第504話 私を沖縄に連れて行って その20
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818093075168195363
川上関門を通過して国道58号線に合流したその時だった。
遠く視界の先には赤いジャージを身に纏った誇り高きチャンピオンが……
「いたぞー!!」思わず声を上げるMKJのキャプテン、石巻さん。
オフィシャルバイクの掲示板ではこの時点で30秒のタイム差が……距離にして500mか。
ゴールである『21世紀の森体育館』まで、残りの距離が7kmを切ったところ。
果たして捕まえられるのか?
すぐさま新浜さんが先頭に立って牽き始めたMJKトレイン(+1)。
俺も司も積極的にローテーションに加わり、王者を追い詰めていく。
レースもいよいよ最終版、いよいよ残り5kmになった。
俺達は遂に名護の街に帰って来たのだ。
「司よ、あれが名護の灯だ」と思わず俺。
「んっ?なんか言ったか?」と司。
どうやらまだボケるくらいの余裕は残っているみたいだ。
そして国道58号線はゆるい登り坂に入る。
これが『ツール・ド・おきなわ』最後の勝負所、通称『イオン坂』だ。
「贅沢だな、神児」
「どうした司」
「だってそうだろ、こんな二車線のでっかい道路、俺達の為に使わせてもらってんだから」と。
見ると沖縄県内最大の幹線道路、国道58号線の片側を完全に封鎖して『ツール・ド・おきなわ』のコースにしている。
よくよく考えればこんなでっかい規模のレースに出場すること自体初めての事だった。
反対側の車線ではさっきから引っ切り無しにおまわりさんが交通整理をしてくれている。
そんなレースで優勝争いに加われている。そう考えると確かにとんでもなく贅沢だ。
いつもなら鼻歌交じりで登れるような『イオン坂』は、全力で200kmを走り切った俺達にとっては地獄のような登り坂になっている。
だが、ギアはアウターに掛けたまま。
もうゴールまで、決してシフトダウンは許されない。
なぜなら一瞬でも心が挫けてギアを落としたら、王者はたちまち手の届かぬ所へと行ってしまうからだ。
ここにいる誰もが片足を棺桶に突っ込みながらペダルを回し続けている。もちろん王者も例外では無い。
だが、『キング・オブ・ツール・ド・おきなわ』の背中にどうしても届かない。
ここに来て、中岡さんを追いかけるこちら側の足も売り切れてしまってきたのだ。
すると……「MKJの皆さん、どうもありがとうございました」と司。
覚悟の決まった顔でそう言うと、みんなが「えっ!?」と思う間もなく、スルスルと集団の前に出て渾身の力でみんなを牽き始めた。
俺達はその勢いのまま最後の難所『イオン坂』を越える。
「おい、北里君、ローテーション」
坂の途中から引きっぱなしだった司を気にして石巻さんが声を掛ける。先頭を替われと言っているのだ。
だが、司は首を横に振ると、更に深い前傾を取ってスピードを上げた。
ここに来て集団の誰もが気づいていた。
ゴール前スプリントのために脚を残していたら、決して王者には追いつけない。
誰かが犠牲にならなければ……
それを、誰よりも真っ先に司が実践したのだ。
司は最後の力を振り絞り俺達を引っ張る。
それは司の魂の叫びが聞こえて来るかのような壮絶なスプリントだった。
イオン坂の下りを終えて、平坦区間に入る。
王者の背中が着実に……そして確実に近づいて来たその時だった。
「すまん……」
司は一言そうつぶやくと、そのままずるずると下がっていった。
そして集団の最後尾に付くことなく静かに千切れて行ったのだ。
『ツール・ド・おきなわ2016 市民210kmロードレース』は残すところあと3kmとなった。
…………3時間40分前、
大宜味村のCP(チェックポイント)を過ぎた辺りから風向きが追い風から向かい風に変わって来た。
トップ選手達は体力の温存を図るため、集団の中程へと下がる。
俺達もそれに倣って中段に下がり一度目の『与那林道』に向け大勢を整えたその時だった。
中岡さんは周囲に気付かれぬままスルスルと再び集団の先頭に位置を進めると、国頭港(くにがみこう)の集落に入った瞬間、数名の選手と逃げを打ったのだ。
「しまった!!」と思った時には既に時遅し。
中岡さん達を追いかけようと集団の先頭に上がった時には遥か向こう。
しかも、ここから数キロは、海岸線から離れるために風の影響が受けにくいのをうっかり失念していたのだ。
「どうします?」と俺はMJKのキャプテンの石巻さんに意見を聞く。
「ここまで離されてしまったら、下手に追いかけるよりも『与那林道』までこのままでいましょう」と石巻さん。
「大丈夫よ、大丈夫ー、レースはまだまだ始まったばかりなのねー」と余裕しゃくしゃくの拓郎。
嫌な予感を抱えたまま、俺達は国道58号線を『与那林道』に向かって進んで行った。
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