第199話 三月の勝者 その4

 月日が経つのは早いものであっという間に今日は明和大学の受験当日になった。

 

 受験会場の最寄りの駅に着くと、優斗は往生際悪く、日本史の参考書を目を逆三角形にしながら睨んでいる。


「もう、ここまできたんだから後は平常心で臨めよ」と司。


「いや、司君。ここで見たところが出るかもしれないやん。合格不合格の分かれ目はこういう所で決まるんやで」とちょっと涙目の優斗。


「いや、そこは今日は出ないから」とぼそりと司。


「えっ、なんや司君、なんで事分かるんや!!」とちょっと取り乱しながら優斗。


「いや、なんとなく勘でね」そう言って司は目を逸らした。

 

 結局、優斗が日本史の勉強を本格的に始められたのは、今週に入ってから。


 今日は木曜日なので本当に三日間しか勉強させてもらえなかった。



 もっともそんなの自主的にやればいいじゃんという話なのだが、司から毎日のように出される鬼のような課題がシャレになって無いので、それが終わる頃には、口から泡を吹きながら泥のように眠る毎日だった。


 司からは「俺を信じろ」と言われている手前、優斗にしてみりゃ信じざる得ないのだが、それにしても山を張りすぎているというのが受験に疎い優斗ですらヒシヒシと感じている。


 なんてったってこの3カ月、源氏物語の決まった話と兼好法師の徒然草。そして現代文は夏目漱石と坂口安吾しかやって無いのである。


「ホンマに、ホンマにこれでええんか司君?」と優斗は数えきれないくらい司に問いかけているのだが、司はいつも「俺を信じろ」しか言わない。


 本当に大丈夫かよ、司。日本史だって室町、鎌倉を全切りして江戸時代の中期からしか勉強していない。おまけに明治維新も潔いくらいにスルー。


 その一方で「まあ、司がいうんならそうなんでしょ」と中学、高校と司の試験の山張りでいつもギリギリ凌いでいる拓郎。


 まあ、こっちはこっちで本当にお前も大丈夫かよと言いたくなってしまう。


「大丈夫、大丈夫」と順平。

「司が言うんなら間違いないって」と武ちゃん。

「北里様様だから」と大輔。


 で、なんでこいつらがここにいるのかというと、司が明和を受けるというので、記念受験で付いてきた連中だ。


 この三人、既に私立の中堅どころに合格を決めているのだが、司が思いっきり山を張って明和の受験を受けると聞き、じゃあ、ちょっと面白そうだという事で、願書の期限ぎりぎりで俺たちの受験勉強に合流してきた。


 合格したらラッキー、まあ、落っこちても明和だったらしゃーないとある意味のんきに開き直っている連中。


 もちろんこいつらにも司は山を張ったところを惜しげもなく教えてるんだけれどね。


 ってか、こいつら前の世界では偏差値が足らんから受験すらしなかった連中なのだが、こいつらはこいつらで大丈夫なのかよ。


 このままだったら合格しちまうぞ、こいつらも。


 というわけで、受験会場に着くと俺と司と優斗と拓郎は同じ日に直接明和大学の事務所まで願書を出したので同じ教室。


 順平と武ちゃんと大輔は締め切りギリギリに願書を提出したために別の校舎。しかも俺と司と優斗は英語は免除で午前中で終わり。


 まあ、せっかくだからという事で、最寄りのファミレスで時間をつぶしているから、試験が終わったら答え合わせをして一緒に帰ろうという事になった。


 さあ、人生の分かれ道、明和大学教育学部の受験が始まる。


 一時限目は優斗が苦手の国語。現代文はともかく苦手の古典はどうなることやら…………


 …………三時間後、


 俺達は足早に明和大学キャンパスの正門を出る。


 試験が終わった後も、優斗は一言も口を聞かず、顔色も心持ち青白くなっている。


 まあ、その理由は俺にも心当たりがあるのだが……


 最寄り駅のロイヤルホストに着くなり、優斗は脇目も触れずに一番奥の席にずんずんと突き進んでいく。


 優斗は席案内をしてくれたお姉さんに、「フリードリンク3つ、追加注文があったらあとで呼びますんで」とぶっきらぼうにそれだけ言ってお姉さんをさっさと帰してしまう。


「えー、俺お腹減ってんだけど、先にご飯注文したかったなー」と俺がぶつぶつ文句を言うと、ものすごい目つきで優斗が睨んできた。


 あれ、なんか気に障ること言ったかな?


「でさー、優斗、試験どうだったんだよ、さっきから一言もしゃべらないで」と司。


 俺達はフリードリンクのコーヒーを飲みながらさっきからほとんどしゃべらない優斗に言う。


 すると……「なあ、司君、怒んないから正直に言うてや……」


「な、なんだよ」司。「どうしたんだ」と俺。

「あんな、司君、なんかズルした?」


「へっ!?」と司。

「なにが!?」と俺。


 まあ、優斗が言いたいこと、薄々分かってるんだけれどね。


「絶対におかしいやん、あんなの、古典かて、現代文かて、日本史かて、司君が言ったところしかでてないやん。カンニングやんこんなん。試験問題最初から知ってたんか?だから僕にしつこく受験勧めてたんか?」と声を潜めて優斗。


 気のせいか心持ち顔色も悪い。


「そんなこと……」と司。

「ないぞー」と俺。


「そんなわけないやん、古典かて、司君が言った源氏物語の桐壺と若紫と朝顔やったし、もう一問は、徒然草の演習問題がそのまんま出て来てんやで。なあ、正直に言うてや、コレって、もしばれたら、合格取り消しどころや無くて、おまわりさんに捕まるようなことしたんとちゃうんか」優斗は完璧にビビってしまってる。


