第141話 Jヴィレッジにようこそ!! その9

 青森大山田のキックオフで試合が再開する。


 そして俺はそのまま柴崎さんのマークに付く。


 すると、「鳴瀬君だっけ、君、怖いね」と柴崎さん。


「えっ、なんのことですか?」と俺。


「あれでも、まだ手加減してたんでしょ」と図星を付く柴崎さん。


「……何のことかよくわかりません」


「まあ、後であいつらにも言っとくよ。あいつら勝つためにはちょっと見境ない所があるからね。悪かったね」と柴崎さん。


「そりゃ、どうも」と言ったところで柴崎さんの足元にボールが入る。


 俺は柴崎さんと対峙する。腰を下ろしてルックアップする。


 ドリブルでガツガツ抜いてくることは無いが、とどめの一刺しのようなスルーパスがこの人の持ち味だ。


 最悪でもコースを限定させなければ。


 すると、柴崎さんはワンフェイクを入れて上がって来たサイドバックにボールを預ける。それと一緒に柴崎さんも上がる。


 この世代最強のミドルシューターと言っても過言では無い。一瞬でも気を抜いたら、マークを外されシュートを決められてしまう。丁寧に、そして辛抱強くマークを続ける。


 何回か振り切られてスルーパスを通されるが、青森大山田の選手も疲労からか効果的な攻撃が出来なくなってきた。


 柴崎さんも考えてみれば、今日3本目、既に100分以上ピッチに立っているのだ。


 すると、柴崎さんは足元に入ったボールをフリックして、一気にゴールに向かって走り出す。


 予想外のプレーに、俺は一瞬後手を踏んでしまい、一歩遅れてしまった。


 ワンツーで戻ってきたボールをダイレクトで、ゴール手前30mから渾身のミドルシュートを放つ柴崎さん。


 この時間帯にまだこれだけの体力があったのか。


 しかしすんでのところでクロスバーを叩くとボールはゴール裏へと飛んでいく。


 あああーと青森大山田の選手からため息が聞こえた。


「あー、ちょっと抑えがきかなくなっちゃったなー」と柴崎さん。そして「楽しかったよ、鳴瀬君」と。


 柴崎さんはそう言うと、ベンチに向かって交代のサインを出した。


 見ると柴崎さんは足をひょこひょこと引きずっている。


 足が攣ってしまったのか、それともどこか痛めてしまったのか、ともかく大した怪我ではないことを俺は祈った。


 柴崎さんが居なくなると、やはり青森大山田の攻撃力はあからさまに下がる。


 守備力の強度は相変わらずなのだが、攻撃のビルトアップとなるとやはり柴崎さんがいるといないでは大違いだった。一瞬で急所を突くような怖さがまったく無くなったのだ。


 柴崎さんのマーカーの役割を終えた俺は、室田さんに変わり右サイドを縦横無尽に走り続ける。


 おかげさまでまだまだスタミナは有り余っているようだ。


 すると先ほどのフリーキックで得点したこともあり、警戒した青森大山田は俺のいる右サイドに人数を割くようになってきた。


 その瞬間を司は見逃さなかった。


 バランスの崩れた左サイドをファルソラテラル(偽サイドバック)の司はスルスルとペナルティーエリア内に侵入すると、青森大山田の一瞬の隙を突き、左斜め45度からの目の覚めるようなシュートを放った。


 ボールは美しい弧を描きゴール右隅に突き刺させる。


 仕留める時に確実に決める。北里司の真骨頂だった。


 スコアが3-1になるとあとはゲームを締めに掛かる。


 リスクを背負わず、相手サイドでボールをキープする。


 幸いなことに、既に青森大山田の足は止まってしまった。


 そしてそのままタイムアップ。最後の最後でU-15日本代表は青森大山田セカンドに雪辱を果たすことが出来たのだ。


 もっとも、フェアな条件とは到底言い難いのだが…………


 互いに握手をして健闘を称え合う。


 こうして対峙してみてみるとやはり明らかに相手の方が体格が一回りも二回りも大きい。


 しかし監督もよくこんなおっかないチームを用意したもんだ。大体U-17のキャプテンが来るとか反則でしょ。


 試合が終わると、監督が全員を集めて軽いミーティング。

 

予定よりも時間が早かったが、U-15ナショナルトレーニングセンター選抜合宿のスケジュールは終了した。


 監督はゆっくり風呂に入ってしっかり飯を食って体を休めておけと言われてしまった。

 

 そういや、明日も学校休みだったんだよなラッキー♪


 俺達は予定よりものんびりと風呂に浸かる。とにかくここの大浴場の展望が素晴らしいのだ。温泉の質もいいし、サッカーをしなくて旅行で来たとしても十分に楽しめる。


 俺は露天風呂に入りながら司と話す。


「削られた足は大丈夫か?」


 すると、司は湯船から右足を出して見せてくれた。


「おかげさまで、打撲とかにはなってないが、スパイクでちょっと切れちゃったな」


 と、くるぶしの下にうっすらと皮が削れたのが見れる。


「まあ、サッカーやってりゃ、このくらいの傷ふつうだろ」と司。


「そうか…………よかった」


「心配し過ぎだ」


「……そうだな」


 俺はそう言うと司から目を背ける。視線の先には雄大な太平洋が広がっていた。

 

