円。


 こんなに八方丸く収まる事なんてなかなか無いぞ。よかったな、拓郎。(ゲラゲラ)


 司のおじさんだけがそっと拓郎に寄り添い肩に手を置いていたのが印象的だった。


 そうですよね。ちゃんとフォロー入れておかないと、後で集金の取りこぼしあるかもしれませんからね。



 すると……「あのー、そろそろ食事の用意いいですかー」と弥生。


 おお、どこ行ってたと思ったら、台所でおばさんの手伝いしてたのか、お前。


「ああ、よろしくお願いします」と親父。「「しまーす」」と春樹と陽菜ちゃん。


「じゃあ、はい、コレ」と目の前にキンキンに冷えた缶ビールを置く弥生。


 そうそう、これこれ、『ツール・ド・おきなわ』が終わったら念願のおビール様とのご対面だ……って、アレ?


「あのー……弥生さん?」


「なーに、神児君」とニッコリの弥生。


「そのー……ビールは銀色の奴じゃないんですか?」


 というのも、前の世界からビールと言ったら『銀色の憎い奴』一択の俺。


 弥生が出して来た缶ビールを見ると、クリーム色に『OR〇ON』の文字が……まぁ、こっちじゃ有名ですけどね。コレ。


 すると……途端に険しい顔になる弥生。そして……「それはあんまり、沖縄のビール生産者の皆さんに対して失礼という物じゃないの神児君」と。


「えっ、えっ、えええ?」そうなの!?


「神児君が『スー〇ドライ』好きなのは知ってるけど、それとこれとは話が別でしょ」


「は……はぁ」(あっ、知ってるんだ。)


「そもそも、ここって沖縄だよ。沖縄に来て『オリ〇オンビール』飲まないって、それって、沖縄にケンカ売ってるのと一緒だよ?」


「い……いや、そんなつもりは全然なくて……」(そんなの初耳だぞ、おいっ!)


「そういうとこだよ、神児君。もっといろいろ相手の気持ちになって考えなきゃいけないんじゃないの」といつの間にか、人としてとても大切な部分をダメ出しされる俺。


 えーっと……えーっと……えーっとー。


「うん、分かった。『オ〇オンビール』美味しくいただきます」……って、これでいいのか!?弥生?


「はい、じゃあ、感謝の気持ちを持って美味しく飲んであげてね」


 弥生はニッコリ笑うと、キンキンに冷えたビールを俺の前に置く。


「あっ、ありがとうございます」大切に受け取る俺。


「どういたしまして」ペコリと頭を下げる弥生。


 すると……「弥生ちゃーん、こっちちょっと手伝って―」とキッチンからおばさま。


「あっ、はーい、今行きまーす」弥生はそう言うとパタパタ足音を立てキッチンに消えて行った。


「…………」


「ビールに感謝を持ってってどういうことや?」と目の前に置かれたビールをしげしげと見る優斗。


「馬鹿、もう何も言うな」と空気を敏感に察知した司。


 人にはそれぞれ決して触れてはいけない心のデリケートな部分があることを前の世界から重々承知している司。


 なんだか、今、ちょっと、いろいろな意味でピンチだった。


「ってか、どないしたんやろ、弥生ちゃん」と驚いた様子の優斗。


「そういや神児」といつの間にか上司面になっている司。


「なっ……なんですか?」(ドキドキ)


「お前、ここんところ、弥生の事かまってやっていたのか?」


「……い……いや(まったく)」


「はぁー」と深い深いため息を吐くと、「あいつは遥と違って不満があっても口に出すようなタイプじゃないんだからこっちから気を掛けてやんないと手遅れになっても知らんぞ」と声を潜めて司。


「はい、分かりました」


 そういや、こっち来てぜんぜん弥生にかまってやらなかったな。


「お前さー、俺と遥の事いろいろいじってくるけどさー、そもそもそんな余裕ぶっこいてる暇なんてねーだろ」


「……はい」


「まぁ、ともかく、明日一日、弥生に付き合ってやれよ」


「はい承知しました」


 ふと、部屋の中を見ると、昨日までは気が付かなかったが、そこかしこに、弥生が買ってきた『泡盛』やら『クースー』やらが山積みに……


 これって、全部お前が買ってきたのかな……?


 こっちはこっちで、ちょっといろいろ話し合わなくちゃいけないことがありそうだ。


 そんな感じで一旦気持ちを取り直していると……「じゃあ、みなさん、ツール・ド・おきなわお疲れさまでした。カンパーイ」と遥。(スマン、恩に着る。遥)


 とりあえず今日は頭ん中を空っぽにして、思う存分楽しもうじゃないか!!


 あっはっはっは……はぁー。


 俺はとりあえず、弥生が用意した『オリ〇ンビール』をキューっと煽る。


 すると途端に頭ん中がグルグルグル。


 そして目の前の景色もグルグルグル。


 あ……あれっ?


 尋常じゃない睡魔と疲労感が突如として襲って来た。


 そういや思い出した。


 今日は朝の3時起きだったけ……


 ツール・ド・おきなわを完走し疲れ切った体は、まるで乾いた砂のようにアルコールを吸収していく。


 あー、ちょっとこれはヤバいかも~。


 薄れゆく意識の中、とりあえず明日一日は弥生の言う事を何でも聞いてやろうと決意したのであった。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818093075236194969

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