第171話 決戦、韓国戦 その5

 日本と韓国互いのチームがピッチに出そろうと、大幅にメンバー交代した日本の布陣を見て、韓国の選手達は幾ばくかの戸惑いを見せると何やら話し合っている。


 大方、マークする選手の変更をしているのだろうか。


 それともセンターサークルのど真ん中で、飢えた狼のように韓国の選手を睨みつけている悠磨君のせいなのだろうか。


 誇り高き狼は、仲間を傷つけられたことに対し、ひどく憤(いきどお)っているのだ。

 

 日本のキックオフで後半戦が始まる。


 悠磨君のマークを誰が付くのか、逡巡している一瞬の隙をつき、悠磨君がセンターサークルからドリブルで持ち上がると、ゴール手前35mの場所から、 渾身のミドルシュートを放つ。


 韓国ディフェンダーの一瞬の隙をつく悠磨君のシュートを韓国のキーパーはパンチングで必死に逃げる。


 悠磨君は本当に悔しそうに声を上げる。韓国の気勢を制すために打ったのではない。本気で点を取ろうとしたのだ。



 すると誰よりも早く司がボールに駆け寄ると、左コーナーから司が蹴る。


 韓国ディフェンダーがマークを確認する時間すら与えずに、インフロントで蹴られたボールが直接韓国ゴールを襲う。


 再びパンチングで必死に掻きだす韓国のゴールキーパー。


 立て続けに韓国ゴールを襲ってくる日本の攻撃に、韓国人ゴールキーパーは怯えた様子で日本の攻撃を耐える。


 明らかに空気の変わった日本チームの猛攻に韓国が戸惑いを見せている。


 今のうちに点と取り切らねば。ゲームの流れが日本に傾いている間に決め切らねば。

 

 その思いが若干の焦りを生んだのか、堂口君の強引なシュートがキーパーにキャッチされると、韓国のカウンターが発動する。


「神児ー!!」司が声を上げる。


 ボランチのパスコースを防ごうと司がスライディングを試みるが一歩及ばず、ファン君の足元にボールが入る。


 その瞬間を狙って俺はファン君に体を寄せるが、俺の体を引きずったまま、コリアンエキスプレスは発車する。


 俺はファン・ソンミンの行く手を阻もうと何度も体をぶつけるがそのたびに体が弾き飛ばされる。


 なんていう体幹の強さなんだよ。スライディングをしようにも、巧みに俺の死角にボールを置いて、それすらさせてもらえない。


 すると、俺の代わりに右サイドバックに入った室田さんが猛ダッシュでヘルプに来てくれた。


 やった、これでファン君を挟み撃ちにできる。と一瞬、気を許した瞬間、ファン君は前にボールを大きく蹴り出すと、さらにギアを一段上げた。


 まだ、スピードが上がるのかよ、この化物め!


 それを見た岩山さんがディフェンスラインから飛び出して、二人でダメなら三人でと挟みに掛かる。


 しかし、ファンソンミンはそれすらも交わして内に切れ込むと、俺達三人を引きずりながら、ゴール正面25m付近から、今度は右足のインフロントに引っ掛けて、日本のゴール右隅を狙ったシュートを放つ。


 外から巻くようにして日本のゴールに襲い掛かるファン・ソンミンのシュートを小村さんは左手一本で何とか弾く。


「おおおおおー」と観客席からどよめきが湧いた。


「三人がかりでも止められねーのかよ」あきれた様子で岩山さんがつぶやく。


 最後の最後で前線から戻って来た司がシュートコースに滑り込んできてくれたおかげで、どうにか助かった。


 悔しそうに芝を蹴り上げるファン・ソンミン。どうにか命拾いに成功した。


 すると納得いかなそうにコーナーアークに向かうファン君。


 また例の両足から繰り出されるコーナーキックに対峙しなくてなならないのかと思うとうんざりする。


 すると、ここが日本を引き離すチャンスだと思ったのか、韓国の両センターバックも上がって来た。


 ヘディングの強い悠磨君もゴール前に戻って来て、全員でゴールに蓋をする。


 俺もキッカーのファン君にマークを付こうか迷ったのだが、前半の正確無比なあのコーナーキックの怖さを思い出すと、一人でもゴール前にいた方がいいと思い、上がって来たセンターバックのマークに付いた。


 中国のヤン・ミン君もでっかかったが、何気に韓国のセンターバックも180cm近くある。


 俺は審判に悟られないようにユニフォームの端を握るとそれに気づいたのか、相手センターバックも俺のユニフォームの裾を掴んできた。


 まあ、しょうがない、お互い様だ。


 すると、突如として上がって来たセンターバックの代わりに守備に就いていた右サイドバックが走り込んできた。


 嫌な予感がしたが、この馬鹿でっかいセンターバックのマークを外す方がリスクが高いと思った。


 すると、ファン君は上がって来た右サイドバックの足元にショートコーナーを出す。


 こいつがクロスを入れるのか?


 しかし俺の脳裏に、そうではないと嫌な予感が……


 俺はすぐにファン・ソンミンのマークに付かねばとセンターバックのマークを外して駆け寄ろうとするが、掴まれたユニフォームが邪魔をして、スタートが遅れた。


 俺はユニフォームを掴まれた手を振りほどき、ファン・ソンミンに向かって走り出す。


 が、それよりも一歩速く、ファン君からボールを受けた右サイドバックがボールをフリックした。


 頭の中で警戒警報が最大限の音を立てる。


 ファン・ソンミンにマークを付かねば。しかし、直後、ファン君のボールをフリックした右サイドバックが俺に体を当ててくる。


 ファン・ソンミンはフリーでボールを受け取ると、日本のペナルティーエリア、右45度の地点から、左のインフロントで巻くようにシュートを打つ。


 デル・ピエーロゾーンの逆パターンだ。


 そう思う間もなく、ファン・ソンミンの左足から放たれたボールは美しい弧を描き、日本のゴール左隅に突き刺さった。


 後半10分韓国が勝ち越しゴールを決めた。


 日本対韓国のスコアは1-2となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る