第456話 うなぎの志乃ざき その2
じいちゃんが歌う校歌が終わるのを待つように、おかみさんが料理を運んできてくれた。
それが、なんと、こちらの若女将(わかおかみ)、青い目をしたアメリカ人の女将さんで、綺麗な着物でサービスしてくれるのだ。わーお、エクセレント!!
そうこうしているうちに、俺達の目の前に、タンッ、タンッ、タンッと先付が置かれていく。
というわけで、今日はこちらの志乃ざきさんで、大人連中は『鰻づくしコース』を、春樹や陽菜ちゃんはうな重をメインにして料理をいろいろ見繕うことになりました。
すいません、いろいろわがまま言いまして。
そんなわけで、最初に俺達の目の前に置かれたのは、「えーっと、これは……」
「ウナギの煮凝りだな」とじいちゃん。
どうやら、鳴瀬家ではじいちゃんの代からこちらの志乃ざきさんにお世話になっております。
煮凝りを肴のあてにして、キューっと一杯、熱燗をあおるじいちゃん。
おいしそうですね、その組み合わせ、ちょっとみんなが見てないところでお猪口に一杯いただけませんか?
すると、俺の正面に座っている弥生も、ものすごくうらやましそうな目でその様子を眺めている。
おーい弥生?
「あのー、おじい様、その熱燗はどこのお酒ですか?」と。
おーい、弥生?
「えーっと、これは?」とじいちゃんは若女将に尋ねる。
「はい、こちらは広島のかも鶴になります。やわらかな口当たりが特徴ですね」と。
「へー、そうなんですかー」と興味津々の弥生。
おーい……弥生?
「たしか、神児の彼女さんでしたね。弥生さんでしたっけ」
「はい」
「よろしかったら、お近づきに一献いかがですか?」と新しいお猪口を弥生に差し出すじいちゃん。
おーい……弥生。
「えー、そんなー、いいんですか」と言いながらもさっさとお猪口を受け取る弥生。
おい、弥生!
俺の誕生日まで待ってくれんじゃなかったのかよ!?
「そういや、もう、二十歳になってるんだよね」
「はい、先月めでたく二十歳になりました」
「じゃあ、大丈夫だ」そういって、お猪口に並々注ぐじいちゃん。
最初は味見くらいの量でいいんじゃないのかな?ねぇ。
けれども、弥生はニッコリと会釈をすると、口元をすっと隠してキューっとあおる。うーん、どっからどう見ても飲みなれてるなー、お前……
「おやおや、神児の彼女さんはいける口か」と大喜びのじいちゃん。
「そんな、若い子にお酒進めて、ちょっとは周りの空気読みなさいよ、あなた」とばあちゃん。
「いいじゃねーかよ。せっかくのお祝いの席だ。本人が飲みたいって言うのを止めるのも野暮ってもんだぜ」と言い合っていると、弥生は絶妙のタイミングで、
「あ、おじいさま、ご返杯です」とじいちゃんのお猪口にこれまたなみなみとお酒をつぐ弥生。
「こりゃー、まいっちまったな」とじいちゃん。
こうなってしまうと、途中で口をはさむのも野暮っていうもんで……
えーっと、えーっと、俺の誕生日に一緒に乾杯してくれるってお話は……あっ、いや、なんでもないです。はい。
そんな感じで、しょっぱなから弥生とじいちゃんは意気投合して二人だけの世界に行ってしまった。
しばらくすると、「はい、お待たせしましたー」と春樹と陽菜ちゃんの前に卵焼きが……おやっ、これは。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669203578838
「はい、これは、う巻きって鰻のかば焼きを卵焼きで包んだものです」と。
ほほーう、こりゃまた、贅沢な卵焼きだ。
「鰻づくしのお客様は後ほどお出しいたしますので」そう言って、ペコリと会釈をして下がる若女将。
すると、「いやーん、これ、めっちゃおいしー」と陽菜ちゃんが、そして、「僕こんなおいしい卵焼き生まれて初めてー」と春樹が。
