第193話 十八歳だった その4

 しかし、ここからが前の世界でタフネゴシエイターと呼ばれていた司の本領発揮だった。


「なーに、言ってんだよー、優斗」そういっておどけて見せると、「どうぞ、そこへお座りください」と優斗の正面の席を進めた。


 そして、「おい、ちょっと、ゴメンな」と言って、優斗の奥に座る司。


「神児、優斗の横に座れ」そういわれ、気が付くと優斗を挟んで俺と司。


 そしてその正面には親父さんという席位置になった。


 なるほど、これだったら優斗が万が一逆上して親父さんに掴みかかったとしても、俺達で何とか抑えられる。


 すると間髪入れずに「すいませーん、オーダーお願いしまーす」と司がウエイターさんに声を掛ける。


 にっこりと笑顔で「ご注文は何になさいますか?」とウエイターのお姉さん。


「えーっと、コーヒーで」とおじさん。

「ブレンドでよろしいですか?」とお姉さん。


「はい」とおじさんが言いかけたところで、「おじさん、おじさん、ここのチーズケーキ絶品なんですよ、食べた方がいいですよ」とケーキを進めてくる司。


 一体お前は何がしたいんだ。


 さらに司は、「お姉さん、ここのベークドチーズケーキすごいおいしいですね。何か秘密あるんですか?」とまるでケーキめあてにやって来たインスタ女子のようなふるまいをする。


「はい、当店のベイクドチーズケーキはデンマークから直輸入したクリームチーズを使っておりまして、フレッシュで濃厚な味が楽しめますよ」そう言ってニッコリと笑うお姉さん。


「ですって」と司。

「えーっと、じゃあ、それも」とおじさん。


「あと、それから、おすすめのケーキってチーズケーキのほかに何かありますか?」

「そうしましたら、こちらのオペラというアーモンドパウダーをスポンジに使用したチョコレートケーキがおすすめですよ」とお姉さん。


「じゃあ、それ……えーっと、3つ」と嬉しそうに指を三本立てる司。

「お前らも食べるよな」と司はそう言うと俺達に有無を言わさぬ。


「ありがとうございます」

「あと、ブレンドえーっと、優斗もブレンドでいい?」と追加オーダーを確認する司。


 あまりの司の勢いについつい「う、うん」と頷いた優斗。


 そして、「じゃあ、ブレンドも追加で3っつ」と、どんどんと勝手にオーダーを通す。


「あと、すみません。持ち帰りってできますか?」

「はい、もちろんです」


「じゃあ、えーっと、さっきのチーズケーキとオペラと……えーっと陽菜ちゃん、ショートケーキのほうがいいかな?」と優斗に尋ねる司。


「う、うん」と優斗。

「じゃあ、すみません、ベイクドチーズケーキ二つにオペラ一つとショートケーキ一つ、あと別の箱で、ベークドチーズケーキのホールを一つお願いします」と注文が止まらない司。


 だからお前は一体何しにここに来てるんだよ!!!


「ありがとうございます」とニッコニコのお姉さん。そりゃそうだろうな、これだけの大量注文が入ったなら嬉しくなるに決まってる。


「えーっと、当店のポイントカードお持ちですか?」

「いやー、持ってないなー。作ってくれる?」

「はい、かしこまりました」


 そのやり取りに完璧に気勢をそがれて決まった優斗。そしてそれをあっけに取られて観ているおじさん。


 4年ぶりの親子の再開もそこそこに、師走の小洒落た喫茶店で黙々とケーキを食べる男4人。


 一体これはどういう流れだ!?!?



 ケーキを食べ終えやっとひと段落。


 その間も司は遥や陽菜ちゃんに写真付きのメールでチーズケーキのお土産を伝える。


 おまけにおじさんの写メも撮って陽菜ちゃんに送る始末。


 完璧に調子を狂わされてしまった優斗は、どうにかこうにか、おじさんと話し始める。


「とうちゃん、一体何の用や」と優斗。


「そのー、優勝、おめでとうな、優斗」とおじさん。


「なんや、とーちゃん、知ってたんか?」


「ああ、あの日、わしも埼スタに行ってたんや」とおじさん。


 するとカバンをごそごそと開いて、俺達のプレミアEASTの優勝記事の乗ったサッカー雑誌を取り出す。


「この、サッカーマガジンって雑誌、ずーっと購読しててなー、ほら、これこれ」そういって嬉しそうに優斗の写真を指さす。


「あ、ああ、知ってたんか」と優斗。


 その雑誌には今年度のプレミアEASTの最終戦で俺たちのチームが青森大山田を破り優勝を決めた試合の記事と、先日埼スタで行われたチャンピオンシップの予想記事が載っていた。


