第147話 フットボーラー補完計画Ⅲ その5

「どうする?」と司を見ながら俺。


「まあ、トーナメントが始まったら、どこのチームだって優斗は初見なんだから、とりあえず、新人戦が終わるまではこのままで……」


「だなー」と健斗。


「アレも、コレもをやらせて、フォーム崩す方がおっかないもんあー」と俺。


 そこらへんは、俺も司も前の世界での指導経験があるので、選手に要求する頃合いというものは分かっているつもりだ。


「視野を広げて、パスの選択肢を増やして、守備も強化する。これだけやればもう十分かもな」と司。


 でも、優斗の飲み込みの速さにどうしても、アレもコレもと欲張りになってしまう。気を付けなくては。


 すると、「じゃあ、蹴り型変えてみるのはどうや?」と優斗。


「蹴り方?」


「うん、僕、シュートはいつもインサイドやから、いっそのことインステップでドーンって」


「ちょっと、やってみるか」と司。


 という訳で、試しにシュート練習を再開してみるが、何度かやってみたが、枠に入らない上に、さらに初動が遅くなってしまった。


「だめかー」と司。


「だめやなー」と優斗。


 すると、武ちゃんが、「初動が遅いってんなら、いっそのこと、トゥーキックで蹴ってみたら?」と。


「……トゥーキック!?」と俺。


「トゥーキックかぁー」と司。


「トゥーキックねぇー」と優斗。


「いや、優斗、遊びでよく、トゥーキック使うんだけれど、結構精度いいんだよ」と武ちゃん。


「あら、そうなんだ」と俺。


「うん、向こうにいた頃、小学生の時フットサルもやってたんで、トゥーキックは結構使ってたんや。でも、サッカーやとなー」と優斗。


 確かにフットサルのような床や人工芝ならともかく、イレギュラーバウンドのする土のグランドでトゥーキックは使いずらい。


「うーん……」と優斗。


「どうしたんだよ」


「いや、向こうのトレセンにいた時トゥーキックを試合で使ったらコーチがあんまりいい顔しなくてなー」


「あー、はいはい」


「そう言うのは、他のキックがちゃんとできてからやるようにやって」


「あー、いるいる、そういうコーチ」と司。


 確かに、まともにインサイドもインステップも蹴れない選手だったら俺もそう言うけれど、優斗みたいな基本がしっかりできているプレイヤーには、俺は言わないけれど……たしかにトゥーキックを嫌がる指導者も中にはいる。


