第182話 熱闘!関東大会 その6

 関東大会第五代表決定戦、桐法学園付属中学VS八王子市立八王子西中学校の試合が始まった。


 この試合、桐法中に圧倒的な実力差を見せつけられる試合かと思ったが、こちらもつい4時間前に前橋中との死闘を演じきった直後だったために、前半からそれほど攻め込んでこない。


 それでも、桐法中はこの試合で決め切ろうと思っているのか、午前中に行われた準々決勝の時と同じベストメンバーだ。


 一人一人の技量ならば圧倒的に桐法中の方が上なのだが、八西中もそう簡単にやられてたまるかと球際で激しい当たりを見せてギリギリのところで、持ちこたえている。


「金沢さん達も調子いいし、もしかしてこのまま勝てるかも」弥生が一縷の望みを込めて俺に言った。


「そうだな、この調子だったらもしかしたら勝てるかも……」


 中盤で激しいボールの競り合いをしている仲間たちを見ながら俺は言う。

 

 直後、左サイドバックの峰岸さんの裏のスペースに桐法中ディフェンダーの蹴ったロングボールが入った。


 裏を取られてしまった峰岸さんが必死に戻るがそれよりも一足早く桐法中のウインガーがボールを回収すると八西中陣内をドンドンと切れ込み、ペナルティーエリア手前でクロスを上げる。


「来たぞー」


 山本さんをはじめとする八西中のディフェンス陣が一斉にボールを競り合うが、それよりも頭一つ飛び出た桐法中のセンターフォワードがヘディングシュートを打つ。


 キーパーの池阪さんも必死に飛びつくが、山なりの軌跡を描いたボールは池阪さんの手をすり抜けるようにして八西中のゴールに吸い込まれていった。

 

 前半20分 関東大会第五代表決定戦、八西中対桐法中のスコアは、0-1となる。

 

 するとすぐに、キャプテンマークを付けた米本さんが、「すぐに取り返すぞー」と選手全員に大声を掛けて鼓舞する。


 選手のみんなは俯くことなく、米本さんの声に応える。


 誰一人勝利を諦めてない。


 ベンチではレギュラー陣が桐法中の攻撃を必死に持ちこたえる選手達に必死の応援をし続ける。


「みんな、かっこいいよね」と弥生。


「ああ、すごいかっこいいな」


「司君にも見てもらいたかったね」


「ああ、これ見たら司の奴、きっと驚くだろうな」


 なあ、司、優斗にポジション奪われた金沢さんも、順平にポジション取られた池阪さんも、すげー頑張ってんぞ。


 お前、後でビデオ見たらビックリするんじゃないか?


 司は、控室でのミーティングが終わるなり、おじさんと遥と一緒に、車で第六代表決定戦の行われている会場まで、ビデオを撮りに行っている。


 「神児、あとは任せた」そう言って会場を後にした時の司の表情は今まで見たことないくらいに集中した顔になっていた。


 きっと司は、自分の持てる全精力を掛けて、明日の第七代表決定戦に出場するチームを丸裸にするのだろう。


 任せだぞ、八王子SCのチーフアナライザー。

 

 先制点を取った桐法中はその後は積極的に攻めては来ず、ひたすらロングボールを使ったカウンターを狙ってくる。


 ここまで引いて守られると、もともとの能力で劣る八西中は苦しい展開となる。


 点を取るためにはどうしてもリスクを冒さねばならず、すると、桐法中は空いたスペースを狙って正確にボールを入れてくる。


 八西中の強度が徐々に落ちてくると、前半のアディショナルタイム、再び桐法中のセンターフォワードのヘディングシュートが八西中のゴールを揺らした。


 前半32分、八西中対桐法中のスコアは、0-2となった。



「すまーん、点を取られちまった」


 ロッカールームに戻るなり、米本さんがみんなに謝る。


「何言ってんですか、すごい頑張ってるじゃないですか、この調子だったら後半逆転できますって」と順平。


「そっかー、この調子だったら、俺達で全国行けちゃうかなー」とムードメーカーの佐藤さんがおどけて見せる。


「そうや、そうや、後で司君に、ご苦労だったな、けどお前のビデオ、用無くなったわって言ってやりゃええんですよ」と優斗。


「ああ、きっと司の野郎、驚くだろうなー、いつも偉そうな顔してやがって」


 そう言ってゲラゲラ笑う米本さん。


「そうなんだよ、最初から負けるようなこと言いやがって」と和田さん。


「そうだ、そうだ、ビビりのクセしやがって」と小川さん。


「ちょっとばかり、サッカーがうまくって顔がいいからって、調子乗ってんだよ」と峰岸さん。


 司が居ないのをいいことに悪口に花が咲く。


 と、その時、「ターンターンターン、タタターン、タタターン」と俺の携帯の着信音が鳴る。


 ちなみに司には教えてないけれど、司からの着信音はスターウォーズのダースベーダーのテーマだ。


 その途端、誰も口を開かなくなった。


「もしもし、神児か?」


 とりあえず、スピーカーモードにしてみんなに聞こえるようにしておいた。


「おお、司どうした」


「こっちは今、ハーフタイムに入った。そっちはどうだ」


「こっちも今、ハーフタイムに入ってロッカールームにいる」


「点数はどうなってる」


「……0-2で負けてる」


「……そうか、こっちは2-2でどちらが勝つかまだ分からん」


「そっちはなんか分かったか?」


「ああ、どっちが来ても大丈夫なように準備している」


「こっちも、スゲー頑張ってるぞ」


「ああ、そうだな、米本さん達にもよろしく言っておいてくれ」


 すると、それを聞いていた米本さん達が俺に電話を貸せと言ってきた。


 俺は米本さん達に電話を向けると、


「北里ー、お前のビデオなんで必要ないように、後半、逆転しとくからなー、こっちに来るときに、全国大会出場祝いのジュースの差し入れ頼んだぞー」と。


「あと、お菓子の差し入れなんか買ってこーい」と田村さん。


「できたら、ままどおるー」と拓郎。


「ままどおるは山梨には売ってねーだろ」と武ちゃん。


 ゲラゲラと笑い声がそこかしこで上がる。


 すると……「わかりました。みんなの分の信玄餅買って帰ります。後半頑張ってください」と司。


 信玄餅という言葉を聞いた瞬間、「やったー」と喜ぶみんな。


「牛乳も買っておいてねー」と拓郎。


 ロッカールームに英気と笑いが満ちてゆく。


「さあ、後半、逆転するぞー!!」米本さんが声を上げた。

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