第107話 東京ダービー その2

 今日は久しぶりにベンチからの実況だ。ピッチに立たずにゲームの状況を解説するのは去年の川崎戦以来かな?

 

 というわけで、顔をこわばらせた健斗が司からのパスをぎこちなくトラップする。おいおいおい、大丈夫か健斗。U-15のゲーム初めてじゃないだろう。


 すると、為末さんと大場さんが心配そうに健斗の距離を縮める。


 頼むぞキャプテン、今のワンプレーでさすがに笑ってられなくなったわ。


 と、ウイークポイントだと思われたのか、SC東京の右サイドバックの選手がオーバーラップしてガツガツと健斗に絡んでいく。


 すると健斗も負けずとガツガツと体をぶつけあう。


 よく見りゃ、向こうの右サイドバック、この前のトレセンで司のビブスを引きちぎった代表の6番じゃん。なるほど、健斗と同じで血の気の多そうなやつだ。


 味方にするなら頼もしいが、敵に回すと厄介だな、アレ。


 と、健斗が何とかボールを奪い返すと、前線の思いっきり蹴り込んだ。


 うんうん、いつもの健斗らしい。ちっとは肩の力抜けたかな。


 するとビクトリーズは大場さんを中心に攻撃のビルトアップに掛かる。SC東京はサイド攻撃が売りなだけに、両サイドで、司と室田さんがSC東京の選手とバチバチにやり合っている。


 そうだがんばれ司。サイド攻撃の指し合いで負けちまったら、お前の言っている偽サイドバックなんて絵にかいた餅になっちまうんだからな。


 そもそも、偽サイドバックなんて戦略、そんなに優れてるのならどのチームでも採用するのに実際は限られたチームでしか採用されてない。


 まず、通常のサイド攻撃においてしっかりと1対1で相手サイドを制圧できなければ単に内側にポジションを取っているサイドバックに過ぎないのだ。


 相手チームにサイドを制圧されているのにファルソラテラル(偽サイドバック)もくそも無い。


 実際にマンチェスターCのカンセロも相手チームに強力なサイドバックがいるとそこがウィークポイントになったりするもんな。


 そして今日はサイド攻撃がチームのフィロソフィーになっていた(過去形)SC東京だ。


 偽サイドバックを試すのにはもってこいだ。ガンバレ司、俺がいなくても…………なんか恨めしそうな司の視線がベンチに送られているような気がしないでもない。


 というか、ともかく、東京の右サイドバックをどうにかしなくてはなるまい。


 よかったじゃん、司、トレセンとここで一週間に二回も代表のサイドバックとデュエルが出来るだなんて、うやらましい。あ、マジよマジマジ。


 司も縦に行こうとしても右ハーフと右サイドバックが、内に切れ込もうとしてもそこにはセントラルのハーフがいる。なんだか窮屈そうだ。


 一気にサイドチェンジをしようとしても、まだ高田さんとの息がうまくあってない。


 3-4-3と4-4-2の戦いはお互いがお互いの良い所をつぶし合ってしまうのだ。


 そうなってくると、局面を打開するには圧倒的な個に頼ってバランスを崩すのが一番だ。というわけで、頼んだぞ翔太。


 司から鋭いパスが翔太の足元に入る。


 しかし翔太が受け取ったボールのポジションは2枚のCBと2枚のボランチにのちょうど中央、まさに四面楚歌の状態だ。


 二線級の選手ならともかく、その4人が4人とも一線級のフットボーラーだ。翔太もおいそれと突破は出来ない。


 苦し紛れに綾人君にボールを預けるが、綾人君もSC東京DF達に挟まれ、相手ボールになってしまった。


 最もSC東京にしても向こうの攻撃になると、司と高田さんがDFラインまで下がって来て、ガタイのいい爽也さんと綾人君が真ん中のラインに入り、5-4の強固なブロックを作ってSC東京の攻撃を防ぐ。