「まあ、捕まるようなことはしてないから安心しろよ」と司。

「そうそう、満点取ったからって捕まんないよー」と俺。

 

 ってかさ、司、「ちょっと記憶があやふやだから自信ないんだよねー」と言ってた割には、全部当たってたじゃん。問題。さすが上司、頼りになるー。


 まあ、自信ないからと日本史は少し範囲を広げてたけれど、概ねビンゴ。そりゃ、理由を知らなかったら、何か不正をしてんじゃないかと疑うに決まってるわなー。


 もっとも全ての事情を知った上で言うとある意味不正みたいなもんか、コレって。


 もうちょっと、うまい事カモフラージュしろよ、お前。


 ちなみに前の世界では英検での事前の試験免除してなかったから英語もしっかり受けたらしいんだけれど、今頃、拓郎達が受けている英語の方はどうなのかな?


「まあ、とにかく、腹減ったから、腹ごしらえ腹ごしらえ、優斗、おごるから好きなもんなんでも食えよ」と妙に太っ腹の司。


 これはアレですか、なんかやましい気持ちがあるからってんで、優斗に口封じってやつですかね。上司。


「じゃあ、俺はオニオングラタンスープに黒×黒ハンバーグのブラウンバターソース目玉焼き付きにビーフジャワカレーの大盛♪」


「何を勘違いしてるんだ貴様、別にお前に奢るだなんて一言も言ってないぞ」と目を逆三角形にして司。


 おおっふ、おっかねーなー、こいつ。じゃあ、しょうがない、ビーフジャワカレーはキャンセルでご飯大盛に変更です。


「じゃ、じゃあ、僕はクラブハウスサンドでお願いします」と優斗。


「なんだよ、そんなんじゃ腹膨らまねーだろ。せっかく受験が終わったんだから。ったくしょーがねーな。じゃあ、俺はダブルオニオングラタンスープに、チキンとゆで卵のシーザーサラダ、それにアンガスサーロインステーキのドミグラスバターソースにご飯の大盛!!」と手加減無しの食欲の赴くまま。


 お前さー、最近運動不足気味でウエイトオーバーになってるよな。気付かれてないと思ってるみたいだけれど……またピッチの外周トコトコ歩くか?ああん?


 しかし、そうは言うても、そこら辺のファミレスの中では一歩飛び抜けている俺たちのロイヤルホスト。


 優斗もサンドイッチを食べて食欲にスイッチが入ったのか気が付いたら、司と一緒のアンガスサーロインステーキのゆずおろしポン酢ソースを追加注文していた。


 ステーキをパクつきながら、「ってか、優斗、試験の方はどうだったんよ」と司。


 優斗はステーキを食べながら「そりゃ、満点とれたんとちゃうん?司君やってそうやろ」


 ステーキを食べながら「まあ、名前の書き忘れしてなかったらな」と司。「で、神児の方はどうよ?」


 俺一人だけハンバーグを食べながら「そりゃ、多分書き間違いな無ければ俺も満点よ」と……


 ってか、司、今気が付いたけど、お前ハンバーグ隊長のくせして何ステーキ食ってるんだよ、ハンバーグ頼みなさいハンバーグを!!!


 俺達は食事を終えてデザートのホットファッジサンデーを堪能していると、英語の試験を終えた拓郎と武ちゃんと順平と大輔がやって来た。


 俺たちの席に着くなり、「いやー、北里大明神様様、相変わらず試験の山張りキレッキレですね。おみそれしました」と拓郎。


「いやー、まいっちゃうなー俺達4月から明和の学生?」とホルホル顔の大輔。


「まさか、明和のサッカー部に入れるとは思ってなかったなー」と既に受かったつもりの順平。


「神児、司、これから4年間よろしく頼んだぞ」と心は既に明和大サッカー部の武ちゃん。


「ところで、英語の方はどうだったんだ?」と司。


「いやー、単語の発音から熟語の穴埋め、英作文までほぼほぼパーフェクトよ。予備校の講師になったらカリスマどころの話しじゃないと思うよ」と感心しきりの拓郎。


「うんうん、教え方も上手だし、サッカーダメならこっちの道もあるんじゃないのか?」と武ちゃん。


「長文の内容も市役所とのEメールのやり取りまで当て切るんだもん。半端ないって司」と順平。


「大学に入っても試験の山教えてね」と大輔。


 こいつら、大学に入ってまで司におんぶにだっこしてもらうつもりです。図々しい。


 ってかさ、少しは優斗みたいに疑えよ優斗みたいに。


 すっかり司の試験予想に慣れてしまって、今自分たちが直面している事がいかに不自然なことなのか理解していないのか、それとも理解しようとしないのかどっちなんだい。


 もっとも、司の神通力はここで終了。なぜかって?そりゃ前の世界で明和には通って無かったからな。


 お前ら明和入ってもちゃんと勉強しないと卒業できないぞ!


 すると、チョコレートアイスクリームを食べながら司。


「そもそもお前らが受けた学部って教育学部なんだけど、将来先生になる気あるの?教員免許取得が必修だぞここの学部」と。


「「「あっ!!」」」


 と、その時初めて自分たちが教育学部を受けていたことに気が付いた武ちゃんと順平と大輔。

 

 その一方、前々から学校の先生になることを目標にしていた拓郎は、よっぽど試験の手応えがあったのだろう。


「アンガスサーロインステーキ厚切りワンポンド、デミグラスバターソースをレアで。それにセットで、オニオングラタンスープのライスセット大盛りでお願いなのねー」とロイホ最高金額のメニューを頼み、一人で早速、合格の前祝いをやりはじめた。

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