第183話 熱闘!関東大会 その7
「信玄餅、うまいな」と順平。
「うん、信玄餅、うまいな。あっ牛乳取って」と拓郎。
「信玄餅、うまいね。おおー、ナイスシュート」と武ちゃん。
「信玄餅、うまいわね。枠入れなさいよ」と遥。
「信玄餅、うまいな。ナイスパス」と涼。
「信玄餅、うまいなー。えっぐいスライディングやでー」と優斗。
「信玄餅、うまいな。スーパーカップ取って」と大輔。
俺達は今何をしているかというと、ホテルの集会室で司が撮影してきたビデオを見ている。
司が買ってきた信玄餅を食べながら……
結局、桐法中との試合は後半互いに1点ずつ取り合って、1-3で負けてしまった。
それでも、予想よりも大健闘を見せた八西中の控えの選手達。ねぎらいの意味も込めて、司のおじさんが信玄餅と牛乳とスーパーカップのバニラの差し入れをしてくれたのだ。
「すいませんねー、どうも」と信玄餅とスーパーカップのバニラを交互に食べながら関沢先生。
この組み合わせ、とってもおいしいですよね。
「いやー、あわよくばと思ったんだけれど、フツーに強かったなー、桐法中はー」と米本さん。
「ありゃー、レギュラー陣が出てても大して結果変わんなかったんじゃないの?」と遥。
「そうだなー、向こうのセンターフォワード、何センチあんだよ、アレ」と山本さん。
「縦ぽんサッカーっておっかねーなー」としみじみ石田さん。
そんなことをしているうちに、ビデオが見終わった。
関東大会第六代表決定戦は3-3からの延長戦の後、PK戦までもつれて、千葉二位の市川東中が勝ち、明日、俺達と戦うのは地元の山梨県一位の韮崎中に決まった。
「ここもなかなか手ごわそうだなー」と翔。
「フォワードのシュート力ヤバくない?」と武ちゃん。
「それよりもトップ下の選手上手すぎでしょ」と拓郎。
「拓郎、てめー、試合出てねぇーのに、信玄餅何個食べてんだよ」と米本さん。
「えーっと、まだ三つ目ですよ」と拓郎。
「まだってなんだよ、まだって!!」と金沢さん。
とりあえず、信玄餅タイムが終わると、司がみんなの前に出てきた。
そして無表情のまま淡々と話し始める。
「明日、対戦する韮崎中なんですが、今日の試合2点取ったフォワードと2アシストのトップ下、そしてキャプテンのセンターバックが累積警告で出場停止です」
途端、集会室の中がざわつき始める。
「それから、試合の終盤、韮崎中の何人かの選手が足を引きずっていたので、明日の試合、相手のメンバーがどうなるか分かりません。試合も後半からかなり荒れ気味になっていたので、明日は、立ち上がりから一気に攻め込み、前半のうちに勝負を決めたいと思います」
「そ、そんな都合よく行けるのか?」と竹原さん。
「おそらく韮崎中の主力はここ24時間で3試合目のゲームになります。体力に勝る我々が一気に押し込めば十分勝算はあると思います」
淡々とありのままの事実のみを積み重ねていく司。
その様子を見ていた遥も「容赦ないわね、あいつ」とちょっと引いている。
あー、これは前の世界のチーフアナリストの時の上司の顔だ。おっかねーんだよなー。こういう時の司って。
尚も司、「下手に、後半までもつれると、追い詰められた相手から危険なファールを仕掛けられるかも知れません。
相手は手負いの獣と思ってくれれば間違いありません。もっとも普通に戦えば我々が十分に勝てる相手です。冷静に、そして確実に勝ちに行きましょう」
司は相変わらず無表情のまま話し続ける。
以前、司から、相手を分析して戦術を決める時は一切の感情を排除すると教えてもらったことがある。
モチベーションを高めたり、仲間に叱咤激励するのは監督の役目だと。
司は自らの役目を忠実に遂行する。
「では、今から、具体的な作戦を話します…………」
一流の勝負師としての北里司の顔が現れた。
……………………翌日、
関東大会第七代表決定戦、八王子西中学校VS韮崎中学校の試合が始まった。
