第138話 Jヴィレッジにようこそ!! その6

 柴崎学、青森県出身、プロサッカー選手、日本代表。青森大山田高校に入学すると、高校1年生にしてチームの司令塔を任され背番号10番を背負う。


 2009年、第88回全国高等学校サッカー選手権大会にて準優勝、高校2年生にして鹿島アンタレスと仮契約を結ぶ。


 高卒1年目にしてトップチームに昇格すると、翌年からレギュラーとして定着。


 2016年、Jリーグ、天皇杯、2011,12,15年Jリーグカップなど数々のタイトル取得に貢献する。


 なかでも、2016年に日本で開催されたクラブワールドカップでは、史上初のアジアのクラブが準決勝で南米代表のクラブに勝利するという快挙を成し遂げると、決勝ではレアル・マドリードから2得点を奪う活躍を見せ、その年、スペインリーグに移籍する。


 運動量豊富なゲームメイカーであり、試合の流れや状況に応じて自らの判断で長短のパスを調整し、遅攻か速攻かを方向付けて攻撃をコントロールするレジスタ(司令塔)タイプ。


 攻撃的なセンスはすばらしく、周囲と連係して決定的な仕事ができる。


 2018年ロシアワールドカップにおいても決勝トーナメント1回戦の対ベルギー戦で原口元気へのスルーパスは日本国民の記憶に深く刻まれている。


 元日本代表10番の 名波浩は「ボランチでありながら2列目もできる、パス精度やゲームの流れを読む力に長けており、キックの質、とりわけインサイドキックはパーフェクト」と評している。


 つまり、控えめに言って化け物。現U-17日本代表キャプテン。


 それが今、俺たちの目の前にいる柴崎学というフットボーラーだ。


 予想外の2失点のせいか、憤怒で顔を真っ赤に染め上げ不動明王のように仁王立ちしている。


 青森大山田セカンドのリスタートで試合が始まると、地獄の釜の蓋が開いた。

 

 最初の犠牲者はボランチで6番の岸辺さん。


 ガッ君からのハイボールを青森大山田のFWと競り合うと、フィジカルに物を言わせて吹っ飛ばされ、激しくピッチに叩きつけられ悶絶している。


 すぐさま控えのボランチがピッチに入る。


 青森大山田のフィジカルプレーに警戒し出足の鈍ったU-15日本代表DFラインを柴崎学のスルーパスがズタズタに切り裂いていく。


 ラインを上げたくても全く上げられない。その上、セカンドボールをことごとく拾われると、23分過ぎ、本日2本目の柴崎学のミドルシュートがU-15日本代表のゴールネットに突き刺さった。


 柴崎をフリーにしておけないとマークが付くと、今度はそのギャップを狙って槍のようなスルーパスを次々と通してくる。


 28分、35分、そして38分に柴崎の崩しから青森大山田が追加点を上げる。


 スルーパスを警戒してラインを下げるとミドルを打たれ、ミドルを警戒してラインを上げるとスルーパスを通される。典型的な悪循環の繰り返しだ。


 そうしてU-15日本代表対青森大山田セカンドの2本目は7-2のスコアで終わった。


 何のことは無い、1本目と同じ5点差の敗北だ。


 しかし、柴崎学の本気だけは引き出すことに成功した。


 これが青森大山田セカンドの本気なのだ。


 そして、3本目、青森大山田は柴崎学を引っこめると、次々と主力の選手も引き上げ始めた。


 それでも、技術はともかく、フィジカルとインテンシティーの差は埋めがたく、結局3本目も3-0でU-15の敗戦となった。

 


 死屍累々と言った感じでクラブハウスに引き上げてくるU-15代表。高柳監督の表情も冴えない。


 予定ではこの後テストマッチのミーティングとなっているが、この状況で一体何を話し合えばよいのか全く見当がつかない。


 おそらくここにいる誰もがこれまでの人生でこれほどの敗北を味わったことが無いのだろう。


 憔悴しきった顔でお互いがお互いの様子を伺っている。


 と、そこで、高柳監督がマイクを取った。


「いやー、強えーなー、青森大山田セカンド、こんなに強いとは正直思わなかったわ」とケラケラと笑いだす。


 オイッ!!!


 さすがにコーチも言葉が過ぎると思ったのか、「監督、何、言ってんですか!!」と。


「いやー、この合宿に入る前、財前さんが……あっ、U-17の監督な、その財前さんが、サプライズ用意しておくからって、まさか、現役バリバリのU-17のキャプテン連れてくるとはおもわなんだ」そういうとまたケラケラと笑いだす。


 監督につられて、思わず俺達もヘラヘラと笑いだす。


 負けに慣れていない俺達がギリギリのところでプライドを保つには情けないがそうするしかなかったのだ。


 すると、高柳監督「どうする、向こうの監督に明日、柴崎を出さないで下さいとお願いするか?それとももう少し手を抜いて欲しいって言っとく?」


 途端にガタッと岩山さんが椅子から立ち上がる。


 怒りと屈辱で顔が真っ赤になっている。ギリギリのところで感情を抑制させているのだろう。


「大丈夫です、監督。あちらさんには3本目みたいに手を抜かないでくださいとだけ言っておいて下さい」と歯をギリギリと食いしばりながら言った。


 青森大山田に好き勝手にやられたDF陣も、本気の青森大山田から全く相手にされなかった攻撃陣も歯をギリギリと噛みしめる。


 すると司が手を上げる。


「んっ?どうした、北里」


 司は周囲を見渡してから、


「すいません、青森大山田をDF4枚で止めるのは厳しいです。5バックにしてもいいですか?」と。


「んー……まぁ、いいぞ、ディフェンス陣と話し合ってオッケーならな」


 そういうと岩山さんや富安君の顔を見る。


 こっくりと頷く司。


「あと、すいません、今日の試合のビデオって今すぐ見れますか?」


「うん、もちろん、見る?」

「はい」


「じゃあ、今から明日の作戦会議開いていいですか?」

「もちろん」


 すると全員がモニターの前に陣取ると、今日の試合のVTRを見始めた。



「なあ、北里君、DFライン、メンバーはどうするんだ?」と岩山さん。


「左から俺、板谷さん、岩山さん、富安君、室田さんでどうですか?」と司。


「一番右は鳴瀬じゃなくっていいのかよ?その方が慣れているだろう」と岩山さん。


 そうそう、俺じゃなくっていいの?司。


「はい」と司。そして、「神児には柴崎さんのマンマークに付いてもらいます」と。


 なるほど、確かにガッ君、クラブでも代表でも激しいマンマークが付くと消えがちだもんなー。


 まあ、これは俺達が前の世界でいやってほど柴崎学の試合を見てるから言えるんだけれどね。


「なるほど、で、前線はどうするんだ?」


「翔太が左でトップが南さんそして右が堂口さんでどうですか?」


 今日の3本目に出場した南さんと堂口さん。まさか、この時代から三銃士がそろい踏みだなんて驚いた。


 実際に南さんも堂口さんも三本目ではいいところまで行ったんだけれど点を取るまでには至らなかった。


「で、このメンバーで行くのは何本目にするんだよ」と岩山さん。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664161149773


「最後の6本目にしましょう。何勝しようが、最後に負けたら台無しじゃないですか」


 司はそう言うと、とってもイジワルそうな顔でニヤリと笑った。

 

 そういうところだぞ、お前が前の世界で敵を作って足削られたりしたのは。

 

 結局その日は、卓球も将棋もウイイレも無しで自由時間もひたすら明日の対青森大山田セカンドの作戦会議をやり続けた。

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