第194話 十八歳だった その5
司は先月購入したばかりのご自慢のiPhone6 Plusを懐から取り出すと、「えーっとー、高知のワンルームマンションの相場は3万5千円くらいか、まあ、八王子に比べたら安いよな。大体引っ越し代が10万円、敷金礼金契約金、あと生活を始めるにあたっての家具やら家電やら……いっとくけど優斗、高知はここらみたいに交通の便よくないから、車の免許無いと苦労するぞ。今のうちに車の免許取っとけよな。えーっと普通免許代が25万で、中古の軽自動車が30万くらいか……プロ生活始める前にまず100万からかかるけど大丈夫かお前!?」
あまりに現実的かつ具体的かつ経済的な問題を提示されて頭が追いついてなさそうな優斗。
「そ、そういうのって契約金とかで……」
「おまえ、馬鹿か、Jリーガーに契約金なんてあるわけねーだろ。プロ野球と勘違いしてんじゃねーよ。まあ東京や浦和みたいな金持ちクラブなら支度金制度があるらしいけど、高知辺りじゃねーぞ多分」
「そっ……そうなん」とシビアな現実を突きつけられて、いきなり泣きそうな顔になる優斗。
「それから、下手したらアウェイの交通費とか出ないからな。試合会場までの」
「なっ、なんやそれ!?!?」
「確か来シーズン、J3に沖縄のチームがあるけど飛行機代とか大丈夫か?」
「そっ、そういうのって、チームがもってくれるんじゃないの……」と既に涙目の優斗。
「まあ、ビクトリーズ辺りならもちろん持ってくれるけど、そういうのちゃんと聞いた方がいいぞ。もっとも、そこまでして現地行ってもベンチだったら試合に出ないこともざらだしな」
「う……うん」
「ともかく、お前がプロ生活始めるにあたってとりあえず100万円はお前んちから持ち出す用意はしておいた方がいいぞ。こう言うの聞くのはちょっとアレなんだけれど、お前んち、今、貯金いくらくらいあんの?」
「……し、知らんし」と今にも声が消えそうに答える。
「まあ、今日、家帰ったら母ちゃんに聞いておけ、なっ。ってかさ、爽也さんとか片山さんとかと連絡とってんの?」
「へっ、いや、取ってへんけど」
「あの人達、いま、J3とかJFLで頑張ってるんだから、どういう生活してるかちゃんと聞いておけよ」
「……はっ、はい」と優斗。
「それから、今シーズンの高知がどういうサッカーしてるかもちろん知ってるんだよな、優斗」
司の口撃は留まるところを知らない。
「……い、いえ、知りません」
「ふん、そんなこったろうとおもったぜ、はい、これ」
司はそう言うと、バックの中からJ3高知と書かれたDVDを優斗に渡した。
「大下監督にお願いして、クラブにあった動画コピーしてきた。とりあえず、これ見て、来シーズンからどういうサッカーをしなくちゃならないか勉強しとけ」
「あ、ありがとな、司君。ところで、高知って今どんなサッカーしとるや?」と優斗。
「つまんねー縦ポン」と一刀両断の司。
そして……「俺はお前にこんなつまんねーサッカーやるためにいろいろ教えてたわけじゃねーんだけれどなー」そういうと、ため息一つ、司は冷めたコーヒーをすすった。
気まずい沈黙があたりを支配する。
すると、優斗に気付かれないように司が俺の足を突っついてきた。
了解です。上司。
「あのさ、優斗、もしよかったらなんだけれど、もう一回、俺達と一緒に大学でサッカーするの考えてみてくれないかな」俺は優斗に言った。
「そんなんいうたかて、もう、手遅れやんか、スポーツ推薦のセレクションなんてとっくに終わってもーてるし」
「だから、俺達と一緒に受験しないか?試験までまだ3カ月もある」
「……へっ?神児君達、受験すんの?」
優斗は今まで俺達が受験することを全く知らなかったみたいで、ハトが豆鉄砲を食らったような顔して聞いてきた。
「ああ」と俺。
「そうだよ」と司。
「そ、そんなん、神児君や司君やったら、大学行くつもりなら、もっと早い時期にさっさと推薦決められたやん」とまっとうな意見を優斗は言う。
まあ、おっしゃる通りなんだけれどねー。
俺はこの作戦の立役者の司の方をちらりと見る。
えーっと、どっちが説明する。
司はこっくりとうなずいて「じゃあ、俺から説明するよ」と言った。
「じゃあ、後は任せた」俺はそう言うと残ったケーキを食べ始める。
このオペラってケーキ、コーヒーの風味が効いていてなかなか美味しいんだよなー。俺もお土産に買って帰ろうかな。
「なぁ、優斗、俺達がスポーツ推薦を使わないで明和に行こうとしてるのにはちゃんとした理由があるんだ」
「な、なんや、その理由って」
「俺達は大学で4年間サッカーをやるつもりはない」
「はぁ?それ、どういう意味や?大学って言ったら普通4年間って相場が決まっとるやんか」
「特別指定選手」司は言った。
「……特別指定って、あれか?大学に所属しながらJリーガーになるってやつか」
「ああ、そうだ」司はそう言うとニヤリと笑った。
「ま、マジか、そんなん狙ってんのか?司君、神児君」
「ああ、大学に入って2年以内に特別指定選手を狙う」と司。
「そ、そんなめんどくさいことせんでも、そのまま素直にビクトリーズのトップに行ったらよかったやんか」
「まあ、それにはいろいろあってな。大体ビクトリーズ来年もJ2もだし」
そうなのである。我がビクトリーズのトップチームは今年度J2のプレーオフまでは進出できたのだがそこで敗退してしまい結局来年もJ2で戦うことになったのだ。
まあここは前の世界と一緒だった。
「それやったら、普通にスポーツ推薦で行けばよかったんとちゃう?」
「スポーツ推薦で大学行くとな、場合によってはプロに転向するとそこで学校を中退しなければならないこともあるんだよ」
「へっ、そうなん?」
「だって、そうだろ、大学のサッカー部に入るっていう前提で入学させてもらうのに、その途中で抜けるだなんて筋が通らないだろ」
「まっ、まぁ、確かに」
「それに一般受験で入学したら、そういう縛りは無いし、何より俺達は将来指導者にもなりたいと思ってるんだ。そして何よりも俺は神児と一緒のチームで戦っていきたい。出来れば優斗、お前ともだ」
それは司からの熱烈なラブコールだった。
「そこまで考えてたんか、司君、神児君……」
「それだけじゃない。なぁ、優斗。俺達と一緒にリオを目指そう」
「リ……リオって……」
「ああ、俺達は一年以内にU-23の代表入りを狙っている。なあ優斗、一緒にオリンピックに行こう」
「ぼ、僕なんかでええんか、司君」優斗の声が震えている。
「ああ、お前がいいんだ、優斗」
そうだ、優斗。お前は天才北里司がデザインした最初のフットボーラーなんだ。
尚も司は言う。
「俺のために、一緒のチームに来てくれ。頼む優斗」
司はそう言うと、優斗に向かって深々と頭を下げた。
司にこれほどまでに口説かれて靡かないフットボーラーなどいやしない。
幾許かのジェラシーを覚えながら、俺は優斗が俺達と一緒に明和大に受験することを確信した。
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