第452話 トゥーロン国際 イングランド戦 後半 その3
久しぶりに見る司のガン決まりの目、こりゃ相当に頭に来てんな。まあ、それは俺もだけど。
「すまん、北里」と木田さん。
「いや、俺も引っ掛かったんだから、言いっこ無しですよ、木田さん」と司。
どうやら、ゴールに飛び込んだ時に顔でも打ったのか、唇の端から血がたらーっと垂れてきた。
「おい、司、ここ、ここ」
俺はそういうと自分の唇の横を指さす。
司は俺のジェスチャーを見て、自分の口元を手の甲で拭うと、そこでようやく、口の中を切っていることに気が付いた。
手の甲に付いた自分の血をペロリと舐めると、ニヤリと笑う司。背筋がゾーっとした。
こんな顔、絶対に遥になんか見せらんねーな。相当ヤバい顔してるぞ、お前。
すると、すぐさまベンチを振り返る司。
サイドラインのすぐそばまで来ている手師森監督と目が合う。
お互いにこっくりと頷き合うと、運動量の落ちてきた小島さんに代わり、ファン・ウェルメスケルン・才君が入る。
これで交代のカードは全て切った。
1点差で負けてるのにDFの選手?
が、司の一言で理由が分かった。
「拓郎とトップに上げて、残り10分、パワープレイに持ち込みます」と。
なるほど、どうせ俺達はここで終わりなのだから、1点差で負けようが2点差で負けようが変わらないのだが、司はあくまでオリンピック本戦のシミュレートにこだわるって訳か。
拓郎を上げて、その穴を才君に任せるって訳か。
だが、司の考えはそこで終わらなかった。
「木田さん、すいません。小島さんの所に入ってください」と。
「わかった」と木田さん。
そうか、そもそもMFとして適性がある木田さんを上げた方がバランスが取れるのか。
さらに、「それから上田さん、すみませんが上田さんも前線に上がってください」と。
「マジか!!」と上田さん。
ってことは……
「神児、悪りーが、才君と組んでCB頼んだ」と司。
「……わかった」
ここまで来たらしょうがない、お前と心中だ司。
時計を見る。後半30分を過ぎた。日本のキックオフで試合が再開する。
すると、その直後、司から伊藤さんへ、ギリギリのスルーパスが通る。
さすがにキックオフの前から、ゴール前にブロック敷くわけにはいかないからな。
そんな僅かな隙間を、伊藤さんはそのスピードで強引にこじ開ける。
イングランドの選手を一人抜き、二人抜く。そして右サイド深く侵入すると、そこからクロスを上げた。
そしてそこに飛び込むのは八王子の鯱。
だが、1点目と違い、しっかりとハーディングのマークがつくと、ドッカーンと超重量級同士の激突がイングランドゴール前で発生する。
まるでここだけ切り抜けば、プレミアシップのゴール前の攻防そのものだ。
骨の軋む音がここまで聞こえてくる。
勝てはしないが負けもしない拓郎とハーティングの勝負。
だが、こぼれ球を、今度は上田さんが押し込む。
ニ本目の矢がイングランドゴールを襲う。
だが、今度は、ピーコックフォードがパンチングでクリア。
未来のイングランドの英雄は、日本のゴールを簡単には許してくれない。
完璧に前掛かりになっている日本代表。
カウンターが一発入れば、あっさりその場でジ・エンドってな具合だ。
だが、気迫で勝る日本のイレブンは、イングランドにそのカウンターすら出させはしない。
グーリッシュもその気迫に押され、ブロックの中に押し込まれているのを見て、俺も決死の攻撃参加。
日本の陣地にはGKの小村さんと才君だけ。
下手すりゃ、ロングシュートの一発で終わるかもしれない。
まあ、でも、それも一興ってなもんだ。どうせ明後日には荷物をまとめて日本に帰るのだから。
失う物など何も無い俺達。だったらその前に、爪痕の一つでも残しといてやろうってのが、往生際の悪いフットボーラーの本能って奴なのだ。
すると、ゴール手前30mの場所でいい感じにこぼれ球がやって来た。うほっ、いいボール。
本来なら、拓郎と上田さんという日本の誇るツインタワーがいるのだから、ここは素直にロビングを入れるのが筋ってもんだが、それよりも先にフットボーラーとしての本能って奴が勝(まさ)ってしまった。
俺はそのままダイレクトで、イングランドゴールに向け左足を振り抜く。
スカッド発射!!