八西中は累積のイエローを全て消化して、いつものベストメンバー、
〇 〇
優斗 〇 翔
竹原
〇 〇
涼 〇 〇 真人
吉村 羽田
〇 〇 〇
拓郎 西田 武ちゃん
〇
順平
八西中のキックオフから試合が始まる。
やはり昨日の試合の疲れが残っているのか、韮崎中の出足が鈍い。
すると、試合開始直後の一瞬の隙をつき、当初の作戦通り、涼が相手サイドバックの1対1に勝つと、優斗の足元にパスを入れる。
優斗は母指球トラップからターンしてトゥーキックでキーパーの股下を狙う。
が、相手ゴールキーパーは何とか足でクリアをする。
しかし、クリアボールが中途半端となりゴール前でピンボールのような蹴り合いになると、ゴール前のこぼれ球を、吉村さんがインステップで渾身のシュートを放った。
すると、「バシンッ!」と鈍い音を立てて、ボールがゴールマウスを逸れて行った。
真っ青な顔をしてその場で跪く相手の選手。
「ハンド、ハンド、ハンドー」と必死にアピールする優斗と翔。
直後、「ピーッ」と主審の笛が吹かれて、韮崎中の選手にレッドカードが提示された。
今のは故意では無かったと必死に抗議する相手ディフェンダー。
しかし、ペナルティーエリア内で枠内シュートを手で止めてしまっては、故意であろうがなかろうが、一発レッドは確定だ。
可哀そうなくらい狼狽している相手のディフェンダーを仲間たちが慰めながらベンチまで送っていく。
試合開始三分、八西中に最大のチャンスが訪れた。
ペナルティーキックを蹴るのは稲森優斗。
「こういう所で決めれるか決められないかが一流のストライカーとしての分かれ目なんだぞ、優斗」
司は誰にでもなくそうつぶやく。
優斗がペナルティースポットにボールを置く。
ベンチにいる誰もが息を止めて優斗の蹴る瞬間を見つめている。
「ピーッ」と審判の笛が鳴った。
ゆっくりと走り出した優斗は左足を思い切り踏み込んでから、ちょんと右足のつま先で、キーパーの逆を突きゴール右隅に流し込んだ。
タイミングを外されたキーパーは一歩も動けず。
前半3分、関東大会第七代表決定戦、八王子西中対韮崎中の試合は、稲森優斗のPKにより、八西中が先制した。
前半の3分で10人になってしまった韮崎中はあわただしく選手を交代させる。
どうやらフォワードを1枚外して、ディフェンダーを入れるみたいだ。
作戦としては引いて守ってカウンターに全てを託すといった感じだ。
もっとも、前半の3分で選手が一人いなくなってしまったら、やれることと言ったらもうそれくらいしか残されていない。
しかし八西中はそんなことはお構いなしと言った感じで、事前に司から言われた通りに徹底的に相手の右サイドを突き、涼の1対1からの崩しで試合を優位に進めていく。
司の昨日の話だと、韮崎中のウイークポイントは右サイド。
涼が1対1を仕掛けたら間違いなく勝てる相手だというのが司の分析だった。
どうやらこの大会中にレギュラーの選手が怪我で抜けてしまい急遽代役の1年生に任されているみたいだ。
相手の弱点を見つけたら徹底的にそこを突く。
前の世界での司のアナリストとしての怖さを今、マジマジと実感する。
すると、それを助けるために相手のボランチが助けに入った瞬間を狙って、空いたスペースに拓郎がオーバーラップを仕掛ける。
韮崎中ゴール前で圧倒的な数的有利を作り出すと、あとはそこから韮崎中のゴール目掛けて雨あられのシュートを蹴り込んだ。
前半10分、優斗がこぼれ球をつま先で押し込むと、同15分、拓郎が浮き球をヘディングで決める。
そして同20分、竹原さんがミドルシュートを決め、とどめは同28分、優斗が母指球トラップからゴール前に折り返し、翔が押し込んで、前半終了時に5-0とし試合を決めた。
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