そうこうしているうちに「はい、こちらが肝焼きになります。お好みでこちらの山椒をお使いください」と俺達の目の前に次々と置かれていく。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669203641547
ほほーう、肝焼きかー、これ、お酒が進むんだよなー。
見ると、じいちゃんと弥生は既に二本目のお銚子を飲みだしている。
肝焼きを肴に美味しそうに飲んでんなー。
「お前はまだ、未成年だから飲むなよ」とおっかない顔した司。
はいはい、分かってますよ。オリンピック選考の大切なこの時期、たとえ身内の集まりだろうが、どこにメディアの目があるかわかったもんじゃありませんからね。それにSNSで拡散されてもエライ事ですから。
そんなわけで、俺達はウーロン茶を飲みながら、肝焼きをむしゃむしゃむしゃ。だが、この集まりの中、拓郎だけはただ一人、その傍らにでっかいお櫃(ひつ)を置かれ、すでに肝焼きをおかずに白米を掻っ込んでいる。なるほど、あったまいいなー。これだったら、大飯ぐらいの拓郎でも腹いっぱいになりそうだな。
初手からぬか漬けと味噌汁と肝焼きで白米を掻っ込んでいる。こっちはこっちで一人別世界に行ってしまった。
そして申し訳なさそうに頭を下げている拓郎の母ちゃんと父ちゃん。そういや、さっき、会が始まる前に申し訳なさそうにおふくろに紙袋渡してたけれど……気にしないでくださいね、こっちが勝手に約束しちゃったことですから。
すると、隣にいた春樹が俺の肝焼きを物珍しそうに見ている。
「味見してみるか?」と肝焼きを差し出すと、うん、うん、うん、と春樹。中一にして食に対しても好奇心いっぱいの春樹。将来が楽しみだ。
「山椒かけちゃったけど、大丈夫かな」そういって、肝焼きを春樹に渡すと、お箸で肝焼きを串から外してパクリと食べる……一瞬、ビクンと体を震わせる春樹。あっちゃー、ちょっと山椒効かせすぎちゃったかな……と思ったが、すぐにニマーと口元を緩めもぐもぐ肝焼きを食べている。おおー、結構いける口だねー君も。
すると、それを見ていた陽菜ちゃんも「うちも、うちも、一口食べさせてー」と優斗にねだる。
「もう、そういうの、やめなさい」とおふくろさんに言われるも、「いいやん、せっかくのお祝いの席やし」そう言うと優斗は自分の肝焼きを陽菜ちゃんにそのまま一本あげた。
その様子を見てふと思う。あれ……もしかしてお前、こういうの苦手?
優斗に渡された肝焼きを陽菜ちゃんはパクリと食べると、一瞬眉間に皺を寄せるが、すぐに二口目をパクリと食べる。
「おいしいでー、これ、にいちゃんも、食べー」そういって優斗に返す。
「こりゃ、もともと、にいちゃんのもんやでー」そう言って優斗も苦笑い。
「ああ、そっかー」と陽菜ちゃん。
そんな感じで、会はほんわかした空気をたゆませながら進む。
すると……「お待たせしました。う巻きになります」と美人の若女将。
ほほーう、これがう巻きか。
「これ、美味しいよ、兄ちゃん」と春樹。
「もう、ほっぺた落ちても知らんでー」と陽菜ちゃん。
どれどれ、パクリっ。
ほほーう、こりゃ、陽菜ちゃんに言われてなかったら頬っぺた落ちてたところだー。
いや、古今東西卵焼きにはいろいろなものが巻かれておりますが、これはもしかして、うなぎがベストじゃないですか?
出汁巻きのふわっとした食感に、ふわっふわのうなぎの蒲焼が巻かれている。
うまい、こいつは、うますぎる。
ふと、拓郎の方を見ると、ものすごい勢いでう巻きをおかずに白米をかっこんでる。
うん、その気持ち、よくわかる。俺も白米をかっこみたいけど、それをやったら、メインのうなぎの蒲焼までたどり着けそうにないから、グッと我慢の子。
俺もこの年になってようやく我慢を覚えることができたのだと自画自賛。
でも、弥生。う巻きにビールって反則過ぎませんか?
ビールから日本酒はよく聞くけど、熱燗からビールに変更って……おきて破りも甚だしい。ちょっと一杯およこしなさい!!