ガッチリ芯を食ったシュートは、手応えならぬ足応えあり!!
無回転で蹴られたボールは、絶妙にブレながら唸りを上げてイングランドゴールに向かっていく。
しかもいい塩梅にブラインドになっているのか、ピーコックフォードの反応が明らかに悪い。
おやっ、これってもしかして……と思う間もなく、ザッパーンとものの見事にイングランドゴールに突き刺さった。
うわっ、まじすか、これ……
なんだよ、やればできるじゃん俺、さすがは主人公。
あまりの想定外の出来事にゴールパフォーマンスすら忘れていた。
えーっと、えーっと、クリロナのジャンプしてシャー!!ってやつしちゃおうかしら。
俺は、完璧にタイミングを逃しつつも、日本のベンチ前まで行ってクラップさんと手師森監督にアピールすべく、クリロナのジャンプしてシャー!!をした。
「ジャンプしてシャー!!」
これでオリンピックメンバー確定かしら。うふっ♪
さあ、みんな、私を祝福したまえ!!
両手を広げてみんなからのお祝いを待っているのだが、どういう訳だか、お祝いに来てくれたのはDFラインから才君が来てくれたのみ。
んっ?んっ?んっ?どういうこと?
すると、イングランドのゴール前でなにやらピーコックフォードがすっごい剣幕で拓郎に言っている。
そして審判もなぜか、副審にお伺いを立てている。
おいおいおい、どういうこっちゃ?
俺は嫌な予感を感じつつも、いそいそとイングランドゴール前に事情を聞きに行く。
えーっと、ゴールにはちゃんと入ってんですよね……
すると、審判さんが「ピーッ」と笛を吹き、イングランドのゴールに向かって手を差し出した。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330667564400028
えっ?えっ?えっ?
得点決まったら、センターサークルを指さすんじゃないんですか!?
俺はすぐさまイングランドのゴール前に駆け寄って、そばにいた司に話を聞く。
「おい司、おい司、どういうこっちゃい」
すると司は忌々しそうに拓郎を指さしながら、「こいつ、オフサイドゾーンでキーパーの邪魔しやがった」と。
「はぁー!?!?」
俺の中のザコシ師匠が顔を出す。
拓郎もどうやら心当たりがあったらしく、俺から目を逸らしながら「ごめんなさいね、神児君。なんか、キーパーのブラインドになっちゃったみたいなの。だって、まさか直で蹴って来るだなんて思わなかったのよ」と。
「はぁー、何してくれちゃってんだよ、このすっとこどっこいが!!」
「ごめんね、神児君。でも、うなぎはちゃんと奢ってね」と拓郎。
「テメェー、ぶっ○○すぞー!!」
俺は拓郎に殴りかかりそうになるところを司に羽交い絞めにされる。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330669042593124
そして……「アホっ!拓郎がブラインドになって無かったら普通に止められてたわ。時間の無駄無駄、さっさとディフェンスに戻れ!」と。
ぐぬぬぬぬぬぬー。
「まあ、それに、約束は約束だからな。往生際悪いぞ神児」と追い打ちを掛ける。
キーッ!!お前は一体どっちの味方なんだよー!!
俺は頭から湯気を出しながら、のっしのしとDFラインに戻っていく。
時計を見ると後半の35分を指していた。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668998012070
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