第142話 Jヴィレッジにようこそ!! その10

 合宿最終日とあって夕食も豪勢だった。


「えー、今日の夕飯は福島牛のすき焼きです。これは俺が協会のお偉いさんにお願いして今回の予算を多めにとって来たからです。では、俺に感謝してから腹いっぱい食べてください」と監督。


 相変わらず訳の分からんおっさんだな。


「うわー、プリプリのぶりぶり、こんなに霜降っちゃってて大丈夫なん?」と同じテーブルにいる堂口君。


「これ、どう考えても、健康的やないやろ」と南君。


 ああ、もっと一杯お話ししたかったのにリバポに移籍したらサイン入りのユニフォーム頂戴ね、タキ君。


「これ、お代わりお貰えるんですか?」と既に一人前をペロリと食べてしまった富安君。食欲半端ねーなー。


 こうしてみると、前の世界では、このままスムーズにフル代表に行った人も、海外に移籍した人もそこかしこにいる。


 やっぱ年代別代表といっても来ているメンツは半端ねーなー。


 はてさて、俺と司はこの世界では一体どこまで行けるのやら。まあ、行けるところまで行きますか。


 俺も司もペロリと福島牛のすき焼きを食べ終えるとお皿を掲げ、「お代わりもらえますかー」と大声を出した。



 腹一杯飯を食った後、この後は消灯時間までひたすら自由時間。てっきりミーティングをゴリゴリするのかと思ったら、意外や意外の緩いスケジュール。


 俺達はミーティングルームとは名ばかりの遊技場で卓球なり将棋なりウイイレなりやりながらおしゃべりに花を咲かせている。


 こういう時でないとなかなか西日本の人たちはお話しできないからね。


 ところで富安君ってもう英語の勉強ってしてるの?


 すると、いつの間にか司の姿が見えなくなっていた。


 あいつ、どこ行ってんだ?もしかしてまた温泉にでも浸かってるんじゃねーか?生粋の風呂好きだからなー。と、そんなことを思っていたら、司がやって来た。


「どこいってたんだよ、風呂か?」


「んなわけねーだろ、監督に呼ばれてたんだよ」と司。


 一瞬、ざわっとなるミーティングルーム。


「えっ、なに、個別に監督から呼ばれるの?」と翔馬君。


「えっ、それって、選考に関係あるの?」と数馬君。


「ああ、いや、怪我、大丈夫だったか?って」そう言うと足首をクニクニ回す司。「あっ、あと、クラブの事とかもなんか聞かれたなー」

「ほほーう」と司がなんで呼ばれたのか気になってしょうがない皆さん。


 すると、「そういや神児、お前も監督呼んでたぞ、さっさと監督室に行ってこい」と司。


「えええー、今日の試合の事ならあんまり良さそうなことじゃないなー」俺は岩山さんに、ちょっと待っててとお願いして将棋を一旦中止する。

 

 ちなみにここまで三勝三敗の五分でなかなか実力が伯仲しているのです。

 

 ミーティングルームから少し離れたスタッフルームのドアの前に来ると、俺は恐る恐ると言った感じでノックをする。


 コンコンコン、「すいません、鳴瀬です」


「おう、入れ」と監督。


「失礼しまーす」と中に入ると、監督とコーチのほかにスタッフの人も何人かいた。


 えーっと何かの面接かなんかですか?


