第451話 トゥーロン国際 イングランド戦 後半 その2
みんなが殊勲の同点弾を決めた拓郎の周りに集まる。
「でかした拓郎」と上田さん。
「うなぎ喰ったの許す」と円藤さん。
「よく決めたで、拓郎」と優斗。
「さすが大飯ぐらいなだけはあるな」と小島さん。
「ナイス拓郎、よく決め切ったな」とオライウさん。
「オライウさんがDF引き付けてくれたから決まったのね」と拓郎。
そして……「ナイスヘッド、拓郎君」と同点ゴールの立役者の伊藤さん。
8割方伊藤さんのお陰なのに、偉そうな感じを微塵も見せず、どこまでも自然体。
くぅー、かっちょいい、流石はイナズマ純弥!
俺たちができないことを平然とやってのける。
そこにシビれる!あこがれるゥ!
では、俺も負けてらんねーと、
「でかした、拓郎、八王子帰ったら、好きなだけうなぎ喰わしてやる!!」と。
「えっ、ホント!!」と拓郎。
俺の発言を聞き、突然みんながしんとなる。
……って、あれ、もしかして俺、またやっちゃいましたか。
今一度、自分が言った言葉を自分自身に問いかけてみる。
拓郎に、うなぎを好きなだけ喰わせてやるだって……
クラっと眩暈と吐き気がした。
すると……「ちゃんと自分の言った言葉には責任もてよ」とポンと肩を叩く優しい上司。
えーっと、もしよかったらでいいんですけど、上司、少しくらいお会計持ってくれてもいいんだからね。
イングランドのキックオフで試合が再開される。
しかし、日本が誇る左右のウイングに腰が引けるU-23イングランド代表。
優斗の『幻の左』と伊藤さんの縦の突破。
今までみたいに迂闊に攻め上がれなくなるイングランド代表。
気が付くと、大幅に自軍の陣地を取り戻し、イングランド代表を押し込んでいた。
これこれ、こういう事をやりたかったのだよ。
おそらく、今までチェックシートに全く乗って無かったであろう、伊藤さんのワールドクラスの縦の突破に、完璧にパニックに陥るイングランド代表。
余計な工夫や仕掛けは必要ない。一人で行かせればいいんだよ、一人で。後は伊藤さんが全部どうにかしてくれる。
走ってよし、守ってよし、それでいてスタミナもあり怪我にも強い。
雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにもまけぬ丈夫な体を持ち、
慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル。
そういうフットボーラーに私もなりたい!!
一国に一人、いや、1チームに1人は欲しいフットボーラー。それがイナズマ純弥だ!!
きっと、俺が来る前の世界でも、伊藤さんの事だから、プレミアあたりのビッククラブで活躍してるんだろうなー。と、そんな思いを馳せる俺。
だが、相手はフットボールの母国のDNAを受け継ぐイングランド代表。そう簡単に一筋縄ではいかせてくれない。
自分達が不利な時間帯になると分かると、さっさと自軍に引きこもり、ゴール前に5-4のブロックを敷く。
そうなると、これまた、たちが悪い。
でっかい体と、寄せの速さで、攻めども、攻めども、途端に点の取れる気配が無くなってしまった。
その上、チーム一のサッカーIQの高さを誇るグーリッシュがフリーマンとなって、日本のDFラインに顔を出したり、場合によってはイングランドのDFラインに入り守備をサポートしたりと常にボールに絡んでくる。
そうなると、こっちも、こっちで、攻撃にブレーキが掛かる。
なぜなら、ひとたびグーリッシュにフリーでボールが入ろうものなら、グーリッシュたった一人で、点を取り切ってしまうことを俺達は知っているからだ。
まんじりともせず、時間だけがただ過ぎていく。
時計を見ると、後半20分を経過しようとしていた。
本来なら、こういう引いた相手に対してこそ、我らがエースの翔太の得意とするところなのだが、残念なことに、俺達のエースは今頃八王子の自宅のテレビの前。
おい、まさか寝てるってことは無いよな。(日本は夜中の2時過ぎですけど)
ならばという事で、優斗が果敢にもイングランドのブロックの中に飛び込み、母指球トラップとスティンガーでこの状況を打開しようと試みるも、やはり決定機までには及ばない。
こういう時、南君がトップ下にいると便利なんだけどなー。まあ、しゃーない。
俺はそんなことを思いながらベンチにいる南君をチラッと見ると、仲良くクラップさんと肩を並べて俺達に声援を送ってくれていた。
んー……南君は分かるとして、クラップさん、立場的に日本に声援送るスタンスでいいんでしたっけ?
