第146話 フットボーラー補完計画Ⅲ その4

「はい、あし開いてー」

「はい」


「じゃあ、これ股に挟んで~」

「はい」


「じゃあ、落っこちないようにちょっと力入れて~」

「はい」


「はい、そのまま、そのまま」


「は~い、あっ、あん」


「こら、変な声出すなよ健斗」


「だ、だって、アソコに当たるんだもん、物差しが……」


 ……………別にいかがわしい事をしているわけではない。

 今は司の家の餃子パーティーから二日経った水曜日の午後。


 学校は職員会議のため給食を食ったらそこで終わり。まあ、その後、部活はあるんだけれどね。


 で、ここは司の家のプレハブ小屋。俺と司と健斗と翔太とおじさんで、健斗の股下長を測っている。


 股下長ってなんだって?


 足の付け根から足の裏までの長さの事だ。


 で、何のためにそんなところを測ってるのだって?


 健斗と翔太の自転車を見繕ってやるためだ。


 実はおとといのギョーザパーティーの後、おじさんの自転車小屋で休憩をしてたら、健斗のやつが、「ここまで来る足があったらもっとたくさん練習に来れるんだけれどなー」と言ったのだ。


 ちなみに一昨日は健斗は中央線を使って立川から来てくれたのだが、なんやかんやでここに来るまで1時間以上かかってしまった。


 まあ、駅からバスに乗ったりなんやりで時間がかかってしまったのだが……


 すると、おじさんが「部品が余ってるからそれで良かったら自転車作ろうか?」


という話になり、あれよあれよという間になぜか健斗だけでなく翔太の自転車も作ってやることになったのだ。

 

 もっとも、高価なロードバイクではなくてクロスバイクなのだが、それにしてもおじさん気前良すぎじゃなりませんか?


 まあ、たしかに、健斗と翔太がちょくちょく来てくれれば、部活の練習もかなりレベルアップるのだが。


「ってか、おじさん、そんなにポンポンと自転車作ってあげちゃって大丈夫なんですか?」と俺。


 なぜか、このためにわざわざ有休をとって家にいるおじさん。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、自転車って生えてくるものだから」


「…………」言い出しっぺの司だが、今のおじさんの言葉に眉間にしわを寄せている。


「どういうことですか?」俺は尋ねる。


「いやー、ロードバイク買って新しい欲しいホイール買うでしょ」

「はい」


「それまで使っていたホイールが余るよね」

「はぁ」


「気に入ったサドル見つけるでしょ」

「……はぁ」


「それまで使っていたサドルがあまるよね」

「…………はぁ」


「新しいコンポに乗せ換えるでしょ」

「…………………はぁ」


「それまで、使っていたコンポが余るよね」

「……………………………」


「そうやって自転車の部品が増えて1台作れるようになると、自転車乗りの間では、‶自転車が生えてくる″っていうんだよ」

「……はぁ」


 そうやって、乗せ換えた部品やホイールのストックがあの段ボールの中に山積みになっているのですね。おじさん。


 司もなんか複雑そうな顔をしている。


「それに、フレーム単体なら、ヤフオクで1本数千円で買えるし、再利用、再利用。エコでしょ、とっても」とニコニコ顔のおじさん。


 何がエコだかよくわからないけれど、自分でそういう言い訳して自転車作りに励むおじさん。


 どうやらプラモデル感覚で自転車を作ることにはまっているみたいだ。

 

 というわけで、健斗にはヤフオクで落としたGIANTのエスケープを、翔太にはGIOSのミストラルを作ってあげることになったのだ。


「これが出来たら、司君達と自転車で多摩っ子ランドいけるかなー」とニコニコの翔太。


「そりゃ、いい部品つかってるんだから、楽勝だよ」とおじさん。


 えっ、いい部品使ってるんですか?余った部品ではなくて!?

 

 採寸が終わって俺達は学校の部活に顔を出しに行く。


 時計を見るとまだ2時前、今日も、ビクトリーズの前にガッツリ部活で練習かぁー。


 グラウンドに着くと、優斗達が紅白戦を行っていた。


 1次リーグ突破に向けて練習に余念がない。今年の目標は都大会、出来たらその上の関東大会まで行けたらば……と思っているのだが。


 すると、蹴られたボールがタッチラインを割る。


「おーい、みんなー」と司が声を掛ける。


「せんぱーい、早くアップ済ませて、こっち来てくださいよー」と一年生たちが。見ると、スコアは3-0で負けている。


 よっしゃー、一丁手助けしてやるか。


 俺はジャージを脱ぎ捨てると、ピッチの中に入っていった。



 紅白戦が終わると、いつものようにポジションごとの練習に入る。


 俺はFW陣のシュート練習のため、健斗と一緒にディフェンスに入る。


「調子良さそうだな、優斗」と俺は鼻歌交じりの優斗に声を掛ける。


「へへー、今日もハットトリックやで神児君」とVサイン。


 ここの所、試合でもキレキレの動きを見せる優斗。2次リーグのトーナメントに向けて期待が持てそうだ。


 という訳で、シュート練習に入る優斗達。


 こんな感じの練習だ。


         goal

         順平

          〇 

GK

       

