第106話 東京ダービー その1

「神児君、お尻大丈夫ー?」翔太はそう言うと俺に向かってボールをトスする。


「まだヒリヒリする」


 俺はそう言うと、翔太から投げられたボールを右のインサイドで丁寧に合わせ胸元に返す。


「驚いたよ、いきなり人工芝の上でスライディングするんだもの」


 俺から蹴り出されたボールを両手でしっかりと受け止めると、再び俺の足元に優しく投げる。


 俺は翔太から投げられたボールを今度は左足のインサイドで丁寧に返した。


「ってか、翔太も人が悪いなー、試合しに来るってわかってたんだったら最初から言っとけよ」


「だって、監督が、サプライズだから内緒だよっていうんだものー」とすまなそうにボールを受け取る。


「まあ、でも、10番のユニフォーム似合ってたぞ」


「ありがとう、神児君。ってか、代表どうだった?」と翔太。


「うーん、強かったけど、かなわなくは無いって感じかなー」とボールを蹴りながら俺。


「おー、言うじゃん、神児君。でも、一昨日のチームフル代表じゃないからね」と翔太。


「えっ、そうなの?」翔太からトスされたボールを蹴りそこなってしまった。


 ボールを拾いながら、「そうだよー、神児君。だって30分ハーフの試合でわざわざ日本中から集まるわけないじゃん」と至極まっとうな返事。

「そりゃそうだな」と俺。


「まあ、レギュラー半分と控え半分って感じかなー、一昨日のメンバーは、まぁ関東のチームに多いんだけれどね代表のメンバーは」そういって翔太はまた俺にトスしてくれる。


 そうか、確かにアレに関東以外の全国区の選手が加わるんだ…………



 関東トレセンから二日後、今日はビクトリーズの練習日。


 俺は翔太とコンビを組んでボールを使った基礎練習をしている。


 この後の紅白戦の結果で週末のSC東京との試合のメンバーを決めるのだ。


 ってか、先週は旧川崎ダービー、そして今週は東京ダービーとなかなかタイトな試合スケジュールだ。


 そもそもビクトリーズが所属しているこのU-15関東1部リーグのメンツがえぐ過ぎなんだ。


 ちなみに今年度の所属チームは、うちと川崎、SC東京、横浜Fマリナーズ、大宮ミーヤ、埼玉レッズ、鹿島アンタレス、柏レガース、千葉ユニオン、湘南ベルファーレ、そしてこの前練習試合をした府中武蔵野FC。


 きっつい所ばっかし、大体、東京ダービーが終わっても、横浜、鹿島、埼玉とJのジュニアユースのトップどころとの連戦が待っている。


 すると、「よお、神児、ケツの具合はどうだ?」と監督。


「あっ、おはようございます」と俺。


「ああ、挨拶はいい、いい、それよりもお尻だいじょうぶだったか?」と大下監督。


「皮がちょっと剥けて、まだヒリヒリしてます」と俺。


「あー、だよなー。結構派手にスライディングしてたから……」

 そういうと、腕を組んで難しい顔をする。


「あ、でも、試合全然大丈夫です」と俺。こんなことでせっかく手に入れたU-15のポジションを手放してなるものか。


「まあ、あせんな、あせんな、シーズンは始まったばかりだし、リーグ戦以外にもカップ戦の予選やらなんやらあるんだから」と監督。


 そういうものなのかな?


 まあ、確かに年間スケジュールの試合量は結構たくさんあったものなー。しかもほとんど全部40分ハーフ。カップ戦の予選に至っては延長戦までしっかりある。


「週末の東京ダービー、スタメンからは外すけれど途中で使うから準備だけはしとけよ」と監督。


「あ……はい」と俺。


「じゃあ、お尻、お大事にねー」そういって、キャプテンの大場さんのところに行ってしまった。


 チャンスを逃してしまったかもしれない……すると、「大丈夫、大丈夫、試合には出れるんだから」と翔太。


「大下監督、思ったことは全部僕達に言ってくれるし、ダメなプレーはダメって教えてくれるからそんな心配することないよ神児君」と翔太。



 すると、「よう、神児、監督と何話してたんだよ」と司。


「お、おお、ケツの具合どうだ?って」


「あとは?」


「週末の東京ダービー、スタメンから外すけど、途中で入れるつもりだから準備しとけって」


「なるほどねー」とリフティングをしながら司。


「なにがなるほどなんだ?」


「いや、監督が、今日はDF陣との連携よく確認しておけって。あと、右サイドには高田さんが入るからそこら辺の打ち合わせもちゃんとしとけってさ」


「あー、すまない」と俺。


「あーいいよ、いいよ、俺も先輩たちと連携取りたかったんだからいいちょうど機会だ」と司。


「んじゃ、ケツ大事にしろよなー」そう言うと司は自分のいた場所に戻っていった。


 というわけで、俺は紅白戦は控え組。

 またまた翔太と対面することになってしまったが、今日はいいとこ無しでボロくそにやられてしまった。



……二日後、


 今日はU-15関東1部リーグ第2節、SC東京をホームに迎えての東京ダービーだ。

 ピッチの上では今日のスタメン組がアップを始めている。


 ちなみに今日もビクトリーズは3-4-3気味の3-4-2-1。トップの翔太が偽の9番気味にメッシを気取っている。


 右サイドバックが俺の代わりに斎藤さん。もともとU-15のレギュラーだ。そしてCBの片山さんの代わりになんと今日は健斗がスタメンだ。


 普段U-14のキャプテンで心臓に毛が生えてるように見える健斗だが、今日は一丁前に緊張してやがる。あとでからかってやろう。


 それ以外はこの前の川崎戦と同じメンツ。司がさっきから健斗と大場さんとなにやら熱心に打ち合わせをしている。

 きっと司が攻撃参加した時のポジション取りの話なのだろう。


 

 一方のSC東京の方はというと、伝統の4-4-2。トップチームと一緒で堅守速攻の分厚いサイド攻撃を得意とするチームだったのだが……


 昨年からいきなり、トップチームが人もボールも動くムービングフットボールとかいうポゼッションサッカーをやり始め、夏場に主力がことごとく故障しての空中分解。


 そして今年、誰もが予想しなかった降格の憂き目にあうことになろうとは、この時点ではまだ誰も知らない。


 

 「慣れないことはするもんじゃない」の、いいお手本になってしまったのはまた別の話。


 まさか、またポゼッションサッカーに転向しようだなんて思ってないよね。……懲りない人達だ。


 

 どうして楽〇といいmi〇iといい、テレビでしかフットボールを見たことのないようなIT社長は、どいつもこいつもバルサ化を目指してしまうのだろう。


 きっと真面目にフットボールと向き合ったことが無い人種なのだろう。

 でなかったら、この高温多湿の日本の夏にポゼッションサッカーをしようなどと狂気の沙汰を唱えるはずがない。


 「お前ら一遍でも、真夏のグラウンドでボールを追っかけたことがあるのかよ!?」と、俺は一回聞いてみたい。

 きっと空調のバンバン効いた部屋でサカツクでもやっていたのだろう。

 

…………すみません、ちょっと切り替えます。


 というわけで、SC東京をビクトリーズのホームに迎え、U-15関東1部リーグ第二節、東京ビクトリーズ対SC東京、キックオフ!!

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