すると、ここで、手師森監督がオライウさんに代わって釜田さんを投入。
ほほーう、将来の森ジャパンの面々が次々と集結してくるな。
すると、オライウさんの替わりに入った釜田さんはトップではなくちょっと下がった位置に立つ。いわゆる偽の9番的なトップ下のポジションだ。
前線のリンクマンとして釜田さんのプレーに期待しての事だろう。
釜田さんを中心とした小気味よいパス交換からイングランドゴールに迫るU-23日本代表。
だが、常日頃からプレミアリーグの選手を相手にしのぎを削っているイングランドのディフェンス陣。
攻めども、攻めども、窮地に陥れるには至らず。
こういう場合は、日本の3バックのうち誰かが上がってきて、数的有利を作ることも一つの手だが、いかんせん、今のDFラインの選手達に、まだそこまでの要求をするのは、練度が圧倒的に足りていない。
中途半端な戦術で対応しようものならあっという間に、ひっくり返されてしまう危険性の方がはるかに大きいのだ。
すると、流石に攻め疲れてきた日本代表。
円藤さんの横パスをグーリッシュにかっ攫われると、そこから一気にカウンターが発動した。
「ディレーイ(遅らせろ)!!」
司の指示がピッチ全体に行き渡るが、この瞬間を待ち構えていたであろうイングランドの選手達が、日本のゴール目掛けて、次から次へと湧いて出て来る。
いったい何人攻撃参加に出て来てるんだ。
ついにマークに付けきれなくなり、ボールは重戦車ロスタフの足元に入る。
「ファールしてでも止めろー!」と司。
プリウスのFKもおっかねーが、もう、そんな悠長なことは言ってられない。
俺はイエロー覚悟でロスタフの軸足ごと刈り取るつもりでスライティング。
派手にすっ転ぶロスタフ。
だが、主審の笛はならず、アドバンテージのポーズ。
運が悪いことに、こぼれ球がグーリッシュの足元にすっぽり収まると、そのまま一気に日本のペナルティーエリア左45度目掛けて加速した。
「来るぞー!!」と俺。
あんにゃろーの事だ、さっきは仕留めきれなかったデルピエーロゾーンからのシュートを今度こそ決め切るつもりだ。
俺はすぐさま立ち上がり、グーリッシュの後を追いかける。
一発目は間に合わなくとも、誰かが弾いてさえくれれば、絶対にクリアして見せる。
グーリッシュがペナルティーエリアに侵入する。
日本のゴール前には木田さんと小村さん。
木田さんも先程のグーリッシュのシュートが脳裏にあるのか、中のコースを消しながらグーリッシュに体を寄せる。
縦に来られたらもう知らん!!その潔さが木田さんのプレーに覚悟を与える。
だが、1億ユーロの男はその上をさらに超えてゆく。
グーリッシュは完璧ともいえるシュートタイミングから、このピッチ上の全ての人間を欺くようなシュートフェイントを一つ、これで木田さんを一瞬で剥がす。
すると、さらにそこからもう一回、今度は小村さんのタイミングを外すと、さらに山を張ってファー側のコースを消しに来た司をあざ笑うかのように、日本のゴール左隅にボールを蹴り込んだ。
小村さんは一歩も動けず。
トゥーロン国際選手権 2016 グループB 第4節
日本対イングランドは後半28分、ジェームス グーリッシュのゴールにより、1-2となる。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668953793247
ゴールに飛び込んだ司の、グーリッシュの心臓を射貫くような鋭い視線が、俺の脳裏に焼き付く。
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