第114話 なにわのガウショ その6
グラウンドに戻ると関沢先生をはじめ、サッカー部のみんなも集合していた。
「じゃあ、稲森、自己紹介して」と関沢先生。
「あ、はい」そう言って優斗君はみんなの前に出ると、
「えー、何人かの人にはもう挨拶してますが、あらためて、大阪から来ました稲森優斗いいます。大阪にいた時は大阪府代表でフォワードやってました。八西中のサッカー部では、点をガンガン取っていきたいと思います」
あれ、クラスの時よりも随分とトーンダウンした自己紹介だ。ちょっと罪悪感を覚える今日この頃。
「ニックネームは、なにわのガウショです。ガウショっていうのは」とそこで、翔太が、
「ロナウジーニョの事だよー」と……優斗君より先んじてみんなに説明する。
キッと翔太を睨む優斗君。でも翔太は100%善意でやっている。
「将来の目標は……」
あ、そこはちゃんと言うんだ。と思ったら、いきなり翔太を指さして、
「そこにいる、中島翔太に勝って、代表のレギュラー取ることです!!」とライバル心むき出しの優斗。
「いいぞ、いいぞー」
「よく言ったー」
サッカー部のみんなはやんややんやの大騒ぎ。
「負けねーぞ、このやろー」と鬼気迫る勢いの優斗君。
楽しい部活になりそうだ。
「じゃあ、練習始めるぞー」と右から左に受け流す関沢先生。
ひと月も経つと先生もだんだんと板についてくる。
「じゃあ、アップしとけよー」そう言うと、グラウンドにミニハードルやらマーカーやらを置き始める関沢先生と司。
さあ、今日も地獄が始まるか。
アップも終わりグラウンドの中央に集まるみんな。これから始まるサーキットトレーニングを想像しているのか、みんな既に顔が引きつっている。
もっとも翔太はひとり能天気にニコニコしている。さて、その余裕が最後まで続くのかお手並み拝見だ。
「じゃあ、最初のメニューは、そこのミニハードルの上で両足で左右に10回ジャンプ、終わったら次のミニハードルまで50mダッシュ、そして10回同じようにジャンプ、それが終わったら、スタート位置まで全力で戻ってこい」と関沢先生。
「はーい」と元気溌剌の欠片も無い返事。
すると司が前に出て「この練習の狙いは、ロングカウンターが発動したが、敵のゴール前でDFにボールを取られ、逆カウンターを食らった際に素早くゴール前まで戻るための練習です。
八西中の失点パターンとして、逆カウンターを食らって点を取られることがよくあります。
しっかりとゴール前まで戻り切っていれば点を防げてるシーンも結構ありました。
今日はそこのところの強化を図っていきたいと思います。
ディフェンダーはもちろんのですが、特にフォワード陣、何度か足が止まって戻り切れない場面を見ましたので、しっかりと最後まで走り切る意識を持って取り組んでください。
じゃあ、まず最初に、俺と神児が見本を見せます。じゃあ神児、いいか」
「ういーっす」
司はストップウォッチを持って俺と一緒にミニハードルの上を左右にジャンプする。そして50mダッシュ、また10回ジャンプ、また戻る。
司がストップウォッチを止める。
「うーん、27秒か……」と息をぜぇぜぇさせながら司。
「では、全員30秒以内で5本、出来なかったら倍付けでお願いします」
「ぎゃぁぁぁー」とみんなから絶望的な悲鳴が聞こえてきた。
うーん心地よい。
…………10分後、
最初のトレーニングで屍累々となった八西中サッカー部。拓郎と武ちゃん二人仲良く倍付けのおまけを走っている。
「僕、CBだからそんなに前線いかないのねー」と泣き言を言っているが司の耳には聞こえません。
なにやら、今シーズンはCBも積極的に攻撃参加するサッカーを目指すそうですから……
すると司は、ミニハードルの間に赤いマーカーを一つ置く。
もしかして、今度は距離が短くなるのかな?と希望に満ちた顔になる八西中サッカー部。
マーカーを置き終えると司、
「次に八西中の得点パターンとして、カウンターが発動して一度相手の相手のDFにボールを取られるが、そこでプレスをかけてボールを刈り取り、ショートカウンターで決めるというパターンが多かったです。
ですので先ほどの続きで、10回ジャンプ→50mダッシュ→10回ジャンプ→20mダッシュで戻り、そこからターンして最後にゴールポストにタッチしてください。
帰ってくる時もしっかりと走り切ってくださいね。じゃあ、神児、俺と一緒にタイムを計って」
そういうと、司はストップウォッチを持つ。
「うわ、楽しそー」と翔太。
「えっぐ」と優斗君。
「距離伸びてるじゃねーか」わずかに残った体力で精いっぱいの毒を吐く順平。
そして、残りのサッカー部のみんなは何も言わず、既に目から光が消えていた。
おいおい、まだ練習は始まったばかりだぞー。
…………1時間半後、
グラウンドのど真ん中に屍累々のサッカー部。
最初は余裕の顔を見せていた翔太も目をくるくる回して倒れている。
優斗君は両ひざついてうずくまり、オエッ、オエッとなんだかえずいている。
拓郎は器用にブクブクと泡を吹いている。
おーい、大丈夫かーみんなー。
「って、司、やりすぎだよ」と俺。
「いやー、ちょっと熱が入りすぎちゃったな」と司。
グラウンドの真ん中でのびているみんなに水筒を渡して水分補給を促す俺と司と遥。やっさしー。
「スタミナお化けめ」と拓郎。
「お前らと一緒にするな」と順平。
「救急車呼んで、救急車」と翔。
せっかくみんなのために働いているのに悪態をつかれる俺達。あっ、ちなみに遥は「こんなん、無理無理」と言って、さっさと途中でリタイア。
それもまたよし。
途中でサポートに来てくれた弥生と莉子も「大丈夫、みんなー」と声を掛けてくれている。
…………いつものメンバーでの学校の帰り道、そこに今日は優斗君もいる。どうやら帰る方向が一緒みたいだ。
「優斗君の家もこっちなんだ」と俺。
「まあ、そうなんやけど、その前に妹迎えに学童までいかなあかん」とポケットから地図を見ながら優斗君。
「あ、俺も一緒、一緒」
「えっ、神児君も兄弟おんの?」
「うん、俺も小1の弟、学童に行ってんのよ」
部活の帰りに春樹を迎えに行くのが俺の日課だ。
「あ、そうなんやー、うちも小1の妹がおんねん」と優斗君。
学校の帰り道にある、児童館に寄ると、運動場で春樹たちが元気そうにサッカーをしていた。
「お兄ちゃーん」と俺の事に気が付くと、春樹が手を振りがながら走って来る。
すると、その後ろから「にいちゃん、おそーい」とちょこんと左右におさげ髪を結った女の子も走って来た。
「おー、陽菜(ひな)待たせたなー」と言って近づいてきた陽菜ちゃんを持ち上げるとくるくると回る優斗君。
それだけの事で優斗君の陽菜ちゃんに対する愛情が伝わってくる。
うん、きっと君は妹想いのいい奴なんだね。
ふと、視線を下げると、何も言わず春樹が両手を上げて俺のことをじーっと見ている。
どうやら、俺にも同じことをやれと言いたいらしい。
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