第121話 フットボーラー補完計画 その1
「もっと速く!!」
「はい」
「もっと正確に!!」
「はい」
「トラップが浮いたぞ!」
「はい」
「パスがズレてる!!」
「はい」
今日は月曜日、クラブは昨日の鹿島との試合で完全オフ日となっている。
俺と司は部活の方に顔を出すと、優斗のたってのお願いということで特訓をすることになった。
チームのみんなも優斗がどんなプレイを得意とするフットボーラーなのか興味があったので、とりあえず、紅白戦でのミニゲームをすることとなった。
優斗は左のフォワードに入ると司と同じチーム。
俺は優斗に対面するためにクラブと同じ右サイドで観察する。
10分ほどのミニゲームを終えて自分のプレイの感想を聞きに来た優斗。
シュートは何本か決めたのだが、浮かない顔の司を見てちょっと自信がなさそうだ。
「司君、僕のプレーどうやった?」優斗は恐る恐る聞いてくる。
「判断が遅い」一刀両断の司。反論も無くうなだれるところを見るとどうやら優斗自身にも自覚はあるようだ。
「神児君はどうやった?」と何とか気を取り直して聞いてくる優斗に俺は心を鬼にして、優斗に告げる。
「プレーが雑」
だってしょうがないじゃないか、楽しむサッカーではなくプロになるためのサッカーなのだから、こんなところで気を使っていてはしようがない。
すると司が口を開く。
「確かに、エラシコやルーレットのテクニックはすごいけれど、出すタイミングが違う。
簡単にボールをはたけばいいところでこねくり回して時間を使って、その挙句DFが戻って来たんじゃ意味がないだろ。
少なくとも俺には2回、竹原さんには3回、フリーでボールを出すタイミングが合ったのに、見えているのか見えてないのかわからないが、お前はボールを出さなかった。
そのうえ、自分が選択肢に困った時だけ苦し紛れにパスしている。
フットボールは点を取るスポーツだ。お前の判断は点を取るためのベストだったのか?」
と手厳しい司。
相変わらず聞いていてキンタマがヒュンとなる司の指摘。
もう少しさ、言われる側の立場に寄り添ってもいいんじゃないですか、上司?
と前の世界から圧倒的に司に言われる立場側だった俺が思う。
「ははは……返す言葉もないわ」とがっくりとうなだれる優斗。
「ディフェンスしてみて神児はどうだった?」と司。
んじゃ、俺も忖度無しってことで、
「正直、中さえ切っておけば怖くは無かった。縦のスピードもそれほどだし、ワンツーのパスの精度が無いな。
そもそもインサイドのパスが雑過ぎる。あれじゃあ、パスを出された方も困るだろ。
ただし、そこら辺の課題は意識して練習すればどうにかなるから、とりあえず、そこを直してからかな。どうこう言うのは」と俺。
その言葉に一瞬の光明を見出したのか、「だったら、すぐにそこ直すから、僕を特訓してくれへんか?」と優斗。
ではそういう事ならと、俺と司で話し合って優斗の個人レッスンをこの場でする事となった。
では、丁寧なパスとはどういうものか、まず優斗自身に体験してもらおう。
「ゴール前で1対2をするぞ、優斗が左斜めからペナルティーエリアに侵入して中で張っている俺にパスを出しワンツーで抜け出す。ディフェンスは神児」と司
ペナルティーエリアの左端に俺は立つと、優斗が俺に向かって斜めに走って来る。
そして俺が突っかける前に、優斗が中で張っている司にパスを出し、ワンツーで縦に抜ける。
優斗が左足でトラップをしてゴールラインぎりぎりから折り返す。典型的なフォワードに求められるプレイだ。
すると、プレーが終わった直後、トラップした左足とその付近を交互に眺める。
「分かったか、優斗」と司。
「な……なんや、今のパスは」驚いた顔の優斗。
「しっかりとバックスピンをかけたインサイドキックだ。そしてこれが俺たちが求めている〝精度″って奴だ」と司。
完璧なコースとスピードと回転。
これまで受けたことのないような極上のパスを体感してごくりと唾を飲む優斗。
「これが……そうなんや……」
優斗はあらためて今のパスを記憶の中で反芻する。
「でも、お前のパスは本当にひどいなー」と司。
「えっ、えっと……」言葉にならない優斗。
「変な回転はかかってるわ、バウンドはするわ、受け手の事何にも考えてねーじゃねーか。
お前のクソみたいなパスを正確にトラップするために俺は最後まで足元から目を切れないんだよ。それどういう意味か分かるか?優斗」
「正確にパスが出せなくなる……?」と恐る恐る優斗。
既に鬼のコーチモードに入っている司。
「それも、答えのうちの一つ。一番大事なのはルックアップが出来ないってことだ。ルックアップが出来なくなるとどうなる?」
「周りが見えなくなる」
「そう、周りが見えなくなるとどうなる」
「判断が遅れる」
