第120話 Football Dream その3
早急に守備の立て直しをはかるアンタレスは苦肉の策として、ビクトリーズのFW三人にマンツーマンのディフェンスを付ける。
しかし、ツインタワーを崩すことはできないために、ボランチと左のサイドバックを付けることにしたのだが……
そんな急場しのぎのディフェンスを我らが悪魔王子、北里司が見逃してくれるはずもなく、フリーになった司から、ピンポイントのクロスが雨あられのように降り注ぐ。
たまらず、司にアンタレスのインサイドハーフが付くと、今度はそのマークを引き連れ相手のスルスルとDFラインに上がっていく司。
気が付くと、鹿島の左サイドは大渋滞を起こしていた。
ここまでお膳立てしてくれるのなら、それを利用しなければ後で司に責められる。
俺はスッカスカになった中盤をボランチの岩崎さんと二人で崩しにかかる。
だが、しつこいくらいにクロスを入れるが、鹿島の二枚の壁は、最後の最後で踏みとどまり、どうにかゴールを死守し続ける。
俺は監督の言葉が脳裏に浮かぶ。「もっと自信を持って、1対1を仕掛けていけ!」
そうだ、岩山さんを抜けば、あとはGKと1対1なんだ。
岩山さんも俺の気配が変わったと感じたのか、これまで以上のタイトなディフェンスを仕掛けてくる。
ここを倒せばそれだけ代表に近づくのだ。
俺はそう考えると、脳みその奥からアドレナリンがドクドクとあふれてくる。
俺はガツガツと体をあてるが、最後の最後で岩山さんを抜ききれない。
何度目のチャレンジになるのだろう、俺は、それまで縦に意識を向け続けた岩山さんに対し、一気に内に切れ込んで見せた。
右足からのクロスを上げ続けたせいだろう。右利きだと勘違いした岩山さんの反応が一瞬遅れる。
すると、目の前にはシュートコースが見えた。
俺は右足を思い切り踏み込むと、本日最初のシュートを鹿島ゴールに叩きこむ。
が、そこはさすがに現U-15代表のCB、岩山さんは今日一番の反応を見せて足を伸ばしてシュートコースを塞ぎに来た。
岩山さんの決死の覚悟も相まってか、俺の蹴ったボールは、ギリギリのところで岩山さんの体でブロックされた。正確に言うと岩山さんの股間だ!!
途端にあたりは水を打ったように静まり返る。
股間を押さえ七転八倒する岩山さん。
武士の情けとばかりに、すぐさまボールをタッチに出す大場さん。
相棒のピンチだと全速力で駆け寄って来る御子柴さん。
大丈夫、大丈夫とやせ我慢をしているが、顔を真っ青にしてどう見てもヤバそうな岩山さん。
自分でやっときながらアレだが、股間がヒュンとなった。
観客席も水を打ったような静けさからどんどんとざわつき始める。
いたたまれない空気の中、一人ピッチの上に立ち尽くす俺。
わざとじゃないんです。ホントだよ。ホントだってばよ!!
「あれ、痛いんだよなー」とか「無理しない方がいいよ」とか岩山さんを心配する声が敵味方から聞こえてくる。
そうこうしているうちに、ピッチの中に担架が担ぎ込まれ運ばれていく岩山さん。
本当に苦しそうだ。どうしよー……
すると、司がやって来て「それは無いわー」とドン引きした様子で一言。
「い、いや、わざとじゃないって」
「当たり前だろ、わざとやってたまるかよ!ってか、相手をリスペクトしなさすぎだろ、どうすんだよ」そういってピッチ脇に運ばれていった岩山さんを横目で見る。
「いやー、えぐいなーお前のシュート。もう練習でも絶対にブロックしたくないわ」と大場さん。
ピッチの脇では四つん這いになって仲間から必死に腰を叩かれている岩山さん。
も、もしかして、めり込んじゃいましたか?
主審も心配そうに様子を聞きに行っている。でも、あの様子だとまたピッチに戻って来そうな感じだ。
いやー、無理しない方がいいですよ。ほんと。
俺だったら、そのまま病院に行くなーと……そんな事を思いながら岩山さんを外に出したままでの試合再開。
一応お約束として、鹿島のGKからボールは帰ってきたが、こっちも岩山さんが戻ってくるまでなんとなく攻めちゃいけない空気。
俺もDFラインに戻ってパス回しに参加していると、なんと岩山さんが気丈にもピッチ脇に立っている。試合に戻る気満々だ。
いや、ホント止めといたほうがいいですって。
選手生命どころか、生殖機能賭けてまでやる試合じゃないですよ。岩山さん。
すると、俺の心配をよそに、大場さんがタッチに蹴り込んだボールを、岩山さんがスローインして試合再開。
しかし、どっちのチームもいったん集中力が切れてしまい間延びしたゲーム展開。
それでも俺は心を鬼にして、ボールをもらうと岩山さん相手に、この試合何度目かのデュエルに挑む……が、先ほどに比べて明らかにキレがない岩山さん。
でも、ピッチに戻って来たのなら手加減はしない。俺は今度は縦に仕掛けると、岩山さんを置き去りにして一気に抜け出すと、ゴールライン手前で急旋回。
角度の無い所からの今日二度目のシュートを打った。
たまらずGKがパンチングで逃げるもゴール前で敵味方入り混じってのピンボール状態。
何とかしてコーナーキックに逃げるアンタレス。
そしてここでアンタレスベンチから無念の選手交代のカードが。
やはり怪我?の影響か満足にプレーが出来なくなってしまった岩山さんの代わりに控えのCBが入って来た。
そして、岩山さんのポジションに御子柴さんが入ると、空いたポジションに控えのCBが入る。
今度は御子柴さんが相手か……確かに後半に入ってからうちの右サイドからの攻撃に苦しんでいる。
俺に御子柴さんが付くのは当然か。
司がボールを持ってコーナーキックのエリアに向かう……と、司は俺に向かってウインクをしてきた。
ここでアレをするのか……確かに交代した直後のCBでは、まだゲームには入り切れていないけれど……
周囲をキョロキョロと見渡すと司のサインに気付いたビクトリーズの選手が俺に目配せする。
そうだ、勝負ごとに同情は禁物なのだ。
司がコーナーアークにボールをセットすると、俺は右サイドから一気に司に向かってダッシュをする。
俺のゴール前を横切る行動にアンタレスDF陣は一瞬マークの受け渡しに混乱する。
そして司のサインに気付いたビクトリーズの選手は、アンタレスのDFを右サイドに誘い込む。
俺はそのまま司のいるコーナーアークに向かうと、司の蹴ったショートコーナーを左足でフリックする。
誰もいないペナルティーエリア左45度の場所にボールはコロコロ転がっていくと、デルピエールゾーンに走り込んだ司は狙いすませてシュートを放つ。
司の右足から放たれたボールは美しい弧を描きゴール右隅に飛んでいくと、必死に飛びつくキーパーの手をすり抜けるようにしてアンタレスゴールに吸い込まれていった……
後半30分、東京ビクトリーズ対鹿島アンタレスのスコアは2-1となった。
その後、DFラインが崩壊したアンタレスを後半35分に綾人さん、そしてアディショナルタイムに翔太が2点目を決め、4-1でビクトリーズが勝利した。
自分でやっときながらアレなのだが、こんなに後味の悪い勝利は初めてだった。
今度の合宿、気まずいなー……
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