第491話 私を沖縄に連れて行って その7

 与那の入江の手前にある大きなカーブを過ぎたその時、ついに先頭集団の後ろにくっついているオフィシャルバイクの影を見つけた。


「やっと見つけたのねー!!」


 拓郎はそう言うなり、腰を上げてダイナミックなダンシングを始める。


 やべっ、下手したら俺達の方がちぎられちまう。


 先頭集団を見つけた拓郎は、まるでニンジンを目の前にぶら下げられた馬ならぬ、ホホジロザメを見つけた鯱のようにオフィシャルバイクを追っかけ始めた。(ちなみに鯱の好物はサメの肝臓なんですって。ヤダねおっかない)


 大海原を我が物顔で泳ぐ海のギャングのように拓郎はグイグイとスピードを上げながら国道58号線を南下する。


 おい拓郎、追いついたからといって、バイクのテールランプに噛みついちゃダメだぞ。ブレーキランプが6回点滅したからと言って別に『イ・タ・ダ・キ・マ・ス』のサインじゃないんだからね!!


 向かい風も、そして波飛沫も何のその。『与那林道入口』手前500mでついに『八王子生まれ浅川育ち、食いしん坊はだいたい友達』の明和の鯱がトップ集団に食らいついたのだ。


 でかした拓郎。明日はホームランだ!!


 だが、やっとこさ先頭集団に追いつくも、今度は息を吐く暇もなく車体を傾け、『与那林道入口』のコーナーを舐めるように曲がっていく。やべー、おっかねー。


 50キロから出ているスピードで、20台を超えるロードバイクの集団が次々とコーナーをクリアしていくのはなかなかのド迫力だ。


 ほんの些細なハンドル操作のミス一つで集団落車が発生する。


 俺も前後左右を自転車に囲まれながら、チリチリと車体と体を触れさせながらなんとかコーナーをクリア。


 すぐさま、このツール・ド・おきなわ最大の山岳ステージが始まった。


 俺達は二度目のKOM(King of Mountain)を目指す。



 

 …………二週間前、


「ナイス、ツカサー、いいねー、いいねー」


「あっ、どうも」


「そう、シンジもいいねー、ナイスカットヨー!!」


「はい、あざーっす」


「タクローもナイストラップ、トッテモイイヨー」


「さんきゅーなのねー」


 俺達は今、那覇マリーンズの練習場で選手達と混ざって鳥カゴをしている。


 そしてそのすぐそばから、前SC東京監督もとい、現那覇マリーンズ総監督、ランス・ポポウィッチさんが俺達に熱視線を送っていた。



 お医者様から怪我の完治のお墨付きを頂いてから6週間、おかげさまでようやく普通にプレーできるようになった。


 もっとも、司からは相変わらず負荷のかかるシュートやスライディングなんかは禁止されているが……


「いやー、もう、ケガの影響はないんじゃないのか?」と恒田さん。


「いや、それでも、まだ、全力って訳じゃないんですよ」と俺。


「いやいや、もう、十分試合に出れるレベルだろ神児」と木本さん。


「まあ、念には念を入れて、リーグ戦後半は全休させるつもりです」と司。


「司は相変わらず慎重だねー。じゃあ、復帰はインカレから?」と汗をふきふき恒田さん。


「ええ多分そうなりますね」とポカリを飲みながら司。


 すると今度は、ベンチの上でくたばっている拓郎に「拓郎、相変わらず司からしごかれてるんだって?」と嬉しそうに木本さん。

「なんか、中盤もやらされるようになったのねー。僕、今までディフェンスしかやったこと無いから全然分かんないのよー」とシオシオの拓郎。


 俺達は練習が終わった後、那覇マリーンズのクラブハウスで雑談をしている。


 なんか昨シーズンまでの明和の部室を思い出す。


 そしてその様子をニコニコ見ているランス・ポポウィッチ総監督。


 この度はどうもわざわざ沖縄までお招きいただきありがとうございます。


 そもそも、今回の沖縄行きの費用、実は全部、那覇マリーンズの顎脚(あごあし)付きなんですよ。うふっ。


 今シーズンから那覇マリーンズの指揮を執るようになった、前SC東京監督のポポさんが、フロントに無理いって、どうしても俺と司と拓郎を練習に呼びたかったんだって。


 まぁ、SC東京にいた時から熱心なラブコールを頂いてたのは分かってたんですが、沖縄に来てもその思いは変わるどころか日増しに強くなられているのですね。


 そのように買って下さることはフットボーラーとして大変に光栄です。そして純粋に嬉しい。


 それにほら、ポポさんが昨シーズンSC東京を解任された理由の一つに、天皇杯でうちに負けたこともあったし……ちょっとは責任感じてるんですよ。はい。


 まあ、明和の先輩の木本さんと恒田さんもいらっしゃるので呼びやすかったってのもあるのかと思うのですけどね。


「いちいちそんな事気にすんなよ神児、まあ、上手くいけば、リオオリンピックの主力3人、獲得できるかもしれないんだからそのくらいは大した出費じゃないだろ。魚心あれば水心ありって奴だよ。それにお前のリハビリにもちょうどいいしな」とちょっと腹黒い顔して司は言っていた。


