第198話 三月の勝者 その3
俺達は八幡様での初詣を終えると、散歩がてらハチスタに向かうことにした。
一昨年から八王子総合陸上競技場は八王子フットボールパークスタジアムに名称を変更し、地域の住民からは「ハチスタ」と呼ばれるようになっていた。
ここら辺は前の世界と同じ世界線を辿っているといった感じだ。
そしてハチスタには春樹達八王子SCの選手達が正月名物の蹴り始めを行っている。
まあ、俺達もOBとして顔を出しておこうというわけだ。それに受験勉強をしているとはいえ、1日1回はボールを蹴らないと感覚が鈍ってしまう。
そしてここにいる全員が根っからのサッカー馬鹿。もちろん誰一人反対することなく、足取り軽くハチスタに向かった。
「あー、兄ちゃん、こっちこっち」
ハチスタに着くなり、小学5年生になった春樹が手を振って来た。
4月からは最高学年となりU-12のチームでは既にキャプテンを任されている春樹。
兄バカかもしれないが、八王子SCのトレードマークともいえるスカーレットレッドのユニフォームがとってもよく似合ってる。
すると、「あー、にーちゃん、一緒にサッカーしようやー」と陽菜ちゃんも手を振ってきた。
実は陽菜ちゃんも春樹と一緒に八王子SCジュニアに入り選手としても活躍しているのだ。
陽菜ちゃんは2011年に見たなでしこのドイツワールドカップを見ていたく感動し、春樹の後を追って八王子SCに入団したのだ。
将来の夢は沢選手のようになでしこジャパンに入り、バロンドールを取るのが目標らしい。おい、春樹、うかうかしてられないぞ。
「おー、シンジーアケマシテオメデトーゴザイマス」とクライマーさんに、「おいおい、八王子SCのOBが勢ぞろいだな」と横森監督。
そして、「明けましておめでとうございます。神児君、司君」そういって頭を深々と下げる颯太。
皆さん覚えてますか、5年前に司に「このデブ!」とケンカを売って来た小学生を。
今ではすっかり成長して八王子SC U-15のキャプテンを任されて、いっちょ前のフットボーラーになっています。
みんな久しぶりだなー……なんてことはなく、この冬休みにも何回も顔を出してボールを蹴らせてもらっています。
ほら、年末はビクトリーズは自由参加なんですが、あそこまで行くのちょっと時間が掛かるんですよ。受験勉強もしないとだし……
「今日も蹴ってきますか?」と颯太。
「「「もちろん!」」」とみんな。
すると、「おーっ、中島さんだー」そう言って、颯太は握手を求めると「ご利益、ご利益」といいながら翔太の体をべたべた触る。
「えっ、えっ、どうしたのー」とちょっぴり困惑している翔太。
どうやら颯太曰く、現役Jリーガーに触るといろいろとサッカーのご利益があるそうだ。
俺と司が大学進学するのを知ってからというもの、颯太は「八王子SC出身の最初のJリーガーは俺が成る」とみんなに触れ回っている。
うん、フットボーラーとしてはそのくらい気概があるほうがいい。もっとも、お前が高校卒業する前に俺達はJリーガーになるつもりだからな。
お前もさっさと二種登録済ませとかないと、栄えある八王子SC出身の最初のJリーガーには成れねーぞ。
そんなことを思いながら俺達は春樹達とボールを蹴る。
いやー、颯太達とバチバチにやってもいいんだけれど、靴もトレーニングシューズだし格好も洋服だからなー。この後も勉強しなくちゃならないし。
そんな感じで春樹達とワイワイと鳥籠。
ちなみに春樹はFWで陽菜ちゃんはトップ下だ。やっぱ血筋ってあるのだろうか、春樹はともかく、陽菜ちゃんも小2から本格的にサッカーをやり始めたら、メキメキと上達して、今や押しも押されぬ八王子SC U-12の司令塔として君臨している。
最近では春樹はすっかり陽菜ちゃんに、尻に引かれているらしい。
その上、サッカーIQも高いのか、優斗の試合を見ては辛辣なダメ出しをよくしているらしい。優斗がぼやいていた。
そんなことを思っていたら、「やったー、にーちゃんからボール取ったー」と大声で喜ぶひなちゃん。
優斗の足元にボールが入った瞬間、春樹と陽菜ちゃんの息の合ったコンビプレイで一気に優斗からボールを奪い取ったのだ。
「ちょ、今の、無しや、なしー」
まさか陽菜ちゃんからこんなにあっさりボールを奪われるとは思って無かった優斗。必死になって言い訳する。
「甘いでー、兄ちゃん、そんな気ー抜いたプレイしとったら、レギュラー外されるでー」そう言うとニヒニヒ笑う陽菜ちゃん。
「たしかに陽菜ちゃんが言った通り、優斗君プレッシャーがかかると右足に逃げたねー」と、うんうんと感心しきりの春樹。
「ねー、春樹君、陽菜の言った通りでしょ。特に左サイドの死角から足出すと、にーちゃんいつも右足の裏つかって逃げようとすんのよ」と冷静に陽菜ちゃんに弱点を分析されていた優斗。おい、大丈夫かお前。
「お前の悪いクセ、バレバレじゃねーか!!」と陽菜ちゃんに癖を見抜かれていたことにおかんむりの司。
こりゃ、後で罰走いわされちまうぞ優斗。まっ、しょーがねーな。
やはり上司はいつだってサッカーに関しては厳しいのです。
すっかり体の温まった俺達は、これ以上やると汗をかいて風邪をひいてしまうと思い、そこそこで引き上げることに。
いいんです。この後勉強もしなくちゃならないし、明日はちゃんとジャージを着て練習に参加しますから。
練習が終わると司が俺んちにもお正月の挨拶をしたいと言い出し、なんやかんやでみんなで俺の家へ。
すると春樹と陽菜ちゃんも一緒に付いてきた。まあ、今日は本格的な練習じゃないからね。イベントみたいなもんなのです。
いつの間にか大人数となり家に帰ると、「明けましておめでとうございまーす」と元気いっぱいのみんな。
行っておくけど、春樹や陽菜ちゃんはともかく、お前らにはお年玉なんか用意してないから変な期待するなよな。
すると、おふくろがあわただしく台所からやって、
「あらあらあら、みんな勢ぞろいで、あけましておめでとうございます」と年始の挨拶をした。
他の家ではどうか知らないが、我が家では年明けの元旦がなぜだか一番おせち料理を作るのに忙しい。
えーっとコレって確か年が明ける前に済ませとかなくちゃいけないんじゃなかったっけ?
