第197話 三月の勝者 その2
「じゃあ、その前に、これどうぞ」
司のおふくろさんがそう言うと、おせちを持って来てくれた。
これこれ、実は正月早々朝っぱらから司の家で受験勉強をしていたのはコレを目当てだったという事もある。
すると、司のおふくろさんは今まで見たこともないような金ぴかのお重を持ってきた。
「きゃー、ステキー」と遥。
「なんやコレ、純金で出来てるんか?このお重」と優斗。
「やばいですね、なんですか、この金ぴかりん」と拓郎。
「いやー、この前デパートの外商の人が持って来て、ついつい買っちゃった」テヘペロと罪のない顔をするおばさま。
「これ、一体いくらくらいするんだよ」とおじさん。
「あなたの自転車よりは安いわよ」と一刀両断。
途端にピキーンと緊張した空気が張り詰める正月早々の北里家。
どうやらおじさん、昨年末のボーナスでまた自転車を買ってしまったらしい。ヤレヤレ。
「いつもの会津塗のお重もすごいけど、これ、一体なんて言うお重ですか?」と弥生。
「これは、輪島塗堅地布着地紙沈金彫五段重箱重台付よ」
「んっ?」と司。
「えっ?なんてなんてなんて!?」と俺。
「もう一回お願いできますか?」と莉子。
するとおば様、コホンと一回咳払いしてから、
「わじまぬり かたじ ぬのきせ じがみ ちんきんぼり ごだんじゅうばこ じゅうだいつきよ♪」と。
「な、なんか、すごそうですね」と俺。
「はへー、な、なんかわかんないけど、すごそうやなー。あの、写真撮ってもええですか?」と優斗。
「どうぞどうぞ、あっ、あとお土産も用意しとくからあとで持って帰ってねー」とおば様。
「やったー」とみんな。
見ると、みんなでパチパチ、北里家のおニューの重箱の記念撮影する。
「じゃあ、はい」そういっておばさんは一段目の重箱を開ける。
すると中にはテカテカに光る黒豆に昆布締め、ふっかふかの伊達巻に、栗きんとんに田作りにかまぼこに数の子と一段目はトラディショナルなおせち料理。
どれもこれも丁寧な仕事でとってもおいしそうだ。
しかし北里家の真骨頂は二段目からだった。
おばさんが二段目のお重を開けると、いきなり伊勢海老さんとのご対面。どうもお久しぶりです。お元気でしたか?
他にもアワビやらフカヒレやらと高級海鮮食材の目白押し。ところでその青缶のキャビアってやばいやつですよね。
そもそもおせち料理とはお正月にお母さんたちの家事を助けるための保存食として考えられたものらしいのですが、この高級海鮮食材の前には、もう、そんなの関係ねー。オッパッピーですよオッパッピー。
正確にはオーシャン・パシフィック・ピース。太平洋に平和をって……あっ!そういう事だったんですね。小島さん。
そして三段目にはお約束のローストビーフ。
極上のシャトーブリアンで出来た薔薇の花が俺達をお出迎えする。
「ヤッバイ奴やで、これ、絶対ヤッバイ奴やで」と優斗。
「うわっ、なにこれ、コレって食べてもいいんですか?」と拓郎。
「もっちろん♪」とノリノリの司のかーちゃん。
「ちなみにおばさま、これなんてお肉ですか?」と遥。
「馬鹿だなー遥。そりゃ、どう見たって牛肉だろ」としたり顔の司。
「馬鹿なのはあんたでしょ!!そんなの言われなくったって分かってるわよ!!私が聞きたいのはこの牛のブランド。おばさまがお正月に作るローストビーフよ。あんた息子のくせにそんなことも分かんないの!!」
遥の極上のお肉を前にしての訳の分からぬ剣幕にしょんぼりの司。
まあ、しゃーない切り替えていこう。
「えーっとねー、ちょっと待ってて」そう言ってパタパタと台所に行くと、何やらブランドタグを持って戻って来たおばさま。
そして……「今回のは但馬牛の雌、未経産の42カ月飼育よ」と。
「………………」
「………………」
「………………」
司の家で散々うまいものを食べさせられてしっかりと口と知識が肥えてしまった我々が思わず言葉を失うような超の付く高級黒毛和牛だ。
まあ、一般的に言われる黒毛和牛は去勢された雄牛を18カ月で出荷しているのだが、その倍以上の月日をかけて育て上げ、味はおいしいが本来なら親牛になるべき歩留まりの悪い雌牛を、手塩にかけて育て上げた逸品の逸品。
人生で一度でもお会いすることができれば幸運であると言われるようなお肉ちゃんだ。
初めましてお肉ちゃん。僕の名前は鳴瀬神児です!!
そして四段目には、北里家自慢の自家製スモークサーモンやらトリュフとフォアグラのテリーヌやらウニとキャビアのゼリー寄せやら。
おおっと何という事でしょう。この段階で既に世界三大珍味が勢ぞろいだぁー!やったね!!明日はハットトリックだ!!!
