第446話 トゥーロン国際 イングランド戦 前半 その4

 俺のグラウンダーのクロスに対し、優斗はスライディングをしながら右足の甲でボールの中心を蹴り抜いた。


 手ごたえ十分、行った!と思った。


 だが、最後にゴールの鍵を掛けたのは、後年、W杯において、母国に史上初のPK戦での勝利を導くイングランドの英雄だった。


 抜群のレスポンスと足元の技術を売りにするイングランドサッカー史上最高のGKの一人と言われるジョーダン ピーコックフォードは、神速の飛び出してあっという間にコースを防ぐと、優斗の渾身のシュートを左足でブロックした。


 ピーコックフォードの弾いたボールはクロスバーに当たって大きく跳ね返る。


 思わず、頭を抱える、俺と優斗。


 だが、そんな事情は知ったことかと、気まぐれなボールは、なんなく敵CBのハーディングに回収される。


 ハーティングはフリーで前線に張っていた重戦車ロスタフを見つけると寸分の狂いもなくその足元にボールを入れた。


「カウンター」司のピッチを切り裂くような声が響く。


 だが、俺はそれよりも前に自軍ゴールに向かってスプリントを始めていた。


 なぜなら、俺がマークしていたグーリッシュが、誰よりもそのこぼれ球に反応してスプリントを開始してたからだ。


 イングランドの司令塔は誰よりも早くゲームの流れを読み取っていた。


 その一方で、足元にボールが入ったロストフは、190センチを超す身長から繰り出される大きなストライドでグイグイと日本陣内にボールを運んでいく。


 ディフェンスに残っていた小島さんがどうにかスピードを殺そうと体を寄せた瞬間、その大きな巨体に似つかわしく無い小刻みなステップでダブルタッチを切ると、小島さんをあっさりと剥がす。


 重戦車の前にはゴール前に残っていた木田さんとGKの小村さんだけ。


 木田さんの脳裏に、今のダブルタッチの残像が残ってたのか、ゴール前でステイして重戦車を待ち構える。


「違うっ!!木田さん」


 俺の叫びとほぼ同時に、イングランドの重戦車はゴール前25mから渾身のミドルシュートを放った。


 ルーベン ロスタフの放ったシュートが唸りを上げて日本ゴールに襲い掛かる。


 が、「どらぁぁぁー!!」とここまで聞こえてきた魂の雄叫びで、ロスタフのシュートをパンチングする小村さん。


 だが、恐るべきは重戦車の威力。


 完璧にブロックしたと思われたシュートは小村さんを押しのけるようにゴールに吸い込まれていく。


 しかし、ほんの僅か、小村さんの執念が勝ったのか、ロスタフの放ったシュートは今度はゴールポストに弾かれると、力なく日本のゴール前に跳ね返って来た。


 そこからは、敵味方入り混じりながらの押し込み合いが始まった。


 もう戦術とかテクニックとかは関係がない。


 ゴールに対する執念が勝った方が勝つのだ。


 俺もなんとかゴール前の混戦に間に合うと、ちょうど目の前にボールが落ちてきた。


 とにかくゴールからボールを遠ざけねば。


 俺はダイレクトでクリアしようとしたその時、背後に微かに気配を感じた。


 そして、その微かな気配から紛れもない殺意を感じる。


 俺はせかされるように、ボールクリアしようとしたその時だった。その殺意の本体が、突如として俺の背後から現れると、つま先を伸ばし、俺よりも一瞬だけ早くボールに触れた。


 トゥーキックで蹴られたボールはGKの小村さんの指先をすり抜けるようにゴールに吸い込まれていく。


 振り返ると、そこにいたのは、ジェームス グーリッシュ。


 「ゴースト」と呼ばれたその意味を、俺は身を持って知ることとなった。


 トゥーロン国際選手権 2016 グループB 第4節 日本対イングランドは、前半28分、ジェームス グーリッシュのゴールにより、0-1となる。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330668849790118

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