第449話 トゥーロン国際 イングランド戦 ハーフタイム その7

 控室に戻るなり、すぐにトレーナーの高橋さんが司に駆け寄り、両鼻に綿球を突っ込んだ。


「あだ……あだだだだだだ」とジタバタする司。


 うん、それだけ元気があるのなら大丈夫そうだ。


 と、念のため一応声だけは掛ける。「おい、大丈夫か司?」


「これが大丈夫そうに見えるのか?」と恨めしそうな面して司。


「ああ、全然大丈夫そうだな」と俺。


 司はギロリと俺と睨む。おー怖っ!


「それにしても、ずいぶんと思い切ったことしたなー司君」と優斗。


「ホント、これでポストに頭ぶつけたりして大怪我したら元も子もないのね」と拓郎。


「ふん、大丈夫だよ。この程度。ってか、あんにゃろー、最後のドリブル、ゴールの右隅一点だけ見てたんで山を張ったらドンピシャだぜ。ふんっ、ザマー見ろってんだ」といつになく饒舌な司。


 やはり最後の1プレーで頭どっかをぶつけたかもしれない。


「まあ、こいつがしっかりとコース消してくれたから山張れたってのもあるんだけどな」


 おやおや、珍しい。上司様からの直々のお褒めの言葉だ。


「おう、褒めてくれてありがとな」一応礼を言っておかねば後で何を言われるか分かったもんじゃない。


「ふんっ、別に褒めてねーよ。そもそもお前がしっかり止ときゃ、わざわざ飛び込まなくても済んだんだよ」としっかり嫌味を言うのも忘れない上司。ガッテム!


 人が下手に出てりゃあつけ上がりやがって。鼻血だけじゃなく頭も切ればよかったのに……


 すると司は、言いたいことを一通り言いきってどうやら、すっきりしたのか、せいせいした顔になる。


 うん、ストレスを溜めとくのは精神衛生上よくないもんね。クソがっ!


「けど、監督が失点した後、残り10分、とにかく全力で凌げって言ってくれたおかげで、あれ以上失点を重ねずに済みました」とキャプテンの遠藤さん。


「へっ、僕そんなこと言ってないよ」と目を点にして手師森監督。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 シーンと水を打ったかのような控室。


 チームみんなの視線が司に集まっていく。


 が、司は蛙の面に小便と言った感じで、「ところで、監督、後半はどうしますか?」と話をさっさと先に進める。


 おまえ、ほんとスゲーなそのメンタル。心の底から尊敬するよ。いや嫌味じゃなくてさ。


 そうだ、時計を見ると、残り時間10分を切っている。過ぎたことに時間を割いている暇はない。


 すると……「俺、後半変わった方がいいか?」と申し訳なさそうに木田さん。


「いや、何言ってんですか、せっかくラインコントロールが揃ってきたって言うのに、ここで居なくなられたら、また一から組み立て直しですよ。そんなことしたら後半何点取られるか分かったもんじゃありません」と司。


「えっ、あっ、そうなの?」と木田さん。


「そうですよ、木田さん。木田さんいなくなったら誰がCBやるんですか」と上田さんも。


「いや、4バックにしてフォーメーション変えるとか」


「ムリムリムリムリ、イングランドのあの攻撃、4人で止めるなんて絶対できないのねー」と拓郎。


「そうですよ、木田さん、あなたがいなくなったら、日本のDFライン崩壊しますよ、分かってるんですか?」と別の方向からとんでもないプレッシャーをかける司。


 ここに至りついに逃げ場を失っていることに気が付いた木田さん。絶対に逃しはしないという司の蛇のような執念がこっちまで伝わってくる。ご愁傷様です。

 

 行くも地獄、帰るも地獄なら、イケイケどんどんで地獄の底まで突き抜けましょう。もしかしたら行きつく地獄の底のその先には楽園があるのかもしれませんよ。まぁ、知らんけど。


「んで、結局どうすんだよ司」と俺。


 と、そこで、「あのーちょっといいですか」と手師森監督に司。


 ごにょごにょごにょ…………



 日本対イングランドの後半戦が始まる。

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