第105話 トレセンへようこそ!! その3

 ピッチに入った瞬間に明らかにトレセン組の空気が変わった。


 いや、U-15の方が警戒しているというべきか……

 

 大竹公平のポジションはトップ下。今はやりの偽の9番とかではなく、俺の知っている限りでは典型的な司令塔タイプの選手だった。


 トップ下のポジションに入った大竹公平の足元にボランチの選手からボールが入る。その途端、マークに付いたボランチがプレスをかける。


 が、まるで何もなかったかのように足元でボールを止めてターンをする。と、左足の甲にボールを乗せてボールをふわりと浮かせた。


 その一連の動作があまりにも自然で、ベンチにいる誰もがそのプレーに目を奪われた。


 だが、目を奪われたのは俺達だけではなかった。


 ピッチ上にいる選手たちもボールウォッチャーにしてしまったのだ。


 ただ一人、トレセン組のフォワードだけが大竹公平のボールに反応した。


 が、最後のところでトラップが大きくなってしまい、ボールがゴールラインを割ってしまった。


 すまなそうに手を上げるフォワード。だが大竹公平は何事も無かったかのように手を上げて応えるとにっこりと笑った。


 大丈夫、何度だって同じボールを出せるからとでも言っているのだろうか……


「すげーな、アレ」俺の横で司がボソッと話す。


「ああ」と、それだけしか返せないことが歯がゆい。


 フットボーラーなら、ましてや将来指導者を目指すものなら、何がどう凄いのか明確に言語化しなければならないのに、ただすごいとしか言いようが無い。


 言語化してしまった途端、それはあまりにも陳腐なものに成り下がってしまうような気がしてならないのだ。


 再び大竹公平にボールが入る。ボランチは今度こそしっかり止めてみせるとプレスに入ろうとするが、それを肩透かしするかのように左のサイドバックに軽くはたいた。


「そこからワンツーだ」司がつぶやく。しかし、サイドバックはそのまま縦に仕掛けると、クロスを上げる前にU-15の右サイドバックにボールを刈り取られてしまった。


 チッと司の舌打ちが聞こえる。


 今、司は、大竹公平とイメージを共有出来ていたのかもしれない。


 すると、「北里、また、左サイドバックに入れるか?」と高柳さん。


「ハイ!!」と返事をする前に立ち上がる司。


 ビクトリーズのユニフォームの上に黄色いビブスを付けた司はそのままピッチに向かって走ってゆく。


 お互い、目で合図をする司と大竹公平。明らかにピッチの中の空気が変わった。トレセン組が何かをしてくるとそんな気がしてならない。


 司の足元にボールが入るとすかさずプレスに行く代表の右サイドバック。


 すると司は先ほどの大竹公平と全く同じターンを決める。


 足の裏を使ったどこまでもスムーズなターンだ。そしてセオリー通り、右足のインサイドキックで大竹公平の足元にボールを入れると教科書のようなワンツーで司の前のスペースにボールを返す。


 司は左足のインサイドで丁寧にトラップをすると、そのまま前にボールを運ぶ。


 左サイドバックとして実に基本に忠実なプレーだ。


 ターンで交わした右サイドバックの選手とボランチの選手が司にプレスをかけに行くが、それより前に、今度は左足で地を這うようなインサイドキックで大竹公平の右足に入れる。


 すると、センターバックがチェックを入れる前に、右のインサイドでピタリとトラップしたボールを持ち替えることなく、左足のインサイドを使ってペナルティーエリアに侵入した司の左足にピッタリ合わせてきた。


 何という事だろう。司と大竹公平はワンツーのパス交換だけでU-15日本代表の守備網を崩してしまったのだ。


 しかしそこにはミリ単位のコースの正確さと、コンマ1秒のズレもない、完璧なワンツーでの崩しだ。


 そして司は最後のラストパスだけ、左足のインステップに乗せると、ここしかないという一点に目掛けてボールをふわりと大竹公平に返した。


 するとそれまでの動きが全てまやかしだったのかと思えるような素早い動きで、スルスルとペナルティーエリアの中に侵入すると、左45度の角度から、利き足の左足で完璧なダイビングボレーをゴール左上に決めた。


 フライングダッチマンのようなパーフェクトなダイビングボレー。U-15の代表のキーパーは一歩も動けなかった。


「うおぉぉぉぉぉぉ」ピッチ上ベンチ内問わず、トレセン組約50名の怒涛のようなどよめき。


「大竹公平が帰って来た」とつぶやく同じ青赤のユニフォームを着ている選手。


 なんじゃ、今のワンツーはと周りにいる仲間に今のプレーが自分だけが見た幻覚では無いのかと確認をする選手、駒沢補助グラウンドには一種異様な空気が流れる。


 しかしそこからが、トレセン組の悲劇の始まりだった。

 

 U-15代表の選手達は監督から、今日はトレセン組のプレーを見たいから受けに回ってくれとでも言われていたのだろう。


 しかし、大竹公平に1点取られスイッチが入ると、先ほどまでと明らかに違う強度でのフットボールが始まった。


 大竹公平にも両ボランチが背後に付き、身動きすら取れないような密着マークをする。

 

 司にターンで軽くあしらわれた代表の右サイドバックは目の色を変え、司のビブスを引きちぎりにかかる。


 さすがに司も大竹公平も怪我明けだと知っていたため、すぐさまピッチから引き戻されると、後に残ったトレセン組との火花の散るようなフットボールが繰り広げられた。


 結局残りの時間で、U-15代表がトレセン組から5点をもぎ取る。しかしトレセン組もただ黙ってやられっぱなしになるではない。


 しっかりと川崎の4人を中心に2点をもぎ取ると、最終スコアは5-3でU-15日本代表の勝ちとなった。


 それにしても、代表で10番を背負った時の翔太の凄さ。


 大竹公平もすごかったが、翔太もひとり別次元の動きを見せて2ゴール1アシストの大活躍。つくづくとんでもない奴がチームメイトだったのだと思い知らされた。

 

 しかも最後は俺のところまでやって来て、「神児君、お尻だいじょうぶー?」と心配してくれる始末。

 

 結局俺は翔太と司に付き添いされて、医務室でお尻の治療にあたることとなった。

 

 はてさて、俺は、監督からはどういう目で見られているのかな…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る