すいません、おじさん!そこのワインセラーからシャブリの特級持って来て下さい!!
とどめの五段目は、毛ガニがごっそりと入ったカニクリームコロッケに北里家のスペシャリテ、黒毛和牛と黒豚の黒と黒のメンチカツに、ローストビーフの端っこのお肉がゴロゴロ入った特製コロッケに、お約束の司んちのから揚げ。
おおっふ、正月早々、マン振りのおせち料理ですねお母さま。
おまけにお節の中に入り切らなかったのか、何やらヤバイタグの付いたずわいガニちゃんが有田焼の大皿に乗って俺達を出迎えてくれている。
すると、「私知ってる、この極(きわみ)のタグの付いたズワイガニ。年末のテレビでやってた奴だ」となぜかちょっと泣きそうな弥生。
「へっ、どれどれ?」そう言って、『ズワイガニ』、『極』という検索ワードでご自慢のiPhone6plusで調べる司。出てきた画面を見てブフォっと噴き出す。
「ん?どれどれ……」とiPhoneを覗き込む俺……………………うん、金額は見なかったことにしよう。
気になる方は自分で検索してみてくれ。
「お料理いっぱい作ってあるから、気にしないで全部食べちゃってねー」とお母さま。
すいません。これっぽちも気にするつもりはございません。
「「「 では、いっただっきまーっす!!!」」」
「栗きんとん、甘―」と遥。
「伊達巻ふっかふかー」と弥生。
「黒豆おいしー」と莉子。
「数の子コリコリー」と拓郎。
「このかまぼこ、うまっ」と優斗。
「このキャビアうめー!!」と司。
「いや、あんた、おせちなんだから、最初に基本的なやつ食べなさいよ、縁起ものよ縁起物」と遥。
えっ、そうなんですか!?
いきなり伊勢海老一匹を丸ごとお皿にとってしまいちょっと気まずい俺。
堅過ぎずそれでいてレア過ぎず絶妙の火加減で茹でられた伊勢海老を丸ごとかぶりつきながら、ちょっと反省。いや、この味噌が堪らんのですばい。
「そんなの気にしないで好きなもの食べてね。おかわりならいっぱいあるから」とニコニコとおばさん。
「あっ、そうですか、じゃあ遠慮なく」そういって好物のカニクリームコロッケを取る遥さん。
「きゃー、これ、クリームよりもカニの方が多いー」と自家製タルタルソースを付けながら悶絶している。
「どれどれ、じゃあ、黒と黒のメンチカツを」そう言っておじさんが箸を伸ばすと、「ああ、それには、特製デミグラスソースつかってねー」と陶器のソースポットを差し出す。
相変わらず抜かりが無いですねおばさま。
「うっま、なにこれ、うっま」
「ちょっとちょっと、俺も俺も」と司。
「僕も」、「私も」、「俺も」とやっぱ成長期なだけあって皆さん揚げ物が大好きなのですね。
そしてついにいよいよ、メインの但馬牛の未経産42カ月シャトーブリアンローストビーフを口に入れる俺。
その途端、脳天に芳醇な黒毛和牛の香りが突き抜ける。なんじゃこりゃ!!
口に入れた瞬間溶けて消えた。もう歯は必要ありません!!
完璧な温度で火入れされたシャトーブリアンが口の中で溶けてなくなる。
シャトーブリアンは飲み物でした。神児ビックリ。
お母さん、北里家ご自慢のワインセラーにあるロマネコンティ持って来て下さい!!
そしてとどめはズワイガニの極!
今まで見たことのないような競輪選手のようなぶっといカニの足に濃厚なカニ味噌を付けてあんぐりといただく。
「ナニコレ―、僕こんな太っいカニ初めて見た。まるでカニカマみたーい!!」と残念な食レポをする翔太。
「もう、翔太、台無しー、ちょっと黙っててよ、まったくー」とすっかりカニの虜になって暗黒面に落ちてしまった莉子。
翔太も面目なさそうに、けれども手と口は一向に休むことなくもぐもぐもぐもぐ止まらない。
ところでおじさま、日本って確か十八歳から成人になったんでしたっけ。
とりあえず、そこの獺祭で甲羅酒作ってもらってもよろしいですか?
贅の限りを尽くした北里家渾身のおせち料理を心置きなく十分に味わった我々は、ようやく重い腰を上げて、近所の八幡様へ初詣に行く。
神社までの道のりがちょうどいい食後の散歩になる。
八幡様に着くと境内の中には晴れ着姿の親子連れや仲の良さそうなカップルなどで大賑わい。
遡ること前の世界のお宮参りの時からお世話になっている八幡様。今年も初詣にやって来た。
俺はお賽銭を入れると二礼二拍手一礼をして八幡様にいつもの願い事をする。
見ると司も遥も弥生も莉子も翔太も優斗もそして拓郎も真剣にお願いをしていた。
さあ、みんなの願い事は何だろう。
俺はみんなの願い事が叶いますようにと心から祈る。
だってそうだろう。
俺の願い事は既に叶っているのだから…………
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