 目を閉じると、今日の試合で青森大山田の選手にバックチャージされた司の姿が浮かんでくる。


「前の世界では15歳の時だったな」

 俺は司に言った。


「ああ、そうだな、でも、もう遠い昔だ」

 司は達観したように言う。


「遠い、昔か…………」

 

 前の世界で、司は、俺の目の前でフットボーラーとしての生命を絶たれた。


 その日、膝の怪我からの長いリハビリを終え、やっとの思いで司は練習試合に復帰したのだ。


 チームのみんなも喜んでいた。


 司が戻って来たのだ。またあのプレイを目の前で見ることが出来るのだ……と。


 悲劇は後半早々に起きた。


 久しぶりにピッチに戻ってきた司はこれまでのうっ憤を晴らすかのようにピッチの上で躍動した。


 司にボールを集めれば、必ずと言っていい程に点に結び付いた。


 相手のチーム名はもう覚えていない。


 たしか、二部か三部のクラブチームとの練習試合だった。


 そんなに本気を出して戦う相手でもなかったのだ。


 それでも、司は久しぶりに何不自由なくボールを触れることに心の底から喜んでいた。


 相手のチームも俺たちに全く歯が立たなく焦っていたのだろう。


 スコアは前半だけで10点近く取っていた。もう正確な得点すら覚えてなかった。


 本来ならここまで得点差が開いていたら少しはペースを押さえなければならなかったのかもしれない。


 しかし、久しぶりにピッチの上でプレイできたことに司も、そして俺達もその喜びに浸りそして浮かれていた。


 司といれば、こいつと一緒にプレイをできれば、きっと俺達はどこまでだって行けると思っていた。


 そんなことを思ったのも束の間、きっとまともにスライディングの練習すらやったことのない奴だったのだろう。


 大差をつけられ挙句、全く相手にもされなかった相手のディフェンダーが、司の死角から司を壊すためだけに削りに来たのだ。


 しかも芝生の上でスライディングをやり慣れていなかったのも悪い方向に出た。


 思った以上の勢いで司の足にカニばさみのように絡まると、司の右足のアキレス腱がブツリと音を立てて切れたのだ。


 人の靭帯の切れる音とはこんなにも大きいものだと俺はその時初めて知ったんだ。


 司も怪我に慣れていたせいか、自分の身に何が起こったのか理解するのも早かった。


「俺の足ー、俺の足ー」そう言いながらゴロゴロとピッチの上にのたうち回る司を、俺はただ見続ける事しかできなかった。


 力無くぐにゃりと曲がった司の足首。


 俺は自分の怪我以上に、一生あの光景を忘れることは無いだろう。


 でも、そりゃそうだろうな。


 自分も膝をやった時、あまりの痛さに目を瞑ってしまい何が起きたかなんてわからなかったのだから。


 もしかしたら、司も未だに、あの瞬間、自分に何が起こったのかを知らないのかもしれない。


 もっとも知ろうとも思わないだろうが……


 ただ、俺だけがその一部始終を見ていたのだ。


 一人のフットボーラーの命が潰えたその瞬間を……

 

 俺は未だに夢に見る。


 自分が怪我をした瞬間でなく、司が怪我をした瞬間をだ。


 そして……再び長いリハビリを終え、司が悲しそうに「俺の右足、こんなんなっちゃったよ」と俺に教えてくれた時のことをだ。


 痛々しい手術の跡、再建した腱はもう二度と元のようには動かなかった。


 あの美しい軌道を描くシュートも、もう二度と打てなくなってしまった。


 正確無比なインサイドキックも、ひとをあざ笑うかのような華麗なフェイントも、フットボーラーとしての司の全てを、あのケガが奪ってしまったという事を、俺は何度も何度も繰り返し夢に見る。

 

 自分の怪我の事は全く見ないのに不思議なもんだ。

 

 俺は未だに後悔している。


 俺だったら、あそこにいた俺だったらもしかしたらあの怪我を防げたのではないのかと。

 

 確かに前半早々から実力ではかなわないと思ったのか、相手チームのプレーが徐々に荒くなってきていた。


 練習試合だからと審判もファールを流し気味になって来ていた。


 ならばと俺達もと、意固地になって相手をテクニックで圧倒しようとしてた。


 今思えば、何故、あの時、相手に警告の一つでも与えられなかったのか。


 何故、同じ様なプレイをして相手を威嚇する事をしなかったのか。


 もしかしたら、その後のプレーの予防になったのではないか。


 たしかに、同じことを繰り返せば、報復と受け取られ、ますます状況がエスカレートすることもあるだろう。


 でも、既に、俺達にとっての最悪は起きてしまったのだ。


 ならば、報復と捕らえられようが、司の身だけは守ることが出来たのでは無いのだろうか。


 俺は司にはこのことは一言もいってない。


 でも俺は、このことをあの日から考えなかったことは一日たりとも無い。


 なあ、司、俺はあの時どうすればよかったのかな…… 


 そして、俺はこれからどうすればいいのかな…………


 そんな事を思っていたら、


「なーに、やってんの!?」と翔太が俺たちの入っていた露天風呂に飛び込んできた。


 風呂の飛沫が俺達にかかり、司も俺も翔太のその行動に思わず目をパチクリさせ驚く。

 

 ああ、ありがとう、翔太。お前がいてくれて救われたよ。


 ところでお前、まだ生えないの? 

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