第448話 トゥーロン国際 イングランド戦 前半 その6
ボールがタッチラインを割った。時計を見る。前半38分、イングランドの攻撃が全く途切れない。アディショナルタイムも入れて前半残り3分弱ってところだな。
スローイングでボールをピッチに入れられると、イングランドの両サイドバックまで、日本のアタッキングサードに侵入してきた。
もう好き放題、やりたい放題って感じだ。
どうやら、フットボールの母国の威信をかけ、前半のうちに是が非でも、もう一点をもぎ取りたいって感じだな。
あんまり欲を掻きすぎると人生思わぬところで落とし穴に落ちることになるぞ。
だが、イングランドの連中はそう言った謙虚な姿勢は全くと言っていいほど持ち合わせては無いらしい。
流石は狩猟民族。俺達農耕民族ははるか昔にどこかに置き忘れてしまった闘争本能って奴をしっかりと持ち合わせている。こりゃ、困ったね。
すると、満を持してと言った感じで、グーリッシュ自らボールを持って俺のいる左サイドに突っかけてきた。そしてすぐ傍らには重戦車が。
どうするんだ、ドリブルで来るのか?それともワンツーで叩(はた)いて中に切れ込むのか?
すると、小刻みなステップで縦の突破と見せかけて、ロスタフとのワンツーで中に切れ込んで来た。
対峙するのは木田さん。
すると、先程のミドルシュートが脳裏に焼き付いていたのか、今度は一瞬の迷いもなくグーリッシュに向かって突っかけて行く木田さん。
「いや、今度は違う!!」
グーリッシュは木田さんが突っかけて来るのは織り込み済みだったのか、得意のヌルヌルターンで一瞬で体(たい)を入れ替える。
焦った木田さんは、慌ててグーリッシュのユニフォームを掴みに行く。
「木田さん、ダメだ!」
そんなところで、ファールをあげちまったら、イングランドの思うがままだ。ベッカムの記録を継ぐ男の餌食になってしまう。
俺の声でとっさに腕を引っ込める木田さん。
そうだ、まだ間に合う。
俺は全力でグーリッシュを捕まえに行く。
だが、グーリッシュの野郎はヌルヌルと小刻みなステップを繰り返し、日本のペナルティーエリアに侵入していく。
おいっ、ちょっと待てよ、この野郎!
グーリッシュの目指す先は、日本のペナルティーエリア左45度、通称デルビエーロゾーンと言われる場所。
おいっ、ふざけんなよ、この野郎!
そこまでやられたら、こっちの立つ瀬がねーんだよ!!
ヌルヌルと独特のタイミングでグーリッシュはデルピエールゾーンまでやってくると、俺のスライディングをタッチの差でかいくぐり、右足のインフロントに引っ掛けてシュートを放つ。
ジェームス グーリッシュの右足から放たれたボールは美しい弧を描きながら、日本のゴール右隅に吸い込まれていく。
まるで司のコピーを見ているかのようだった。
ボールは無情にも、必死に飛びつく小村さんの指先を掠め、イングランドに念願の二点目が入ったかと思ったその瞬間、「うらぁぁ!!」と声を上げながら司がゴール右隅の一点目掛けて突っ込んで行った。
グーリッシュのシュートが司もろともゴールに吸い込まれたかと思ったその時、ボールが微かにポストに触れて僅かに軌道が逸れると、飛び込んだ司の顔面にクリーンヒット。
ドカッと鈍い音が聞こえてくる。
北里司の執念の顔面ブロックでグーリッシュのシュートを防ぐと、勢いそのまま、司はゴールポストに体をしたたかに打ち付けた。
こぼれ球を拾った円藤さんがタッチを割るように大きく蹴り出す。
審判が時計を止め司の様子を確認する。
司の周りには心配そうに日本とイングランドの選手が集まっていく。
ざわざわとした不穏な雰囲気。
俺は一瞬、最悪の事態が頭をよぎる。
すると、司はフラフラと立ち上がり、審判に一旦試合を止めるようにお願いする。
俺はそれを見てホッと一安心。
どうやら、大事には至ってないみたいだ。
日本人ならすぐに気付く司の大根な演技だが、どうやら外国人の審判にはまだまだ通用するみたいだ。
その上、シュートをブロック際に鼻でも打ったのか、ポタポタと両の鼻から流れ出る鼻血がまたいい感じを醸し出している。
その後も、ピッチに出るのか、それとも試合を続けるのか、ダラダラグダグダしているうちに3分が経過。
時計を見ると、前半の45分が過ぎていた。
審判はそこで、なし崩しのように笛を吹く。
トゥーロン国際選手権 2016 グループB 第4節 日本対イングランドのスコアは、前半が終わり、0-1でイングランドのリードとなる。
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