「僕も、コーチに嫌われたなかったんで、それ以来練習でも使ったことはなかったんやが……」


「試しにやってみろよ」と司。


「まあ、ブラジルの選手は結構使うからなートゥーキック。俺もちょっと見てみたい」


「ほ、ほな、ちょっと練習させてや」と優斗。


「じゃあ、俺、付き合うよ」


「サンキューな神児君」


 そんな感じで、優斗のトゥーキックの練習に付き合ったんだが、なるほど、確かにこれは受けずらい。


 絶えず不規則な回転がボールに掛かるし、トラップする側は注意が必要なんだ。


 しかもモーションが、インサイドキックが1,2の3で来る感じなのに対し、トゥーキックは1、で来る感じ。


 ポロポロと足元に収められない俺を見て、「ちょっと俺と交代」と司が言ってきた。


「トゥーキックのボールを収める時は、変な回転かかってることが多いから、足の内側でトラップするよりも、こうやって、足の裏を使ってトラップした方がいいんだよ」


 と、そう言って足の裏でビタッとボールを止める司。


 なるほど。たしかにフットサルでよく見るプレイだ。


「おっ、面白そう、俺も混ぜろよ」と健斗も入ると、「僕も僕も」と翔太も入る。


 すると、いつの間にかトゥーキックのパス回しが始まった。


 確かにインサイドキックに比べて明らかにタイミングは早くなるが、その代わりに精度が落ちてしまう。


「やっぱ、普段使いには難しいよなー、コレ」と司。


「まあ、でも、シュートとしては面白くないか、コレ?」と俺。


 インサイドキックとは、使うタイミングもフォームも異なるためにフォームが崩れたりイップスの原因とかにはならないような気がする。


「うーん」こんなもんかなーと優斗。


 確かに経験者だけあって、俺達に比べて優斗のトゥーキックは精度もスピードも1枚も2枚も上だった。


「じゃあ、拓郎君、よろしくやー」と先ほど優斗のシュートをバシバシ止めていた拓郎を指名する。


「オッケー」と拓郎。


 トゥーキックを使ったシュート練習が始まる。


 俺も初めての事なのでちょっと興味津々と言った感じだ。

 すると、優斗はこれまでのようにコースを狙うのではなく、拓郎の股下を狙うようにして、ひざ下だけ動かしてスパンッとボールを蹴る。


「うわっ!?」と声を上げたのは、拓郎ではなく、順平。


「順平、どうした?」と司。


 順平は辛うじて、優斗の蹴ったボールを足でブロックしたのだが、甘々のコースだったので普段の順平なら楽々キャッチしている。


「なに、これ、見えずらいし取りずらい」と順平。


「見えずらいって?」と司。


「取りずらい?」と俺。


「優斗が拓郎の股下狙ってんのは分かってるんだけど、モーションが小っちゃいからタイミングが全然わからん」と首振りながら順平。


「拓郎の方はどうだった?」と司。


「まあ、股を狙ってるのは分かってたけど、思った以上に動作が速くって抜かれちゃったー」と悔しそう。


「トゥーキックが来ると分かっててそれだったら、インサイドとどっちが来る変わんなかったらどうよ」と健斗。


「あっ……」と拓郎。


「こりゃ……結構」と俺。


「使えるかもな」と司。


「面白いっちゃあ、面白いな」と健斗。


「あの距離、トゥーキックで蹴って来るFWなんてなかなかいないし」


「もうちょっと、何度かやってみろよ」と司。


「オッケー」と拓郎と優斗。


 すると、何度かやっているうちに、トゥーキックでシュートを決めれるようになってきた優斗。


「じゃあ、試しに、インサイドのキックも混ぜて蹴ってみろよ」と司。


「オッケーやで」と優斗。


「まっじでー」と拓郎。


 すると、これまで止めていたインサイドキックでのシュートも決まるようになってきた。


「どうした、拓郎」と拓郎を呼んで聞いてみる。


「タイミングが取れなくなったー」と拓郎。


 話を聞いてみると、優斗のシュートを止める時、あらかじめ、動きを見越してブロックしてたのだが、トゥーキックがあると思うと、これまで通りに思い切って飛び込めなくなってしまったそうだ。


「じゃあ、ちょっと、俺にもやらせて見ろよ」と健斗。


 すると、一発目にあっさりと股間を抜かれてしまった。


 今度のリーグ戦、大丈夫か、おまえ。


「いやー、タイミング、取りずらっ!!」と健斗。


 まあ、確かに、トゥーキック使ってくるFWってプロでもなかなかいないからなー。


 なんか、みんな基本に忠実っていうか、トゥーキック=ふざけてるってイメージでもあるのだろうか。


 しかし、シュートのタイミングがワンパターンってばれてしまった優斗にとっては、トゥーキックは特効薬のような効果をもたらした。


「ちょっと、これ、練習してみろよ」と司。


「ああ、わかったで」と優斗もまんざらではない。


 一人ゴール前で首をかしげている順平を見て「どうした、順平」と司。


「いや、これは俺だけの感覚かもしんないけれどさ、シュートって縦軸と横軸ってのがあるんだよ」


「縦軸と横軸!?」


「ふんふん」


「それって、コースの横幅と上下ってことか?」と健斗。


「いや、半分あってるんだけれど、横軸ってのはコース全般の事でその中にはシュートの高さや低さもあるんだけれど、縦軸ってのは時間軸、つまりタイミングなんだよ」と順平。


「あーはいはい、野球で言うところの速球とチェンジアップみたいな?」と俺。


「うん、そうそう。縦軸の……、つまりシュートのタイミングが合うと、横軸つまりコースだな。これがよっぽどいいコース以外は止められるんだよ」と順平。


「ふんふんふん」と俺達。


「ところが、縦軸がズレると……、つまりタイミングがずれるとな、コースをそんなにつかなくてもゴールできちゃうんだよ。ほら、翔太のシュートとかタイミングが取りずらいんだよ」


 うん、分かる分かる。プロの試合でも、ダイレクトと見せかけてのワンバウンドボレーとか、キーパーのタイミングを外すと、結構甘いコースでもゴールになってしまうのをよく見る。


 最近だと前の世界でカタールワールドカップのオーストラリア戦で見せた三笘選手のゴールだ。


 オーストラリアのキーパーの足元にも関わらず、タイミングが取れなくてシュートを決められてしまったな。


「それが、今の優斗のトゥーキックだと、まあ、俺がトゥーキックのシュートを見慣れてないせいかもしれないんだけれど」と順平。


「まあ、フットサル上がりじゃなかったら、みんなトゥーキックのシュートなんて見慣れてないさ」と司。


「これはちょっと面白いかもな」と健斗。


「そ……そうかな?」と優斗は謙遜するが、その表情からは手応えみたいなものを感じた。

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