 お互いがお互い、決め手の無いままに時間だけが過ぎて行った。


 すると、前半終了5分前になると、SC東京のベンチ前で背番号7を背負った小柄な選手がアップを始めた。

 忘れもしない大竹公平だ。


 司も背番号7の存在に気が付くと、ピッチの中からSC東京ベンチをチラチラと見る。


 後半間違いなく大竹さんは出てくる。


 と、監督が、「おい、神児、お前もアップを始めろ。後半頭からいくぞ」と言った。


 俺はベンチから出ると、小刻みにジャンプを繰り返しアップを始めた。



 結局、前半は両チームとも決め手を欠き、0-0のままハーフタイムに入った。


「どうだった、司」俺は司に聞く。


 すると、司はポカリを飲みながら「やりずらい、あと、何気に全員のレベルが高い」


「気が付くと周りを囲まれてるんだよね」と翔太。場面、場面で数的有利を作られてしまっている。


 さすがに翔太と言えども代表レベルの選手に囲まれては自由にプレーはできない。


 サイドからのクロスを入れようとしても、でかくて速いSC東京の2枚のCB相手にヘディングで点を決めるのも難しい。


 もっともそれもあちらさんも一緒だ。SC東京にしてもリトリートした時のうちのブロックをおいそれと破れはしまい。


「とにかく後半は間違いなく東京は大竹を投入してくる。大竹のケアは大場、頼んだぞ」と監督。


「ハイ」と頼れるキャプテン。


「あと、神児、とりあえず、相手の左サイドバックとの我慢比べやってみろ」と監督。


 三苫君にはうまくいった消耗戦に持ち込めと言っている。


 ともかくやれるだけの事はやってみなくては。


 重苦しい雰囲気の中、後半戦がスタートした。


 後半戦がスタートすると、俺は相手の左サイドバックとの消耗戦に入る。


 しかし、どうやら、相手もひと試合でオーバーラップを何本決めれるかがサイドバックの評価だと思っているスタミナお化け。


 二人してかけっこしていたらあっという間に試合が終わってしまう事をお互いが悟ってしまった。


 すると最初にインパクトを残したのは翔太。


 ポジションを爽也さんと交代して後半は左のFWとしてゲームに参加すると、司からのパスを受けて一気にダイアゴナルラン。


 ペナルティーエリアを左斜め45度から侵入すると、SC東京ゴールまであと一歩のところまで近づいた。


 しかし、最後の最後でGKのファインセーブに阻まれて得点ならず。


 あんな風に天を仰いで悔しがる翔太の姿は珍しい。


 一方の大竹さんは、時折、効果的なパスをするのだが、それ以外は、大場さんの激しいマークにさらされて存在感を見いだせなでいる。


 司と見せた、あの奇跡のようなパス交換もなりを潜めたままだ。


 まだ本調子では無いのかな……そんなことを思いながら、俺はSC東京の左サイドバックとバチバチのデュエルを繰り返す。


 それにしてもSC東京の縦に速い攻撃は厄介だ。


 しかも阿吽の呼吸で左のハーフとサイドバックが互いにポジションを交換する。


 すると、後半25分、ビクトリーズのゴール前25m付近で健斗がファールを犯してしまった。


 SC東京のフォワードが大竹さんとのワンツーで抜け出したところをスライディングで引っ掛けてしまったのだ。


「すいません」と沖田さんにあやまる健斗。


「しょうがない、ナイスプレーだ」あのままだったらGKと1対1になってたかもしれない。


 健斗の脳裏には司と奏でたあの奇跡のようなワンツーが刻まれていたのだろう。


 俺だってあの場面だったら足を出してしまう。


 大場さんに指示されて壁の中に入る俺と司。


 チームでも背の高い方に入る俺と司は、フリーキックで壁を作る際にはいつも呼ばれるようになっていた。


「いやな、距離だな」と司。


「お前、大竹さんのFK見たことあるか?」と俺。


「いや、ない」と司。

 キッカーには大竹さん。俺も司もフリーキックを見たことは無いのだが、嫌な感じがしてならないのだ。


 その、なんていうか、ボールをセットする姿が妙に堂に入ってるのだ。


 フリーキックを蹴るまでの動作が一つ一つに無駄がない。


 俺たちの壁に入り込んだSC東京の選手にも大竹さんは丁寧に指示を出す。


「直接来るかな?」と俺。


「来るさ」と司。


「なんでだ?」


「キッカーとしての直観だ」と司。


 同じフリーキッカーどうし通じ合うものがあるのだろう。


「上かな下かな?」と俺。


「上だ」と司。


「なんでだ?」


「小細工無しで最高のコースに蹴って来るぞ」


 きっとそれもフリーキッカーとしての直感なのだろう。


 ならばそのフリーキッカーとしての司の直感に乗った。


 大場さんも俺たちの言葉を聞いていたのだろう。


「全員ジャンプしろ」と大竹公平に聞かれないよう声を殺して指示をする。


 大竹公平はコンコンと左足のつま先でピッチにノックする。


 きっとこれがフリーキックのルーティンなのだろう。


 短い助走から、こすり上げるように左足でボールを蹴り上げた。


「上だー!!」と大場さんの怒声。


 俺たちは必死にジャンプをする。


 しかし、ジャンプをした俺たちの頭上のさらに上を大竹さんの蹴ったボールが通過する。


 こんなん身長が2mあったって届きやしない。


 外れたか!!と思った瞬間、大竹さんの蹴ったボールは急激な弧を描き、狙いすましたようにゴール右隅に吸い込まれていった。 

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