「わかってんじゃん。つまりお前がプレーに関わると、みんなの判断が遅れるんだよ」と司。
衝撃の事実を突きつけられ二の句が継げない優斗。
そこまで言わなくてもいいんじゃないの、司君。相手はまだ13歳の子供だぞ。
すると……「ちょっと、拓郎、優斗と同じことやってくれ」と司は拓郎を指名する。
「ぼくー?」と自分のことを指さす拓郎。
自分には全く関係のない話だと思い、のんきにポカリを飲んでいたところをいきなり司に指名された。
「えーっと、神児に向かってドリブルして司に返せばいいんだよね」
「おうよ」
司にそう言われて、優斗が今やったプレーを繰り返す。
すると、俺に向かってドリブルをしながら司にバックスピンのかかったきれいなインサイドキックで折り返すと、ワンツーで抜け出し、ゴールライン手前で折り返す。
ピンボールのように小気味よくボールが行き来する。
「どうだ、優斗」
自分の課題を目の前に突き付けられた。ぐうの音も出ない。
「うちの部員はこのレベルのパス交換はみんなできる。一応、これでも、小六の夏に東京都の決勝まで行ったメンバーだからな」と司。
「いやー、照れるなー」と頭をかく拓郎。
「まあ、中学に入ってからは怠けていてそれほどだけど」とちゃんと釘を刺すのも忘れてない。
お前が言うかと、驚いた顔でこちらを見る拓郎。自身が半年以上引きこもりをしていたのをすっかりと忘れているみたいだ。
「それから、折り返すとき、拓郎は顔を上げていたけれど、優斗、お前は最後まで足元見てたよな。それでどうやってフォワードに合わせるんだ?」
司は理詰めでどんどん優斗を追い詰めていく。あんまり詰めると泣いちゃうぞ、優斗のやつ。
「ぼ、ぼく、何したらええんや」と優斗は乞うように司に聞く。
まず、左右のインサイドキックを徹底的に見直す。
「翔、マーカー持ってきてくれ」
「はーい」と言って、翔は走り出した。
部活のみんなも、ああ、あれをやるのか、と言った感じ。
一人優斗だけがこれから何をされるのか不安そうだ。
すると、マーカーを持ってきた翔が「L字やるんだよね」と聞いてきた。
「そう、よろしく」司がそう言うと、翔がテキパキ動き、1m四方にマーカー置く。そしてその5m先にも同じようにマーカーを置く。
「じゃあ、優斗、その四角の中に入って」と司が言うと、優斗は四方に置かれたマーカーの中に入る。
すると司もボールを持って優斗の5m先に置かれたマーカーの中に入ると、インサイドでのパス交換を行う。
「マーカーの中でトラップして、俺の方にボールを出す。そう、それでいい」
こんなんでいいの、と言った感じで司に言われたまま、インサイドのパス交換をし続ける優斗。
確かにこれは基本中の基本の練習だ。
「じゃあ、翔、よろしく」
司は優斗とパス交換しながら翔に声を掛けると、優斗の場所から5m離れた右90度にあたる場所に同じようにマーカーを置く。
「わりい、神児、入ってくれ」
「オッケー」
俺は翔が新たに置いたマーカーの中に入る。
「じゃあ、優斗、俺から出したボールを今度は神児に返して」
「はい」と優斗。
司から出されたボールを、右のインサイドでトラップして、ステップを切って体を反転させて俺にボールをパスする。
それを何回か繰り返したのち、
「今度は、それを左右の足を使ってやる。神児、ちょっと優斗にお手本度見せてくれ」
司にそう言われ俺と優斗は場所を交換する。
そして、司から出されたボールを、右のインサイドでトラップすると、ワンアクションで左のインサイドを使って蹴る。
トラップしてから0.3秒以内を目指す。
すると、今度は優斗からボールが返される。
今度は左のインサイドでトラップしたボールを、同じように右のインサイドを使って蹴る。
小気味のいいリズムでボールが行き来する。
ダイレクトではなく確実にそして素早くボールを返す。
優斗も俺のやっているとこを見てすぐに理解できたみたいだ。
「じゃあ、優斗、神児と交代して」
司に言われ、優斗はL字の真ん中に入る。
「これ、正確に蹴れるまで結構時間かかるんだよねー」と拓郎。
「うん、うん、やらされたやらされた」と真人。
「まあ、未だにやってるんだけれどね」と武ちゃん。
「そりゃ、そうだよ、毎日やらなきゃすぐさび付くんだから」と大輔。
そんな声を聞きながら、おぼつかない様子で両足を使ってトラップとキックを繰り返す。
「待っている間もちゃんとステップを切る」と司。
「もっと速く!!」
「はい」
「もっと正確に!!」
「はい」
「トラップが浮いたぞ!」
「はい」
「パスがズレてる!!」
「はい」
北里司のフットボーラー補完計画が始まった。
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