第101話 旧川崎ダービー その2

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 すると、司上司が地獄のような顔で俺のところにやって来た。


「てめー、何してくれちゃってんだよ、スカタン、ボケ、アホ、カス!!!」


 ああ、どんな罵詈雑言でも甘んじで受け入れます。上司。


「まあまあまあまあ」と沖田さん。


「お前、あんな軽いプレーしてたら外されるぞ、マジで!」と怒りが全然収まらない司。


 見ると三苫君は手をひらひらさせてアッチッチのパフォーマンス。あ、それ、ワールドカップの予選で見た。こんな頃からやってたんだね、三苫君。


「てめー、なに目をそらしてんだよ、ボケー!!」


「あっ、すいません、なんでもないです。ゴメンなさい」


「まあまあまあまあ、司、試合始まったばっかだし、落ち着け、落ち着け」


 大場さんにそう言われどうにかこうにかクールダウンする司。


「監督だってそんなすぐには下げないって」


 大場さんにそう言われ、俺はチラッと監督を見る。


 うーん……なかなか険しい顔をしてらっしゃる。


「ともかく、三苫には迂闊にスライディングするな」と大場さん

「はい」


「辛抱強くDFだ」

「はい」


「とにかく、こっち側はディフェンシブに行くから、司、左サイド任せたぞ」と大場さん。

「わかりました」と司。


 すると、三苫君が目の前を横切る際にペコリと頭を下げる。


 ごめんね、なんか、気を使わせちゃって。ついでに質問。


「あ、あの三苫君」


「なに?神児君」


「あのさ、ちなみに100mのタイムってどのくらい?」と俺。


 すると人差し指をあごに当て、


「うーん、たしか、この前のスポーツテストで11.1だったかな」と三苫君。


 目が点になる俺。


「えーっ、僕より、1秒近く速いのー!!」とびっくりした顔の翔太。


「ってか、虎太郎よりも全然はえーんだ」と司。


「やっべー、やっべー、やっべー」と俺。


 フットボーラーに100mのタイムはあんまり関係ないと言われているが、ここまで速かったら関係あるわ。


 ここに来て一段と凄さを増した三苫エキスプレス。


 俺もそれなりに脚速くなったんだけれどなー。


 そしてビクトリーズからのキックオフ。


 大場さんからはとりあえず攻撃はいいから、ディフェンシブに行けと言われた俺は、三苫君に付かず離れずマークを続ける。


 すると、「そういや、神児君って、前、FWだったよねー」と三苫君。


「まあねー」覚えてくれてありがとう。


「なんで、サイドバックに転向したの?」


「まあ、いろいろあるんだよ」と、その時、再び、三苫君の背後にボールが飛んできた。


 幸いにも三苫君よりも有利なポジションにいた俺は、ギリギリスライディングでボールをタッチに蹴りだした。


「オッケー、オッケー」それでいい、それでいいと沖田さん。


 みると司もふーっと胸をなでおろしている。


 と、その時「神児君のシュート、すごかったんだけれどなー」とすれ違いざま三苫君。


 覚えていてくれたんだ。ありがとう、後でちゃんとお礼するからね。ウフっ。


 そんなわけで、しばらくの間は攻撃はビクトリーズの左サイド。俺は内に外にと三苫君に付きながらバランスをとる。


 そんな感じで、前半が終了した。



 フリッパーズとの試合はこれまで、大体派手な打ち合いだったが、今日は1-0のロースコアで試合が動いている。


 川崎の例の4人も、この試合がU-15の初めての試合とあって、DFの体の大きさと寄せの速さに手こずっている感じだ。


 それでも4人のプレーには存在感が光っている。もちろん俺達も負けては無いが……


「ともかく、後半も川崎の左サイドをケアしながら、うちのチームはこれまで通り、大場、北里で試合を組み立てろ。ただ、それだけだと、前半と変わらない。なあ鳴瀬」


 とここでいきなり監督が俺に話を振った。


「はっ、ハイ」唐突に話題を振られちょっとキョドる俺。