すると、おふくろが「みんなお雑煮食べたー?」と。
「まだでーっす」とみんな。
実は先ほど司の家でみんなお節を食べるのに忙しくってすっかりお雑煮を食べるのを忘れていた。
「みんなお餅いくつ入れるー」
「2つー」と陽菜ちゃんと遥と弥生と莉子
「3つー」と俺と春樹と翔太。
「4つは縁起が悪いから5つー」と司と拓郎。
縁起が悪くてもいいから4つで我慢しときなさい。4つで。デブになるぞお前ら!!
しばらくすると、「はーいお待たせー」とお餅が二つの遥たちにはきれいなお椀に入ったお雑煮が。
そして3つの食欲旺盛な野郎どもにはどんぶり茶碗に入ったお雑煮が。
最後に自己管理が甘そうな司と拓郎にはラーメン丼に入ったお雑煮が……情緒もへったくれもあったもんじゃない。
「「「いただきまーす」」」とみんな。
「うまーい」と陽菜ちゃん。
「おもちおいしー」と春樹。
「人の家のお雑煮ってなんかわくわくするよね」と弥生が。
「神児の家は四角い餅か、わたしんちは丸なのよねー」と遥が。
「ほうれん草も入ってるんだ。野菜たっぷりだね」と莉子が。
「ゆずの香りがいいねー」と翔太が。
そして、「これこれこれこれ」とものすごい勢いで雑煮をかっくらう司と、「これって、お代わりありますか?」と体格と食欲は比例する拓郎が。
「司くんちですごいお節食べてきたんじゃないの?」とおふくろ。
実はさっき司の家のお節の写真をおふくろにLINEで送っておいたのだ。
「お節に夢中になってお雑煮食べるの忘れてた」と遥が。
「アラアラアラ」とクスクスと笑うおふくろ。
そして、「でも司くんちみたいなすごい食材使ってないからふつーでしょ、うちのお雑煮なんか」とおふくろ。
「いやいやいやいや、この、フツーな感じがいいんです、ふつーな感じが」とうちのおふくろの料理の大ファンの司。
「そういうもんかねー」と俺。
「いや、神児、こういう、ダイコンやゴボウやレンコンなんかがどっさり入ったお雑煮がいいんだよ。うちのはなんか出汁とかに凝りすぎちゃって具が全然ありゃしない」と司。
うーん、俺はあっちの方が好きなんだけれどなー。
ちなみに司の家のお雑煮は何度か食べたことがあるんだけど、合鴨と小松菜の入ったお上品なお雑煮で、出汁がとにかくうまいんですよ♪
そして一方の俺んちのお雑煮は、鶏もも肉に大根に人参、ゴボウ、レンコン、シメジ、里芋の入った野菜たっぷりの田舎風のお雑煮。
餅が入って無きゃけんちん汁と間違えそうだ。
まあ、ここら辺のお雑煮って大体こんな感じなんだけれどねー。典型的な関東の田舎雑煮。あっ、薬味に三つ葉と柚子を効かせますよ。そしてお餅は四角いです。
もりもりと食べる食欲魔人。
「おい、春樹、もっとたくさん食べないと、サッカー強くならないぞ」と司。
やめてくださいうちの春樹をデブの道に誘うのは。
結局司も拓郎もこの後さらにお餅三つ追加して計8つも胃袋に入れてしまい、お腹がぽんぽこりんになって勉強どころじゃなくなってしまった。
「そういや、梅の湯って正月から営業してたよなー。サウナ始めでもするかー」と司。
「さんせー」とみんな。
おいおいお前らほんとに受験生か?
すると、おふくろが「ねえ、神児、後で司君ちのお節のお土産よろしくね♪」と。
うん、おふくろも抜け目がないね。
ちゃんと持って帰りますから安心してください。
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