 そんな感じで、ポポウィッチ監督と俺達の思惑が重なり合ってウィンウィンな感じで、この沖縄キャンプ?旅行??合宿???が実現したのだ。


 しかもその上、那覇マリーンズのスポンサーにLCCの「シーサーエアライン」がいるので、そのお取り計らいで、俺達だけじゃなく、遥や弥生、そして司のおじさんまで沖縄までの往復チケットを頂いてしまったのだ。あざーっす。


 もっとも、遥なんかは「なんでわざわざ羽田じゃなくて茨城空港まで行かなくちゃいけないよの」とブツブツ文句を言ってたが、アンタ、チケット代只なんだからそのくらいガマンなさい。


 それよか、遥、弥生、お前ら学校の単位大丈夫か?


 同じ学生の俺が言うのもアレだけど、後期の授業もう始まってるんだよな。



 午前中の合同練習が終わると、午後オフだったので、弥生や遥達を連れて寮の近くにあるビーチに向かった。


「お待たせしました。お嬢様、テキーラサンライズになります」と司。


「ん、くるしゅうない」と遥。


 沖縄の真っ青な空の下、遥たちはトロピカルカクテルを嗜んでいる。


「いいの神児君、私達だけ楽しんじゃって」とブルーハワイを飲みながら弥生。


「はい、大丈夫ですよ。レースが終わったら俺も晴れてお酒、解禁ですから」とこの沖縄合宿中にやっと二十歳の誕生日を迎えた俺。


 ところで弥生、モノホンのブルーハワイってラム酒ベースのカクテルなんだってな。あとで司が見てないところでちょっと一口飲ませてみ。


 すると、「悪いわねー司」そう言いながらも既に2杯目のテキーラサンライズを飲む遥さん。夫婦ともどもテキーラ好きだとは、やっぱお前らお似合いだな。


 10月下旬になってもまだまだ余裕で海水浴を楽しめる沖縄。まるでこの世の楽園を体現しているかのようなこの環境に、「うーん、那覇マリナーズに入団するのもありかもー」なんて思い始めた今日この頃。


 隣のテーブルでは拓郎が浮かない顔してソーキそばを食べていた。


 アレッ?大盛でもなく、ソーキ(ブタのスペアリブの煮込み)もましましじゃない。どうしたお前?腹でも下したか。だからあれ程拾ったものを食べてはいけないと……(以下略


 すると、「どうした拓郎、やっぱ昨日の事が気になるのか?」と司。


「参ったのね。やっぱ司君には何でもお見通しなのね」と珍しくため息を吐く拓郎。


 なぁ、拓郎。お前にアンニョイな雰囲気なんて似合わねーぞ。よかったら俺のスパムおにぎり食うか?特別にマヨネーズましましにしといたぞ。


「お前はちょっと黙ってろ」と司。


 あっ、はい、どうもすみません。私の心の声また漏れてましたか?


 実は俺達、昨日、明和の自転車部の人達と、ツール・ド・おきなわのコースを試走したのだが、登りでことごとく拓郎がついて来れなかったのだ。


 スイフトでは無双してたとあって結構ショックを受けていた拓郎。


 まあ、平地だったらその恵体を生かしてのスプリントは他を完全に圧倒しているのだが、登りになるとその体の大きさが足枷になるのか、どうしてもタイムが伸びない。でも、まぁ、それってロードバイクあるあるですよね。しかも登りで司のおじさんにまで負けたことも結構ショックだったらしいのだ。


「まぁ、ヒルクライムは体が軽いもん勝ちみたいなところがあるしなー」と司。


「でも、もうちょい勝負できるとは思ってたのよ。それが司君のおじさんにまで負けちゃうなんて」そういいながら割り箸でソーキをちょんちょんと突っつく。


 おい、拓郎、ソーキそば食わねーのなら俺がもらってやろうか?


「だったら、スプリント賞狙いってのもいいじゃねーかよ」と珍しく落ち込んでいる拓郎を励ます司。


「ありがとうね、司君。でもね、僕ね、こうなったら全力で神児君や司君達の事引っ張ろうと思うのね。もちろん、明和の自転車部の人達もなのよ」と拓郎。


「拓郎……なんか悪いな」と俺。


「頼りにしてるぞ」と司。


「その代りね、優勝したら沖縄料理お腹いっぱい食べさせてなのね」と拓郎。


「もちろん」と俺。


「分かったよ」と司。


 ツール・ド・おきなわのオーダーが決まった。



 ところでポポウィッチさん。食事代って領収書回せば、クラブが払ってくれるんでしたっけ?

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