第450話 トゥーロン国際 イングランド戦 後半 その1

 ピッチに上がって来たイングランド代表の顔ぶれを見るとどうやらメンバーはそのまま。


 相変わらずグーリッシュは余裕をかましているのか、ニコニコの笑顔。


 そして我がU-23日本代表はと言うと、後半、南君に代わり伊藤君が右のウイングに入る。そして南君はベンチに下がりクラップさんの横。


 これにはクラップさんもにっこし。やっぱしタキが好きなんだな。うん。


 ってか、一体何を考えているんだ司。まあ、ある程度の事は聞いてるんだけどね。


 すると、グーリッシュがとことこと俺のところにやって来て、「ハーイ、神児、ちょっとお願いがあるんだけどさ」と。


「はぁ!?」


「あのさ、今日の試合、俺達が勝ったら、あの子の連絡先教えてくんないかな?」と日本のベンチの横に座っている弥生を指さしてニコニコのグーリッシュ。


「…………(ビキビキビキビキ)」


 俺はその瞬間、控室での手師森監督とのやり取りを思い出す。


「神児、とにかく、グーリッシュに自由にプレーをさせるな」と手師森監督。


「はい、監督。分かりました」と俺。そして……「ところで自由にプレーさせないってのは、この試合だけの事ですか?それともこの先、一生ですか?」とにっこり。


「………………」


 これにはさすがに手師森監督もドン引き。


 今言った自分の発言を心底後悔しているみたい。


 そして聞こえなかった振りをするU-23日本代表のみんな。


 ちょっと、ちょっと、ちょっとー、やだなー、小粋なフットボールジョークじゃないですか。

 

 ……どうやら、冗談ではすまなさそうだな、グーリッシュ。


 日本のキックオフで後半戦がスタート。


 司がオライウさんからボールを受け取ると、ウイングバックのクセして、ピッチの中央に向かって、まるでグーリッシュのお株を奪うようなヌルヌルドリブルで侵入していく。


 ところで司、そのヌルヌルドリブルってどうやってやるの?体にローションでも塗っているのか?


 調子に乗った司は小島さんとのワンツーでイングランドのアタッキングサードに侵入すると、そこから優斗にキラーパスを通した。(アタッキングサードとは、サッカーのピッチを横に3つに分割した時に、相手ゴールに最も近い3分の1のピッチのことですよ)


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668897794990

(鳴瀬先生のサッカー講座)


 すると、優斗は司の鬼スルー(パス)を母指球トラップでビタ止め!


 そのあまりの鮮やかさに一瞬バランスを崩すイングランドディフェンス陣。


 そこから優斗は初見殺しのエラシコをイングランドのペナルティーエリア左45度で発動させる。


 行っけー!優斗!!


 ついでにそのまま決めちまえー!!


 優斗は一気に縦に抜け、そしてそこから『幻の左ー』!!


 優斗渾身の左足インステップから繰り出されたシュートは、僅かにイングランドゴールのニア上を外れていく。


「あああああー!!」と敵味方の誰からもため息が出る。


 その場で頭を抱えピッチに突っ伏す優斗。


 なるほど、だから『幻の左』は幻(まぼろし)なんだね。ってか、その名前、縁起悪りーから、そろそろ変えねーか?


 後半開始直後、千載一遇のチャンスをものにできなかった日本代表だが、イングランドディフェンス陣をビビらせるには十分だった。


 そして、そこから北里司の鬼のような反撃が始まる。


 一旦、後ろに重心が乗っかってしまったイングランド代表相手に、八面六臂の活躍をする司。


 次々と優斗やオナイウさんに、中田ヒデ顔負けのスルーパスを通しまくるが、イングランドゴールには、あと一歩及ばない。


 だが、イングランドの選手が明らかに司のいる日本の左サイドに集まり始める。


 そして司は、その時を手ぐすね引いて待ち構えていた。


 すると司は、次のプレーで、右サイドに大きく張り出した伊藤さんに矢のようなサイドチェンジを放つ。


 おいおいおい、そんなえっぐいパスいきなり出すなよ。


 だが、ハマのイナズマ……もとい、甲斐の国の稲妻は司のロングフィードをドスンッ!と確実に胸でトラップをすると、その直後、日本の右サイドに稲妻が走った。


 速い、速い、ハヤーイ!!


 圧倒的なスピードで日本の右サイドを一気に駆け上がる伊藤選手。


 司が左サイドにイングランドの選手を引き付けていたお陰で、無人の荒野と化したピッチの上をまるでリニアモーターカーのように駆け抜ける。そういや、山梨にリニアモーターカーの見学センターってありましたよね。


 俺はそんな伊藤さんの突破をただ指をくわえて眺めている。


 ハーフタイム終了直前に司から言われた唯一の事。それは、「絶対に伊藤さんの邪魔はするなよ」だった。


 はい、分かりました上司。余計な上がりやデコイなプレーは控えさせていただきます。


 単騎突入こそが伊藤純弥の真骨頂。


 俺はそんな上司の言いつけを忠実に守り、DFラインでじっと待機。ワンッ!


 予想外の展開に慌てふためくイングランド代表。


 将来の一億ユーロの男、グーリッシュも目を回してゴール前に駆け戻っていく。へっ、ザマー。


 すると、ドフリーでイングランドのペナルティーエリア横まで駆け上がった伊藤さん。


 準備万端、中をしっかり見てから、ゴール前にクロスを上げた。


 イングランドDF陣を引き連れ、ニアに飛び込むオライウさん。


 おっしゃー、決めろー!!


 しかし、伊藤さんのクロスは、オライウさんの遥か上。


 あっちゃー、やっちまったかーと、その様子を見て思わず頭を抱え込む俺。


 だが、その時、不穏な影が一匹、息を潜めるようにイングランドのファーサイドに忍び寄っていた。


 直後、ザッパーンと八王子の鯱がイングランドゴール前でスプラッシュジャンプ。


 へっ、拓郎、お前、いつの間に上がってたの、全然気づかんかった。


 完璧なフォームと完璧なタイミングで、伊藤さんのクロスをドンピシャで合わせる拓郎。


 おそらく、拓郎と同じ190センチ台であろう、ガーナーズのCB、ロブ ハーディングの完璧に頭一つ上。


 直後、ドッカーン!!と爆弾のような森下拓郎のヘディングシュートがイングランドゴールに直撃した。


 GKのピーコックフォードもなすすべ無し。


 トゥーロン国際選手権 2016 グループB 第4節 日本対イングランドは後半8分、森下拓郎のゴールにより1-1となる。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668897826389

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