第492話 私を沖縄に連れて行って その8

 与那林道に入った途端、先頭グループの中から数名の選手がアタックを仕掛けた。


 やはりと言うか、ここが例年の勝負所。二度目の与那林道入口で一気にふるいに掛けるつもりだ。


 やっと先頭集団に追いついたという安堵感を逆手にとって、ツール・ド・おきなわの優勝候補達はここで勝負を仕掛ける。


 先頭集団から抜け出した選手達は海岸線からのスピードもギアもそのままに、一気に与那林道を登り始めた。


「鳴瀬君、行くよっ!」


 そう言って俺を引っ張ってくれるのは明和自転車競技部、略してMJKのエースクライマー高畑さん。


 チーム一の小柄な体ながら、『ヒルクライムにおいて軽さは正義』を体現しているMJKの切り札。


 一度目のKOM(King Of Mountain)では体力温存のためかセカンドグループでじっと待機をしていたが、ここが自分の見せ場とばかりに満を持して飛び出して行った。


 小さな体をせわしなく振りながらグイグイと上り坂を登っていくその様は、まるでコマドリが翼を羽ばたかせているかのようだ。


「おいっ、神児、遅れんなよ」


 司もそう言うと、腰を上げて高畑さんをダンシングで追いかける。


「がってん承知の介よ」


 俺もそう言うと、腰を上げてダンシングを開始した。


 高畑さんのアタックは俺達を振り切るという訳ではなく、ギリギリで付いて来れる速度で引っ張り上げてくれる。


「ほら、鳴瀬君、頑張れ」


 そう言って俺の背中にぴったりと張り付いているのは副キャプテンの新浜さん。


「鳴瀬さん、行けるか?」


 そう言って俺の横に伴走するように付いているのはキャプテンの石巻さん。


 至れり尽くせりのおもてなしといった感じでMJKのサポートを受けながら俺達は二度目の与那林道を登っていく。


 ホントこれでトップ集団から脱落したなんてことになったら、ここにいる皆さんに顔向けができない。


 すると……「あ、後は頼んだのねー」そう言いながら俺達の後方にいた拓郎がどんどんとトップ集団から千切れてゆく。


 『でっかいことはいい事だ』を体現してる拓郎にとって、やはり登り坂はキツイと見える。


 まぁ、体のでっかいサイクリストはヒルクライムが苦手というのがこの世の常。自転車ってそういうもんだ。諦めろ拓郎。 


 まるで砂浜に打ち上げられた鯱のように拓郎はなすすべなくじりじりと後退していく。


 すまない、拓郎。お前の犠牲を決して無駄にしないよ。


 明和の鯱、二度目の与那林道にて散る。


 さっ、切り替えて行こう。


「ちょっと、あっさりすぎじゃないのー!?」という抗議の声が聞こえ無くもないが、だってしょうがねーじゃん。コイツいつもの事なんだから。

 

 まあ、一度目のスプリント賞はゲットしてるのでしっかりと爪痕ならぬ噛み痕は残せたんじゃないでしょうか?


 ちゃんとタイムアウトにならないように付いて来いよ。


 ちなみにDNFしたら今日の晩御飯、ご馳走は無しよ。



 最後に見た拓郎の姿はまるで俺達に願いを託すかのように、親指を立ててカーブの死角に消えていった


 まるでターミーネーター2のシュワちゃんみたいだね。


「Hasta la vista, baby(地獄で会おうぜ、ベイビー)」



 …………十日前、



「だから、何が何でも鳴瀬さん達を名護の街まで連れて帰ってくるのが、このツール・ド・おきなわでの俺の使命なんですよ!!」


 そう誰よりも熱く語るのは明和大学自転車競技部、通称MJKのキャプテン、石巻慎吾さん。いや、俺、年下だからさん付けしないで大丈夫っすよ。


「まぁまぁ、キャプテン、そんなに熱く語られても鳴瀬さん達、ちょっと困っちゃってるじゃないですか」


 そう言って石巻さんを宥めているのは明和自転車競技部の副キャプテン、新浜さん。常に冷静沈着なレース運びでMJKを勝利に導いているナイスガイだ。


「去年の天皇杯から鳴瀬さん達のファンだからなーキャプテン。オリンピック前のブラジル戦、部室で何回も見せられてんですよ、俺達」と司のおじさんの作ったゴーヤチャンプルを頬張る明和自転車競技部のエースクライマーの高畑さん。どうです、結構いい美味しいでしょ。中に入っているスパムがいい味出してるんだ。


