第490話 私を沖縄に連れて行って その6
拓郎を先頭に、明和自転車競技部の皆さんとトップグループに追いつかんと闘志を燃やし続けているサイクリスト達、おおよそ十人からの集団が俺達の後ろからやって来た。
もちろんみんなの目的はただ一つ。二度目の『与那林道入口』までにトップグループに追いつくことだ。
先程までの二人だけの追走劇とは訳が違う。
明和自転車競技部の猛者達を中心にして先頭を引っ張り始めると、集団のスピードがどんどんと上がり始める。
沖縄本島最北端の辺戸岬を過ぎる頃、道路脇に『残りあと100㎞』の看板が現れた。
ようやく折り返しか……そんな感傷をしている暇など無く、下り基調の道に入ると俺達は皆、ギアをアウターに入れて一気にペダルを回す。
ペース配分などもう知ったこっちゃ無かった。
俺達は新馬戦で掛かった若駒のようにグイグイとペダルを回し続ける。
しばらく走ると右手に見晴らしの良い海岸線が見えてきた。
トップはまだか!?
だが、トップ集団の影は未だ見えず。
その代りと言っちゃなんだが、海岸線に出ると同時に向かい風が襲って来た。
激しい風に煽られて、波が防波堤打ち付けられると、白い波飛沫が降り注いでくる。
一瞬心が折れかけるが、いや、違う。これは俺達にとって千載一遇のチャンスなのだ。
この向かい風の中、先頭集団がペースを上げているとは考えずらい。
ここで一気にトップとの距離を詰めるのだ。
するとそれを分かってか、八王子が誇る浅川育ちの鯱が先頭に出るとグイグイと集団を引っ張り始めた。
向かい風だけでなく波飛沫さえも凌いでくれる明和の鯱。
その大きな体で俺達を守ってくれる。
でっかいことはいい事だ!!
一瞬申し訳なさが先に立つが、すぐにそのお礼として今日の晩飯に一体何を要求されるのかと思うと背筋が寒くなってきた。
まあ、そういう事なら、さっさとビジネスライクに行こうと割り切ると、俺達は皆、拓郎を先頭に立たせたままその陰で体力温存を図る。
さぁ、頑張れ拓郎。
『与那林道入口』までに先頭集団に追いついてくれよな。
その代りに後で腹いっぱい沖縄料理を喰わせてやるからよ。
二度目の『与那林道入口』まであと8㎞。
さぁ、トップはどこだ!!
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16818023213720870204
……再び、三週間前、
おじさんはゴソゴソと段ボールを開けると、「ジャーン!!」と言って俺に真新しいバイクを差し出して来た。
「んっ?どうしたんですか、コレ?」
見ると、 SPECIALIZED(スペシャライズド)S-WORKS(エスワークス)TARMAC(ターマック)の最新モデルだ。
「これ、神児君のバイクだよ」
「はい?」
「だって、ツール・ド・おきなわ出るんでしょ?」
「はい?」
「サイズも小さくなってたし」
「はい?」
「これはおじさんからのプレゼント」
「いやいやいやいや、何言ってんですか、おじさん、こんな高価なものもらえませんよ」
俺はそう言って、おじさんが差し出して来たバイクを丁寧に押し返す。だって壊しちゃ大変だからね!!
「でも、部品、全部入れ替えちゃったし……」
「はい?」
自転車を見ると、確かにペダルやハンドルやサドル、そして何よりコンポーネントは俺のものだった。
「いやー、気を使ったよ。なんてったって新型のDi2の移植なんて初めてだったからね。結構骨が折れたぞ」
そういうおじさんの顔は何やら満足げだ。
実は、去年、大学合格祝いに父さんとじいちゃんから新型の電動のデュラエースを買ってもらったのだ。
もっとも、フレームはだけは、おじさんが乗らなくなっていたカーボンフレームをお借りしていたのだが……
「いや、でも、こんな高価なフレームもらえませんよ」
「えー、だって、ツール・ド・おきなわ出るんでしょ?このくらい戦闘力のあるバイクじゃないと厳しいよ」
「いやいやいやいや、だから何でツール・ド・おきなわなんですか、俺知りませんよ?」
「えっ、だって、司が神児君と一緒に出るからエントリーしておいてくれって……なぁ」
そういうと、おじさんは司の方を見る。
すると、相変わらず司は遥のご機嫌を取るために今度は紅茶を入れていた。……おいっ!!
「いや、だって、おやじ毎年ツール・ド・おきなわ出場しているからさ、まあ、こんなチャンスめったにないし」そう言いながら「なぁ、遥、お砂糖はいくつ入れる?」と。
「二つ」と遥さん。
「私は一つで」と弥生。
「いや、だからといって、そんなおいそれと出れるようなレースじゃないだろ!!」と俺。
「でも、神児君、高校生の時おじさんと一緒にロードバイクのレース出たよね」
「はぁ」
まあ、たまたまの休みの日に誘われて出たホビーレースだが……
「ツール・ド・おきなわの参加資格は、過去にロードレースに1回でも出たことがあれば出場できるんだよ」
「えっ……そうなんですか?」
「ああ、そんなわけで、毎年大体300人くらい出場するよ」
「はぁー……そんなにですか」
「まあ、それにな……」そう言いながら司は、まるで『相棒』の杉下右京のようにシャレオツに紅茶を注ぐと、コクリと自分で一口飲む。おいっ、どうせなら俺にも一杯くれよ。
そして司は、「これから三週間、みっちり明和自転車部の皆さんとツール・ド・おきなわのコース走り込めるからな」そう言って俺に紅茶の入ったティーカップを俺に渡した。
「あっ、どうも……はい?」俺は司から渡された紅茶を一口飲むと首を傾げた。あっ、いい香り♪
「だから、これから三週間、うちの大学の自転車部の人達と一緒に練習できるのねー」と拓郎。
「なるほど、大体この後の展開がなんとなく分かった。ところで何でこいつがいるんだ?」と俺は拓郎を指さした。
すると……「実は僕、この前、ツール・ド・おきなわのチャンピオンになったのねー」と胸を張って自慢する拓郎。
おいっ、どうした拓郎、また変なものでも拾って食ったか?
俺が心配そうに拓郎を見つめていると、横からおじさんが、「ほら、本物のレースじゃなくて、拓郎君、よくエアロバイクをスイフトに繋げてトレーニングしてるじゃないですか」
「スイフト……って、ああ、あの、自転車と繋げて仮想空間の中でレースするアレね」
「そうそう、それで、拓郎君、この前、ゲームの中でツール・ド・おきなわのチャンピオンになったんだよ」
「こいつが?でも、所詮ゲームでしょ」と俺。
「まあ、ゲームだけれど、全世界で参加者1万人の中からのチャンピオンだし、何よりも6時間ぶっ通しでエアロバイク漕ぎ続けられるのもなかなかすごいと思うよ」とおじさん。
「6時間ぶっ続けって……」開いた口が塞がらない俺。
「それに、優勝者にはツール・ド・おきなわに無料で招待されるのねー」と何やら懐からツール・ド・おきなわのチケットらしきものを見せびらかす拓郎。
ありゃま、すごいんですね、最近のゲームって。
まあ、こいつも高校生の時、おじさんの誘いで何度かロードレースに出てたもんなー。まあ、こいつの場合は、お目当てがロードレースというよりも、その後のおじさんのおごりの焼肉だったけれど……
そんな感じであれよあれよという間にツール・ド・おきなわに出場することとなったのだ。
あれっ、何か大切なことを忘れているような気が……
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