第503話 私を沖縄に連れて行って その19
拓郎を切り捨て番越トンネルに入ると一瞬路面がフラットになる。
俺達はすかさずダンシングで加速するとあっという間にトンネルを抜けた。
一瞬、視界がホワイトアウト。眩しさで目がくらむ。
これは瞳孔が光量に追いついてないためか、それとも脳みその酸素がいよいよ足りなくなってきたのか。
そんなことを考える間もなく、すぐさま右折。
オフィシャルの人達が大声を上げ、旗を振ってコースを誘導してくれる。
そしてそこから最後の羽地の登り!!
ダンシングで一気に駆け抜ける。
全員がフラットアウト。
脳みそがふっ飛びそうだ。
王者は何処だ!!
と、その時……「パフパフパフー!!」と耳を劈くラッパホーンと拍手に歓声。
「行けー!」
「追いつけー!!」
「差しきれー!!!」
と、まるでそこだけは競輪場のゴール板前。
あたりを見ると路肩一杯に観客達が……そうだ、ここは『ツール・ド・おきなわ』屈指の観戦ポイントだった。
まるで我が事のように声を涸らして応援してくれる観客達。
これってお金賭けてないですよね?
そして路面には様々な応援メッセージが……
そしてその中に『兄ちゃんガンバレ!!』と春樹の文字も……
ここでは、アスファルトに様々な応援のメッセージが書かれてあるのだ。
昨日、春樹が『羽地ダムの最後の登りで苦しくなったら下を見て』と言ってたがこのことだったのか。
そしてその先に『神児君ガンバッテ!!』と弥生のメッセージも……
体の底から力が漲ってくる。
ふと隣を見ると、司も死に物狂いでペダルを漕いでいる。
弥生のメッセージの隣に、『あんたら負けたらただじゃすまないわよ』の遥のメッセージも……うん、これは見なかったことにしよう。
尻をひっ叩かれるのは旦那だけで十分だよな。なぁ、司。
そのままの勢いで羽地のてっぺんまで行くと、そこから一気にダウンヒルが始まった。
50km、60km、70km、天井知らずにどんどんとスピードが上がっていく。
だが誰一人として足を止めない。
全開の全開だ。
王者は何処だ!!
マタキテナ大橋を過ぎタクジトンネルに入る。
真っ暗な下りのトンネル。
スピードがどんどんと上がっていくがもうここまで来たら怖いなんて言ってらんない。
王者は何処だ!!
直後、目もくらむようなコークスクリューの下り。
一気に標高0mまでおっこちる勢いだ。
王者は何処だ!!
川上関門を過ぎると、遂に日本最長の長さを誇る国道58号線に入る。
名護の街に帰って来た。
王者は何処だ!!
…………4時間前、
備瀬(びぜ)を回ったところで風向きが変わると、沖縄の潮風が追い風となってどんどんと集団のスピードが上がっていく。
やはり、逃げた拓郎達とのタイム差はこれが理由だったのか。
真っ青な東シナ海を右手に眺めながら、俺達は東に向かって進んでいく。
俺達の右斜め前には優勝候補最右翼の『ミスターキング・オブ・ツール・ド・おきなわ』こと、中岡貴広選手がいる。
事前の作戦では中岡選手が前に出るのなら、それに合わせてあわせて俺達も集団から抜け出そうという話だったが、まさか拓郎達の逃げがこんなにも上手くハマるとは思わなんだ。
さっきから中岡選手は拓郎達を追おうかどうしようか迷っているみたいだ。
先程のオフィシャルバイクの知らせでは、既に6分のタイム差がついているとボードに書かれてあった。
さあ、どうする、キング・オブ・ツール・ド・おきなわ。
「八王子の鯱を追いかけるのか、追いかけないのか、どっちなんだい!?」
「うーん……追いかけるー!!パワー!!」
ってな感じで、遂に中岡さんを含む数名の選手達が腰をグッと上げてダンシングを開始した。
おっ、いよいよ追撃開始か!?