 神児 健斗 武ちゃん

 〇  〇  〇

  →

↗ 

 ●  

優斗   ↖

      ◉

        司

        ●


 司から優斗にパスが出て、それを持ってゴール前にカットインしてシュート。


 優斗が最も得意としているプレーだ。大体優斗の得点の半数以上がこの形からとなっている。


 しかし、試合や紅白戦で面白いように決める優斗のシュートなのだが、俺と健斗にはことごとくブロックされてしまう。


「あ、あれ」と最初はたまたまだろと思っていた優斗なのだが、立て続けに俺や健斗にブロックされ続けてちょっと顔が引きつって来た。



「タイム、タイム、タイム」見るに見かねて、司が止める。


「あっ……ゴメンな、司君」


「まぁ、いいから、いいから」と司。


 俺と健斗と優斗と司を集めてちょっと話し合う。



「ぶっちゃけ、優斗のシュートって、どうよ」と司。


 すると、「初動がでっかい」と健斗は一言。


「しょ、初動」と優斗。


「まあ、一昨日は初めて見たからタイミングがつかめなかったけれど、一回見たらシュートのタイミングつかめるな、お前のシュート」と健斗。


「タイミング……か」と顔を青ざめて


「まあ、そうは言っても、納得いかないかも知んないから、ちょっと神児の代わりに入って翔太のシュート受けて見ろよ」と健斗。


「……ほ、ほな」と、俺の代わりに優斗がディフェンダーに入る。


 すると、翔太のシュートが面白いように決まる。


 そしてまた、優斗を集めて話し始める。


「わかったか?」と健斗。


「…………」何も言わずに頷く優斗。


「まあ、実際に受けて見て分かったと思うけど、お前のシュートって1,2の3のタイミングなんだよ」


「……はい」


「でも、翔太の場合、1、23もしくは、123のタイミングで来るんだ」


「……」


「俺が言う、初動がでっかいっていうの分かったか?」


「うん」と力なく頷く優斗。


「まあ、カットインとか、フェイントはいいんだけれどさ、最後のシュートの所が決定的に素直だな。お前」


「……す……素直って」と顔面が蒼白になる優斗。


 本人も分かっているのだろう、FWにとってそれが全くの誉め言葉になってないことを。


 すると、うーん……と腕を組んで難しい顔をする司。


「だっ、だったら、今からでも、遅くないやん、すぐに練習するから」と優斗。


 確かにシュートを早く打つ練習をすればいいのだが…………


「今はやめとけ」と司。


「なっ、なんでや、司君。練習の方法教えてくれたら、すぐにでもやるで、俺」と優斗は必死に言う。


「タイミングが悪い」と司。


「だなー」と健斗。


「ど……どういう意味や、司君」


「もうすぐ、トーナメント、始まるだろ。優斗」


「………あっ」


「下手したら、フォーム崩すかも知れないしな」と健斗。


 うん、分かる分かる。


「結局、お前のフォームってさ、今まで積み重ねてきたものの結果みたいなものなんだよ。


 あっ、悪い意味で言ってんじゃないんだぜ。

 

 だから、ゴールの右隅でも左隅でもしっかりと打ち分けられるわけだろ」


「……うん」


「今、変にフォーム弄ったら、出来てたものもできなくなっちまう可能性があるぜ」と健斗。


「あっ…………」と言葉を失う優斗。


「まぁー、やるとしたら、大会終わってからかー……でも、すぐに新人戦始まるもんなー」


「せっかく、出来上がったもの、今から崩すの……おっかねーもんなー」と健斗。


「確かに、今は普通に通用してるからなー。お前のシュート」と俺。


「うん、今、下手に弄って、スランプやイップスになったら目も当てられない」と司。


「まあ、俺だから分かるんで……」と健斗。そこは、まあ、さすがにビクトリーズのセンターバックを任されていることはある。


「でも、俺も分かったぞ」と司。


「まあ、俺も」と俺も。


「うん、俺も分かってたぞ」と拓郎。


「……へっ!!」と俺と司と健斗と優斗。


「あれだろ、優斗のシュートって1,2の3で来るもんなー。いつもおんなじタイミングで」と拓郎。


「なっ、なっ、なんや!拓郎君も分かってたんか!!」と驚愕の優斗。


「じゃあ、神児の代わりに俺が入っていい?」と拓郎。


 すると、今言ったとおりに、優斗のシュートをバシバシブロックする拓郎。


「……このDFのレベルでも止められちまうのかー」と深刻そうに健斗。


「へっ、このレベルって、今、僕の事、馬鹿にした?」


「イヤイヤイヤイヤ」と必死になって否定する俺と司と優斗と健斗。


 釈然としない面持ちの拓郎…………とはいっても、こいつも小6の夏には武ちゃんと一緒に、東京都の決勝に上がったCBだったもんなー。


 ちょっと見くびりすぎてたのかもしれない。

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