すると、ゾクッと背中に殺気が走った。
振り返るとおっかねー顔した司がこれでもかと俺の事を睨んでいた。
はい、わかりました。何でもありません。
そんなことを思っていたら、あっというまに俺のう巻きはすっからかん。
夢のような時間はあっという間に過ぎ去ってしまう物なのですね……
なんて思っていたら……「お待たせしました。うざくになります」と。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669203700150
「……うざく?」
「はい、キュウリとわかめの酢の物の上にウナギのかば焼きを乗っけたものです」と若女将。
ほほーう、こりゃまた、贅沢な。
こじゃれた小鉢の上に放射状に並べられたウナギのかば焼きが……早速一口食べてみると、なるほど、これは、合う。
酢の物の酸っぱさと蒲焼の濃厚な味わいがベストマッチ。こりゃー、熱燗もいいけど、冷酒も合いそうだなーなんて思っていたら、「「すいませーん、八海山の冷酒を一本」」とじいちゃんと弥生。
「えーっと、一本ですか?それとも二本?」
店員さんのその言葉に、じいちゃんと弥生はしばし顔を突き合わせて……「「じゃあ、二本で」」と二人してブイサイン。
おいおいおい、この短時間でまたずいぶんと打ち解けちゃったね、あんたら。
「ほんと、飲み過ぎに注意しなさいよね」と遥。
「どうなっても知らないわよ私」と莉子。
気が付くと、あちこちで、先日のトゥーロン国体大会やオリンピックの最終予選の話に花が咲いている。
「そういえば、翔太君、膝の具合は大丈夫なのかい?」と司の親父さん。
「はい、おかげさまで、医者からオッケーサインが出て、先日からトップチームに合流してます」と翔太。
ほーっ、良かった。ってことはアレだ。今月末に行われる南アフリカ戦には間に合ったってことでいいんだよな。
室田さんも先日からSC東京の試合に出始め、ここに来てU-23日本代表の主軸メンバーが次々と復帰を果たしている。こりゃ、俺達もうかうかしてらんない。
と、そんなことを思っていたら……「おまたせしましたー。ウナギの白焼きです」と。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669203742292
ほほーう、白焼きもコースに入ってるんですね。
恥ずかしながら、私、鳴瀬神児、うなぎの白焼きは前の世界も通じて初体験でございます。
えーっと、食べ方は、ああ、わさび醤油で食べるのですね。と、サッカーの話はとりあえずあっちの方において置こう。
では、早速、わさびを多めに乗っけて、お醤油をちょんちょんちょん、パクリ…………うーん、うなぎと言ったら蒲焼が一番かとおもってましたが、これは、これでアリ!!というか、今度からうなぎ食べる時はかば焼きと一緒に白焼きもたべたくなってしまった。
そして……無性に……白米が食べたい。
ふと、拓郎の方を見ると、今日何杯目分からない白米のお替りをしていた。
俺はそろそろと、拓郎の背後に付くと、お櫃を開けて黙ってご飯を拝借する。
すると、気配に気が付いた拓郎が振り返り、目を目が合った。うっ……気まずい。
「おう、拓郎……腹いっぱい食ってるか」そう言いながらも右手には拓郎のお櫃から拝借した白飯が茶碗一杯。
緊迫した空気が漂う。すると……拓郎は自分の目の前にある糠漬けを取ると、俺の茶碗の上に一つ二つと乗っけて来た。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669203776244
そして、「うん」と頷く。
俺も、「うん」と頷く。
八王子の鯱と心と心が通じ合った瞬間だった。同じ哺乳類同士心が通じ合わないことなど無かったのだな、拓郎。
俺はそんなことを思いながらいそいそと自分の席に戻り、白焼きをおかずに白米を食べる。
……うっめー!!そして糠漬けがたまらんっ!!
ポリポリ、ムシャムシャ、ガツガツ。
ポリポリ、ムシャムシャ、ガツガツ。
白焼き、控えめに言って、最高じゃねーかよ、おいっ!!
すると、右の方から何やら視線を感じると……はい、春樹君ですね。
「……あのー、よかったら、食べる?」と兄として当然の行い……うーん、でも、もうちょっと食べたいなー。
と、その時、今度は俺の左の肩をトントントンと。
はい?と振り返ると、おふくろがいた。そして……「これ、春樹に上げてちょうだい」と白焼きが……
「いいの?」と俺。
「ええ、これ食べちゃったら、うな重にたどり着けなさそうだから」とおふくろ。
……たしかに、食べ盛りの俺達が満足するような量なのだからおふくろや、ばあちゃんたちにはちょっと量が多いかな。
すごいね、志乃ざきの『鰻づくし』は。
すると、「神児、よかったら、これ喰え」と親父からも白焼きが……えーっ、親父も頑張って食えよー。と思ったら、「おれ、やっぱ、ちょっと柳川喰いたくなっちゃってさ、これ喰ったら、たどり着けなさそうだから」と。
ほほーう、柳川ですか。
「柳川って?」と春樹。
「柳川ってのは、ドジョウを卵とじにしているお鍋だよ。志乃ざきさんの柳川、おいしいんだ」と。
「ドジョウって食べれるの?」と至極まっとうな質問の春樹。そういや、春樹も俺も生まれてこの方ドジョウを食ったこと無いなー。
すると、親父はたった一言「うまいぞ!」と。
「えーっと、よかったら……俺達も……なぁ」
「すいませーん、さっき注文した柳川、あと、5つ追加でー」と親父。そして「拓郎君たちも食べるだろ」と「「「はい!」」」
宴はようやく佳境に差し掛かって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます