第455話 うなぎの志乃ざき その1
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トゥーロンから帰って来たある日の午後、俺は親父に土下座していた。
「何も言わずにお金を貸してくれーい!」
「どっ、どっ、どっ、どした、神児」
あまりの突然なでき事に、コーヒーを盛大に吹き出す親父。
すいません、大切な午後のひと時を邪魔してしまい。
だが、俺は追撃の手を緩めない。
「男の一生の頼みだ。何も言わずに、お金を貸してくれーい!!」と再び土下座。
どうした?どうした?とおふくろと春樹。鳴瀬家のリビングに家族が集結した。
「アンタもしかして変なビジネスに名前でも貸したの?」とおふくろ。
「今ならまだ間に合うぞ。お父さんが一緒に付いていってやるから、八王子警察署に行こう」と親父。
「大丈夫お兄ちゃん、刑務所に入ったって、お兄ちゃんは僕のたった一人のお兄ちゃんだよ」と春樹。
思いもかけず、自分に信用が無いのが分かり、神児びっくり。
こりゃ、黙ってたら、変な濡れ衣を着れされて警察署に連行されかねないと思い、実は、かくかくしかじか。俺は正直に拓郎にウナギを奢らなければならないことを親父に伝えた。
だってほら、考えて見たら、俺、仕事もバイトもやってないし、貯金残高見たら3万円もなかったのよね。お金の無いのは前の世界から変わらないけれど、ここまでお金が無かったことに神児またまたびっくり。
「…………なるほどねー」とため息をつきながら親父。
「また、よりにもよって、拓郎君にウナギを好きなだけって」と同じくため息をつきながらおふくろ。
「おにいちゃん、馬鹿なの?」と最近いっちょ前の口を利くようになった春樹。
返す言葉もございません。
「そうかー、うなぎかー。最近俺もとんとご無沙汰だったからなー」と親父。
「そうねー、うなぎねー、お正月に北里さんの家からご相伴に預かって以来ねー」とおふくろ。
「あの時は、お腹いっぱいでちゃんと味わえなかったんだよなー」と春樹。
すると……「よーっし、決めた」
そう言ってすっくと立ちあがった親父。おやおや、なんだか、久方ぶりに見る親父の凛々しい姿だ。
こりゃ、お金貸してくれるのかな。すいませんねー、返済は出世払いでいいですよね。あっ、領収書いります?
なんて思っていたら、「うなぎを食うぞー神児!」と親父。
いえいえ、うなぎを食べるのは拓郎ですよ。
「そうねー、久しぶりにうなっちゃうかしら」とおふくろ。
「やったー、うなっぎー、うなっぎー」とダンスを始める春樹。
話の展開についていけない俺。
「よっし、おまえ、お義父さんとお義母さんに連絡しろ」と親父。
「がってん承知の介よあなた」とおふくろ。
「ついでだ、拓郎くんちと稲森さんちと北里さんちにも連絡しなさい」と親父。
んっ?んっ?んっ?一体何が始まるのですか?
完璧に置いてけぼりの俺。
……次の日の夜、
「それでは、ここにいる5人のU-23日本代表でのこれまでの活躍と、そして来たる8月のリオデジャネイロオリンピック日本代表選出を願っての激励会をとりおこないたいと思います」
ワー、ドンドンパチパチ。
気が付くと、俺と司と拓郎と優斗とついでに翔太がなぜか上座に座り、親戚一同の皆様から激励の拍手を頂いていた。
えっ!?えっ!?えっ!?
すると、俺のじいちゃんがすっくと立ちあがり、「それでは、みなさま、ご斉唱お願いいたします。『おーおー明和ーその名ぞ、我等が母校ー♪」と明和の校歌を歌い始めた」
んっ?んっ?んっ?
昨日から今日に掛けて、あまりの展開の早さに頭がなかなかついて来れなかったのだが、ここで今一度頭の中を整理するために簡単な説明を行いたいと思います。
えーっとー、まず、俺が、拓郎にウナギをご馳走するならついでに自分達もウナギを食べたいと。まあ、そうですよね。奴一人ウナギを食べるのを見てるのもしゃくじゃあないですか。
そして、親父が、いつ返ってくるかわからない金を俺に貸すくらいなら、拓郎誘ってみんなでウナギを食べに行こうということになり、
だったら、おふくろが、いつもお世話になっている北里さんも誘いましょうという事になり、
うーん、一緒のチームにいるのに優斗だけ声を掛けないのもアレですよねー。というか、陽菜ちゃんにも声を掛けようと春樹が言いだし、
そこまで人を集めるのならいっそのこと、オリンピックの激励会的なことで会を開こう。あっ、お義父さん、お母さんにも声を掛けましょうということになり、今。
なんとなく伝わりました?
そんなわけで、俺達は今、うちの近所にあるうなぎ屋の『志乃ざき』さんにお邪魔しております。
こちらのお店は昭和12年に開業し、来年で創業70年を迎えることとなる八王子を代表とする老舗のうなぎ屋さんです。
俺達も小さいころから、何かお祝い事があるとお邪魔している鳴瀬家の大のお気に入りのお店になります。
そして、こちらのお店のお二階では貸し切りの宴会場の間がございまして、親父が昨日「直近で二階の間をお借りできるのはいつですか?」と聞いたら「今日空いてますよ」とお返事をいただき、鳴瀬家主催の激励会が行われることとなったのだ。
まあ、激励会なら、オリンピック代表の選出が決まってからでもいいんじゃねーの……なんて思ってたら、「バカっ、ここにいる5人のうち誰かが落選したら気まずいだろ」と司。
なるほどー、司ー、あったまいいー。流石は上司……って、やだ、また今私の頭の中読みました!?
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