もちろん、それに合わせて我等MJK(明和大学自転車競技部)トレインも出発進行。
グングンとスピードを上げる追走集団。
そしてそのケツッペタについて中岡さん達を風除けに使う俺達。
うへへへへ、すみませんねー。でも、しょうがないですよね。だってうちの選手が逃げ打ってるんですから、わざわざ追走の為にボクら(MJK)が風除けになる必要なんてありませんし……
そんな感じで、追走集団が形成されるなか、俺達は一切前に出ること無く、ベスポジをキープしながら今帰仁CP、そして仲尾(なかお)CPと順調に通り過ぎる。
青い海に白い砂浜、そして心地よい潮風。11月の沖縄はサイクリングにもってこいだー。
いやー、有力選手達に引っ張ってもらうのがこんなにも快適だとは思わなんだ。
テクニックも一流だから安心感が半端ねー。その上、今回導入したカーボンホイールがまたいい塩梅に効いてて疲れ知らず。
たしか、ものの本によると、集団の最後尾に付くと、その集団の先頭で走っている人に比べて30%程度のエネルギーで済むという……あれ、本当だったんだな。
なんてのんきに思っていたら、いつまで経っても縮まらないタイム差に、いよいよしびれを切らせたのが、真喜屋(マキヤ)の運動公園を過ぎた辺りから、中岡さんを含む国内トップクラスの選手達が本気で踏み始めた。
速い、速い、速いー!!
追い風に乗ってスピードがさらにスピードアップ。
サイコンを見ると……おおおっ、60キロに迫る勢いだ。
こんなスピードでトレイン組んだことなんか今までほどんどない。
これが国内トップクラスのアマチュアライダーの実力か!!
中岡さん達は目にもとまらぬ速さで先頭をローテーションしながらグングンとスピードを上げていく。
一瞬でも気を抜いたら置いてかれちゃうよ。
こりゃ、あっさり捕まっちゃうんじゃないのか、拓郎。しっかり逃げろよ!!
上手くいけば、このままのポジションで与那林道の一回目まで……なんて皮算用を立てていたら……大宜味村の塩屋大橋に差し掛かるところで、あれれれれ、サポートカーがなんかハザードを付けてる……そして審判が旗を振っている。
なんじゃい、こりゃ!?
見ると、サポートカーの間に挟まれながら、拓郎をはじめとする数名の逃げ集団の選手達が困ったような顔をしてゆっくりと走っていた。
なっ、なっ、なっ、なんだ?どした?
怪我か!?それとも機材トラブルか!?
俺達、追走集団の中でざわっと一瞬嫌な空気が流れた。
……が、よく見ると、どうやらみんな元気そうだ。
別にアクシデントがあったってわけじゃないよな??
そもそも逃げ集団がみんなでゆっくり走ってるって一体どういう状況よ?
そんな感じで頭にハテナを浮かべながら、俺達、追走集団は、逃げを打っていた拓郎達を吸収する。
だが相変わらず前にはサポートカーが蓋をしてスピードを上げられない。
「何があったんだよ?」と俺。
すると、拓郎は困ったように「なんか、僕たち、先発のチャンピオンクラスの人達に追いついちゃったみたいなのねー」と。
「「「なんじゃい、そりゃ!!」」」と思わず声を上げるみんな。
どうやら、全くスピードの上がらないチャンピオンクラスの集団に、逃げに逃げまくっていた拓郎達が追いつきそうになってしまったのだ。
そうなると、「チャンピオンクラス」は国際ロードレースの冠を取っている都合上、セキュリティー面から市民クラスと混走することができず、こっちが割を食ったという……マジっすか?
そんなわけで、MJKにとっては願ったり叶ったり展開だったレースは、振出しに戻ってしまったのであった……トホホホホ。
おいっ、拓郎、お前最近、何かバチが当たるような事してねーか!?
こっちまで巻き込まれたら、堪(たま)ったもんじゃねーんだよ!!(プンプン)
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818093075089532692
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