 俺達は今何をしているかというと、おじさんが民泊で借り上げている家にやって来て明和自転車部の人達と夕食を共にしている。


 というのも先日からMJKの皆さんと合同練習をしてツール・ド・おきなわのコースを試走しているのだ。


 そして練習終わりにおじさんが借り上げた民泊でみんなで夕食を共にするというのが最近のルーティン。


 正直、那覇マリナーズの練習はそこそこ、司は「まだリハビリ中なので」と言葉を濁して、午後は大体MJKの皆さんとガッツリ練習をしている。ポポさんの寂しい顔がちょっと忘れられないっす。


 まぁ、明和に入学してから、時々MJKの練習に混ぜてもらっていたので、ここにいる皆さんとは顔見知りだったけれど、まさか、石巻さんがこういうキャラだとは思ってもみなかった。


「だから、鳴瀬さん、オリンピックのリベンジは、ここ沖縄の地で晴らしましょう。『熱帯の花となれ風となれ』ですよ!!」


 そう言って石巻さんは俺と肩を組んでくる。


 なぜスポーツドリンクでそこまで熱く語れるのだろう。もしかして石巻さん、そのポカリ、アルコール入ってませんか?


 俺の横にいる司も何か言いたげだ。


 すると、「みなさんお待たせー、おきなわ風焼きそばだよ」そう言って大皿に乗った焼そばをおじさんの料理の手伝いをしている弥生が持ってきてくれた。


 中華麵の代わりに沖縄そばを使いオイスターソースとウスターソースで味付けしたおじさんの得意料理。中に入っているスパムがいい味を出している。


 夫婦そろって料理上手とはいい家庭環境だな司。


「はい、これは拓郎君のね」


 そう言っておじさんは拓郎の分だけ大皿に取り分けた焼そばを持ってきた。


「おじさんありがとなのねー」


 そういって拓郎は大皿の焼きそばに食らいつく。


 最近では拓郎の分だけは別皿で作る方がみんなの精神衛生上よろしいということがなんとなく分かって来た。


 そんな感じでわいわいと賑やかな食事が続いていった。



 楽しい夕食も終わりMJKの皆さんも自分達の宿舎に帰っていった。


 俺達はおじさん達と一緒になって夕食の後片付けをする。


「司、これでテーブルの上拭いといて」そう言って遥が台所から布巾を持ってきた。



 当初の予定では俺達の顔を見たらさっさと帰るつもりだった弥生と遥も、おじさんが借り上げた民泊が思いのほか立派で自分達も余裕で泊まれることが分かると、なんとツール・ド・おきなわが終わるまで俺達と一緒に沖縄に残ると言い出したのだ。


 いや、まぁ、俺は別にいいけどさ、あんまり人の事言えないけれど、お前ら学校の単位とか大丈夫?


 その上、遥なんかは那覇マリナーズのポポさんと仲良くなっていつの間にか那覇マリナーズのレディースで一緒に練習したりもしている。


 アレ……スパイクもユニフォームも用意してたということはもしかして確信犯ですか遥さん?


 一方の弥生はというと、「せっかく沖縄に来たんだからちょっといろいろ調べておきたいことがあるの」と日中はよく一人でどっかに行っている。まあ、こいつの事だから、学校の単位とかは大丈夫だと思うけれど、お父さんお母さんにはちゃんと連絡してるんですよね。


 そしておじさんはというと、今年こそ悲願のツール・ド・おきなわ完走を目指し、なんとこのタイミングで会社にリフレッシュ休暇を申し出て一カ月のお休みを頂いていたらしいのです。


 あの……こういうこと言うのはちょっと心苦しいのですが、おじさん、先々月、オリンピックを観戦しに有給休暇ガッツリ使われてましたよね。大丈夫ですか?


 会社に戻ったら、その……自分の席はあります?


 そんな感じでツール・ド・おきなわに向け着々と準備が進んでいる俺達。


 すると……「そういや、前々から思ってたけど、お前ってああいうタイプの人間に好かれるよな、前の世界から」と、どうやら石巻キャプテンの事を指しているのか司。


「……確かに」


 俺の脳裏に川藤さんとか槇原さんとか明和大学応援団の団長の顔とかが次々と浮かんでいた。

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