「なぁ、お前が三苫に勝てることってなんだ」と監督。


「そのー、スタミナですかね」とちょっと自信なさげに俺。


 一瞬、顔ですかねとボケようとしたけれど、それを言ったら二度とゲームに呼んでもらえそうにないのでやめておいた。


「そうだ、分かってるじゃんか」と監督。


 あー、よかった。あっていた。


「じゃあ、後半、三苫と好きなだけかけっこして来い。俺からは交代はしない。もうだめだーと思ったら手を上げろ」そういってニヤリと笑う監督。


 なるほど、このまえの府中武蔵野FCでやったことをもう一度やれってことですね。


「分かりました」と俺。


「というわけだ。どこかでバランスが崩れたら、一気に右サイドから攻め込め!!」


「はい!!」



 後半が始まった。


 ビクトリーズからのキックオフ。


 相変わらず左サイドでは、司が外に張ったり内に切れ込んだりと神出鬼没に顔を出しては、攻撃を組み立てる。


 確かにこの攻撃は川崎側からしたら厄介だ。それにあちらさんは、司に左45度があることを皆知っている。去年、最後の最後に優勝をかっさらわれた事を忘れやしまい。


 そして、それと同じくらいに翔太にも注意を払っている。もっとも、翔太も川崎のDFの体の大きさと寄せの速さにまだ慣れていないみたいだ。


 時折、縦に突破してクロスを上げるがお互い攻撃が単発になっている。


 シーズン初戦とあって、まだ、実戦段階でのコンビネーションが取れてないのか、お互いが単発的な攻撃で終わる。


 このまま試合が終わってしまったら、次の試合からここには呼ばれないかもと危機感を感じた俺は、大場さんにボールが入った瞬間に、三苫君の裏のスペースに走る。


「大場さん、ここ!」


 すると、注文通りのスルーパスが俺の目の前にやって来た。三苫君と一緒に。怖っ!!


 俺は空いた前のスペースに大きく蹴り出すと、三苫君とかけっこを始めた。


 幸い、三苫君よりも前のポジションにいた俺は、三苫君に追いつかれながらも、ギリギリでボールをキープする。


「戻せ、神児!!」と大場さん。


 俺は大場さんに戻すと、再び下がり目のポジションに位置を変える。そして大場さんは司にボールを渡すと司はFWにボールを入れずに左のCBの片山さんにボールを預ける。


 後半10分、1-0で負けているにもかかわらず、ビクトリーズはボールポゼッションに意識を向ける。どうやら、チーム全体で意思の疎通が図れたみたいだ。


 さぁ、三苫郁と思う存分駆けっこして来いよ……と。


 すると、今度は司から火の出るようなサイドチェンジが……初見では対応するのが難しい司からのサイドチェンジを右足のインサイドでトラップすると、また三苫君と行けるところまでかけっこをする。


 三苫君が追いつくギリギリのところで、すっとターンをして、今度は沖田さんにバックパス。


 ちょっと怪訝な顔をする三苫君。やべっもしかして気づいちゃったかな。


 すると、「ねぇ、神児君、1対1しようよ」と爽やかな顔をする三苫君。


「うん、いいよー」って言いそうになっちゃうが、直後、司の地獄のような顔を思い出すと、ニッコリと首を振る。


 さあ、あと何回おんなじことが出来るかな。


 俺はそのまま一気に沖田さんとポジションチェンジ、一気にDFラインまで三苫君を引きずると、壊れたエレベーターのように上下動を繰り返す。


 さすがに付き合いきれないと、三苫君が俺からマークを外した瞬間、大場さんからの絶妙なスルーパス。


 俺は一気にフリッパーズ陣内に深く侵入すると、そのまま、ニアに飛び込んできた綾人さんの頭目掛けてクロスを入れる。


 ゴールポストなんて怖くないと言った感じの、狂気のダイビングヘッドにキーパーはパンチングが精いっぱい。


 すると、ファーに浮いたボールをしっかりとゴール前に詰めていた爽也さんが胸で押し込んだ。



 後半20分、川崎フリッパーズU-15VS東京ビクトリーズジュニアユースのスコアは1-1となった。

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