「まあ緊張すんな、ちょっとここのスタッフさん達がちょっと聞きたいことがあるんだってさ」と監督。


 なっ、なんですか、聞きたいことって。別に俺、悪いことやってませんよ。


 すると、眼鏡をかけたスタッフのお姉さん。


「えーっと鳴瀬君だっけ、私、トレーニング担当の高下っていうんだけれど、鳴瀬君普段どんなトレーニングしてるの?」と興味津々の顔で聞いてくる。


「えーっと、クラブの練習と、あと、部活にも顔を出して練習してますね」


「それだけ?」


「それだけと言いますと?」


「いやー、鳴瀬君の数値、一人だけ飛び抜けてるんだよね、特に持久系の数値が……心拍なんかも全然上がらないし」


「あー確かに、こいつがへばったところ見たことないなー」と監督。


「あっ……ああ、もしかしたら、北里君のお父さんと一緒にロードバイクで心拍計トレーニングしてるからですかねー」


「……えっ、心拍計トレーニングなんかやってるの?」と驚いた顔をするコーチ陣。


「はい、去年の冬休みからだからまだ1年たってませんけれど……」


「えーっと……どのくらい?」


「週三から週五で週平均200㌔くらい……かな?」


 途端にざわざわとざわつき始める。


「えーっとそんなにトレーニングして疲れ溜まらない?」


「いやー、自転車でそんなに疲れ溜まるってことはないですね。あとはプールで泳いでます。だいたい5㌔から10㌔くらい」


「……すごいね」


「……そうですか?」


「なるほどねー、そりゃこれだけ徹底的に呼吸器系のトレーニングしてたならこの数値も納得できるわ」


 そういうと、初日にもらった俺の体力測定の紙を見てうなずいている。


 そういや俺だけ何回も心拍計を付けられてランニングマシーンで走らされたっけ。


「じゃあ、まあ、この話はここで終わりなんだけれどさ」と監督。

「はあー」


「ぶっちゃけ、青森大山田がラフプレイやって来た時、お前もやり返したじゃん」

「えーっと、何のことですか?」


 ヤバイ、ここは、知らばっくれるに限る。

「まあ、その事でとやかく言うつもりはないから安心しとけ。で、俺が聞きたいのは、あれでもお前、手加減してたよな?」と監督。


 ヤッバ、この人どこまで分かってるんだろう。


「さ、さあ、どうですかねー、よく覚えてません」そう言って監督の目を見てにっこり。


「うーん」そう言って腕を組んで考える。


「正直言ってさ、お前と北里の事、妙に興味があるんだよ。俺」


「……ありがとうございます」


 うん、これであってんだよね。


「あ、いやいや。まあ、ともかく、いきなりここに来て急に代表に選ばれてたし、その前のU-12のトレセンの時には名前全く挙がって無かったろ。それに運動能力の数値が妙にお前ら二人だけ高かったり、俺が知らないようなトレーニングを二人でやり始めたり…………ぶっちゃけ、お前らのやってたラインコントロールのトレーニング、俺がこの前、ドイツに研修行ってた時のやり方にそっくり、というか、それよりもさらに洗練されてたんだけれど……お前ら、一体、何物!?!?」


 すると、そこの部屋にいたスタッフの人たちもうんうんと頷く。


 えーっと、えーっと、えーっと、ヤバイ、まあ、もっとも14年後の未来からやって来ましたーといっても誰も信じてはくれないし下手したら病院に連れてかれてしまう。


 俺はあらかじめ用意していた苦しい言い訳として、「あのー、実は、小学生の時にお世話になっていたコーチが、ドイツのドルトムントのユースのコーチをしてましてー」とクライマーさんのことを少し盛って話す。


「ドルトムントってあのドルトムント?」


「はい、ブンデスリーグの90年代にCL取った時のスタッフだったそうです」とふかしを入れる俺。


「へー、よく、まあ、そんなすごい人が近所にいたねー」と監督。


「ええ、なんか、プロテスタントの牧師さんで本業がそっちの方で、そのあと日本にずーっと住んでるみたいです」


「ふーん、よかったら、今度ちょっと紹介してもらえないかなー」と監督。


 まあ、確かにドルトムントのユースのスタッフしてたと言ったら、サッカー関係者なら興味も沸くだろう。


「はい、わかりました」と俺が言うと、


「ん、ありがとう、じゃあ、もう帰っていいぞ」と、監督。


「えーっと、もういいですか?」


「おう、ご苦労さん」


「あ、じゃあ、どうも」

 俺はそう言ってそそくさと帰ろうとしたら、


「あっ、ちょっと、待って」と呼び止められてしまった。


「えーっと、まだ、なんか用ですか」

 俺は恐る恐る振り返る。


「悪いんだけれど、部屋に戻ったら岩山呼んできてくんない?」と監督。

「あっ、はい、分かりましたー」


 俺はそう言って、そそくさと監督室を後にした。

 

 ミーティングルームに戻ると岩山さんが慣れない手つきで卓球をしてた。うん微笑ましい。


 すると途端に、「何の話したの、何の話したの」と俺の周りにみんなが集まって来る。


 とりあえず、その前に、

「えーっと、岩山さん、監督が呼んでましたよー」と忘れないうちに用件を伝える。


 カターンとラケットを落とすと「えええー」ととっても嫌な顔をする岩山さん。


 どうぞ頑張って行ってらっしゃい。


 ひと通りみんなの質問に答えると、岩山さんが行ってしまい手持ち無沙汰になってしまった俺。


 ふと、卓球台を見ると山下君達が卓球をしていた。

 よし、チャンスだ、しっかり交友と深めよう。


「数馬君、翔馬君、よかったら一緒に卓球しない?」

「えええー」と数馬君。


「ひどいことしない?」と翔馬君。

 二人して俺のことを怯えた顔で見る。

 

 ああ、また距離が広がってしまったみたいだ。



 消灯時間になってベッドに入る。


 ああ、このふかふかのベッドとも今日でお別れかと思うと寂しくなる。


 すると、司、「なあ、神児、ちょっといいか?」


「なんだよ司」


「お前、監督と何話した?」


「ああ、トレーニングの事と俺の体力の数値の事。おまえは?」


「ああー、やっぱりな。俺は今のポジションの事」


「へー、なんて?」


「なんで、トップ下やフォワードやらないんだって」


「まあ、確かになー」


「で、なんて言ったの?」


「クラブで言っている事と一緒だよ」


「他には?」


「あー、あと、妙にポジションの位置どりに付いて興味深く聞いてきたな、監督」


「ポジション取りの事か?」


「ああ、俺の偽サイドバックの立ち位置、妙に気になってたらしい」


「そりゃ、戦術に興味がある人だったら気になるだろ。お前のポジション」


「それとお前の事も気にしてたぞ?」


「俺の事?何?」


「お前ら二人、あのゲームで何をしたんだって」


「何ってなー」


「絶妙のバランスだよな、お前らってちょっと驚いてた」


 まあ、確かに暇さえあったらお互いのポジショニングに付いて話し合ってるからなー。


 確かにこの年代でここまでポジションに付いて話し合っている選手なんていないか。


「代表に選ばれたいなー」と俺。


「代表に選ばれたいなー」と司。



「なあ、知ってたか、8月の東アジア選手権、ここでやるんだって」


「ああ、また、このホテルで泊まりたいなー」



「ベッドもふかふかだしなー」


「風呂も最高だしなー」



「サウナもよかったし」


「あれ、お前いつサウナに行ったのよ?」



「ああ、お前が監督に呼ばれた時だよ」


「あー、あんときかー」



「どうだった?」


「……ひろかった」



「温度は?」


「熱かった」



「なんだそりゃ?」


「………………」



「あれ?司?」


「……………」



「なんだ、寝ちまったのか?」


「……………」



「……おやすみ」


「……………」



「代表、行こうな」


「…………ああ」





「………………………」


「ありがとな、神児」

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