第447話 トゥーロン国際 イングランド戦 前半 その5
試合前のミーティングでこれだけは避けなければならないと言われていた、オープンな殴り合いに持ち込まれ点を取られてしまった。
しかも、その原因は俺にある。
あの時一か八かゴール前にクロスを入れずに、ボールを後ろに戻し、落ち着いてゲームを組み立てていれば、この展開は無かったはずだ。
そして、それ以上に、そのクロスを決め切れなかった優斗が今の失点の責任を感じている。
いや、俺たち二人だけじゃない。
ロスタフのミドルシュートに対して、ステイしてしまった木田さんも、そして、そのシュートをクリアしきれなかった小村さんも一様に今の失点の責任を感じている。
すると、「パンパンパン」と手を叩きながら司。「切り替えていきましょう」と。
「ああ……」と、連戦の疲れからか、虚ろな表情で返事をするU-23日本代表イレブン。
続けて、「監督からの指示です。残り10分、死に物狂いで守り切って0-1のままハーフタイムを迎えましょう」と。
「あっ、ああ、分かった」と円藤さん。
こうやって、明確な指示を出すことにより、司は明確に意識の切り替えを試みようとしている。
こういう状況に陥ってしまった場合は、攻めるのか守るのかを、即座に、そして端的に指示された方が、人はシステマチックに動きやすいのだ。
一番困るのは、「もうひと頑張り」とか、「集中して」とか、抽象的な指示を出されることだ。
一体何を頑張るのか?
頑張って点を取りに行くのか?
それとも頑張って点を防ぐのか?
各々のポジショニングによって、その頑張ってのベクトルが異なってくる。
ディフェンダーに向かって「もうひと頑張り」と言えば、それは点を取られない事であり、フォワードにとって「もうひと頑張り」と言えば、それは点を取って来いという意味になるのだ。
その結果、前線とDFラインが間延びし、一瞬でゲームが壊れてしまうことは、フットボールをしている者ならば、痛いほど経験しているはずなのだ。
それにもかかわらず、つい魔法の言葉のように「頑張っていこう」と口に出てしまう。それは場合によっては終わりを導く呪いの言葉であるのに……
意識を切り替えるのだ。
俺達はこれからの10分間、死に物狂いでゴールを守り切るのだ。
日本のキックオフで試合が再開する。
長い……長い10分間が始まろうとしていた。
イングランドはここでゲームを決め切ろうと、さらにインテンシティーを高めて攻め込んできた。
ロスタフの迫力のあるドリブルが……プリウスの針の穴を通すような正確なパスが、そして変幻自裁のポジショニングで日本代表に揺さぶりをかけて来るグーリッシュが。
しかし、残りの10分間を0点で凌ぎ切ろうと決めた俺達は、1トップのオライウさんでさえも、ブロックの中に入り、イングランドの猛攻を5-5のブロックを敷いて守り切る。
フリーになったロスタフが一体何本のシュートを打ってきたのだろうか。
だが、俺達は決して最後の砦を崩すことなく、ペナルティーエリア外から放たれるシュートに対し、身を挺してブロックを試みる。
プリウスの針の穴を通すようなパスに対し、体を投げ出し、ボールカットを試みる。
ターラントやチェンバートのオーバーラップに対し、最後までマークを外すことなくしつこく食らいつく。
そうこうするうちに、日本の戦略がイングランドにも伝わったのか、残り5分を切ったところで、是が非でも点を取ってやろうという気迫がイングランドから薄れてきた。
そして、そっちがその気なら、残り時間、徹底的にボールを回し続け、反撃の糸口さえ与えるものかという、新たなフェーズにイングランド代表が切り替わった。
DFラインで正確無比なボール回しをするイングランド代表。
なるほど、そのトラップ一つとってみてもあきらかに俺達とはレベルが一枚も二枚も上なことが見て分かる。
GKもCBもSBも、足元がおぼつかないと言われていた15番のCB、ジョン スティーブンでさえも、俺達から見れば、一体何処が?と疑いなくなるような軽やかさでボール回しに加わっている。
そして、今度はプレスが掛からなくなると、DFラインから好き勝手にロングフィードを通してくる。
ならば、しょうがないという事で、俺や司やオライウさんや優斗がプレスに行くと、今度はその裏のスペースを突いて来る。
まったくもって、日本にとってはノーチャンスの時間が延々と続いていく。
とくにグーリッシュは3バックの泣き所と言われているCBとWBの間のスペースを的確につき、俺達の攻撃を全くと言っていいほどに機能不全にさせていく。
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668855646853
なるほど、フットボールの何たるかを誰よりも知っているというのが伝わってくる。
流石、名将、ジュゼッペ グアルディオルに1億ユーロを払わせるだけの男である。
ジェームス グーリッシュ。
お前みたいな男を、俺はたった一人だけ知っている。
そう、この世でたった一人だ。
もし、そんな野郎が何人もいたら、俺はフットボールなんて、嫌気がさして、さっさと止めちまったかもな。
そうだろ、司。
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