「そりゃー、お前がビクトリーズ入ったの知ってから、ずーっと雑誌買ってたんや。お母さんにはだまってたけど、仙台や青森の試合はちゃんと見に行ってたんやで」


「……そっか、ありがとな」とちょっと驚いた顔を見せる優斗。


「それから、えーっと、北里君と鳴瀬君だったけかな。いつも優斗に良くしてくれて、優斗のお母さんから話は聞いてます。ホンマにありがとうございます」


 そういっておじさんは深々と頭を下げる。


「あっ、いえ、そんな、やめてください、お父さん」


「こんな、情けない父親のせいで、こいつには苦労ばっかかけてしもーて」


 優斗の親父さんはそう言うと、涙をハンカチ拭う。


「やめてくれや、親父、恥ずかしい」と優斗は居心地悪そうに言った。


 先ほどとはまた一味違う気まずい沈黙が流れる。


 でも、こういう空気は俺は嫌いじゃない。


 すると、「で、なんなんや、用があるって」と優斗はせかすように言った。


 どうやら優斗はあまりここには長居はしたくなさそうだった。


「ああ、そう、これこれ」


 優斗の親父さんはそう言うと、大切そうに胸のポケットから優斗名義の通帳と印鑑を出す。


「なんや、これ」と優斗。


「お前のために、貯金しといたんや、来年高校卒業やろ、これから色々とお金がかかると思ったさかい、よかったらこれ使こうてくれや」


 そう言っておじさんは優斗に通帳を印鑑を差し出した。


 見ると通帳を差し出したおじさんの手はささくれ立ってボロボロで、どうやってそのお金を貯めてきたのかその苦労が俺達にも伝わってくるようだった。


 すると優斗はその通帳には手を付けず、「いらん」と一言。


「おい」と俺、「……お前」と司。

 気まずい空気があたりに流れる。


 すると優斗は、「俺に金つかうくらいなら、陽菜に渡してやってくれや」そう言って通帳をおじさんに突き返す。


「いや、陽菜には陽菜用の通帳ちゃんと作ってあるさかい、これは優斗が使ってくれや」とおじさん。


 優斗はふーっとため息をつくと、「とーちゃん、俺、高校卒業したらプロになるんや、金くらい自分で稼ぐさかい、もう心配せんでえーんや」と言った。


「プロって、お前、ビクトリーズのトップに上がれたんか?」とおじさん。


「いや、四国の方にあるJ3のチームが俺のこと興味持ってくれてる。この前スカウトの人と話したら、形だけのセレクション受けたら、ほぼ来シーズンから契約決まりや」


「大学にはいかんのか?」


 優斗は俺たちの方をチラッと見てから「行かん」と言い切った。


 おいおいおい、優斗と話してなかった十日間でここまで話が進んじまったのか!?


 すると、司が、「向こうのクラブの人ともう話はしたのか?」と。


「う、うん、司君達に伝えなきゃと思ったんやけど、電話で向こうの編成の人と話して、都合がつけばすぐにでも来てもらいたいって話しやったんや」


 なるほど、どうやら向こうのチームは高校生ルーキーに頼らなければならないくらいに切羽詰まっているらしい。


「だから、とーちゃん、このお金は陽菜のために使ってやって欲しいんや。陽菜は俺と違って頭ええし、大学かてきっと行きたいって言うと思う。だから、そん時のために使って欲しいんや」と優斗。


 優斗は親父さんに対する意地からではなく、陽菜ちゃんのために有意義に使って欲しいという事を伝える。

 

 と、ここで、「えーっと、優斗、じゃあ、このまま高知から合格もらえばすぐにでも向こう行っちゃうのか?」と司。


「あ、ああ、司君にはちゃんと相談しないで済まんかったと思うけど、これは俺の人生や。最後の最後は自分で決めようと思うんや」と優斗。


 すると司、「まっ、優斗がそう言うならしょうがないけど、向こうでの生活どうすんだよ、お前」と。


「へっ?」と優斗。司からの予想外の質問に目をパチクリさせている。


「だから、向こう行って生活どうするんだって」と司。


「いや、だから、向こうの寮に住んでプロ生活を……」


「いっとくけど、フィッシャーズに選手用の寮なんかねーぞ」

「……はい?」


「お前、そういうの、ちゃんと調べたか?」

「……えっと、どういうことや?」


「だから、お前がクラブからもらう給料でアパート借りて生活するんだよ。言っとくけど給料入るの四月の下旬あたりだぞ多分。それまでどうやって生活するんだって聞いてるんだよ」


「…………えっとー」


 

 するとそこから怒涛の司のターンが始まった。

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