第102話 旧川崎ダービー その3
「三苫君、疲れた?」
右サイドでお互いにマークをしあいながら俺は三苫君にそう尋ねた。
「いや、ぜんぜん」とちょっとムッとした顔でそう答える。
先ほど、一瞬マークを外した瞬間に、俺に右サイドを突破されて、失点の原因になってしまった三苫君。その顔からは悔しさがにじみ出ている。
試合開始直後の俺のやらかしと、これでおあいこだね。
U-15の試合になって前後半40分となったこの試合、どっちが先にへばるのかな。
「そう、疲れてないんだ。じゃあ、行ってみようー」
俺は逆サイドで司がフリーでボールを持った瞬間、一気にフリッパーズDFラインを目掛けて走る。
一瞬、何が起きたか分からない三苫君。とにかく俺をフリーにしたらヤバイと必死に追いかけてくる。
前半と立場がまるっきし逆転した。
と、相変わらず、エグイ精度で逆サイドから今日数えきれないくらいのエグイパスを通してくる司。そろそろこの試合の陰の司令塔が司だとフリッパーズの選手も気付いたであろう。
でも、だから、どうした?
すると、とっても優しい俺の上司は、フルスプリントでぎりっぎりのところにボールを入れてくる。
司、てめー、今度同じことやってやるから覚えてろよ!!
ギリギリと歯を食いしばりながら俺に貼り付いてくる三苫君。どうだい、乳酸溜まってきたかな!!
司のこれ以上ない最高にサディスティックなパスを足元に収めると、必死に追いかけてきた三苫君の逆を突くように、一気にUターンして、今度は味方DFに向かって走り出す俺。
予想外の俺の動き出しに思わず足が止まってしまった三苫君。
俺はそのまま大場さんにボールを預けると、司のいる左サイドに、狂気のインナーラップをかましてやった。
えっ?お前の担当の右サイドがお留守だって?
大丈夫。三苫君の足はもう止まったから。
あっけにとられた顔で俺の行き先を茫然の見つめる三苫君。
俺の行き先はただ一つ、「てめー、司、よくも人のことアホみたいにこき使ってくれやがったなー!!」
すると殺気を感じたのであろう、誰一人マークを付くことも無くドフリーでピッチを横切る俺の足元に、ソフティーなこれ以上ないエンジェルパスを供給する。
やりゃー、できるじゃねーか、コノヤロー!!
右サイドバックが持ち場を離れて、翔太どころか、左FWの爽也さんまで追い越して、何故だか左の最前線に顔を出すと、マークのズレた川崎DF陣目掛けて、渾身の左ミドルをぶち込んでやった!!
怒りに身を任せて蹴り込んだボールはえっぐいくらいにアウトに掛かり、そのまま川崎フリッパーズのゴール左のサイドネットに突き刺さった。
「どないなもんじゃーーーーーい!!!!!」
チームのみんながドン引きするくらいの大声で周囲を威嚇する。
なぜだか一番近くにいた翔太が涙目になっている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
気が付くとビクトリーズが2-1で勝っていた。
辺りを見渡すと、三苫君もいないし、逆サイドに張っているはずの司もいない。
「神児、お疲れ」とビクビクした感じで健斗が話しかけてくる。
「アレ、なんでお前いんの?」と聞いたら、
「何言ってんだ、お前、さっき沖田さんと交代したろう」とこわごわ答えてくる。
「ってか、三苫君は?」とあたりをキョロキョロ。
「お前、大丈夫か?俺よりも前に三苫も交代したろ」
「司は」
「交代した」
「翔太は」
「交代した」
双方のベンチを見ると確かにぐったりとした三苫君と顔を引きつらせている司と翔太がいた。
「ってかさ、神児、先輩に向かってさすがにあれは無いだろ」と健斗。
「アレって何よ」
「お前からのクロス外した爽也さんに向かって、どこ目を付けてんだこのウスノロ!!って」
「うっそだー」
途端に背筋に冷や汗が出てきた。
「あと、キーパーとの1対1はずした綾人さんに、この下手くそー」って。
「ウソウソウソウソ」
やだ、全く覚えてない。
「そりゃ、さすがに、お前のクロスは完璧だったけれど、先輩に向かってありゃねーよ」と健斗。
恐る恐る綾人さんの方を見てみると、目が合った瞬間に気まずそうに視線を逸らす。
やっば、どうしよう。記憶が飛んでる。
試合終了時のフリッパーズとの握手も、みんな誰一人俺とは目を合わしてくれない。
すると、ベンチに戻る途中で爽也さんがやってくると「シュート外してすみませんでした」と…………
「いやいやいやいや、やめてやめてやめて」
試合終了後のミーティングでは、宿敵ともいえるフリッパーズに勝ったにもかかわらず、妙に気まずい空気が流れてる。
こういう時には謝るに限るね!!
「すいません、なんか、俺、ナマイキなこと言っちゃって」とみんなの前で頭を深々下げる俺。
「いやいやいやいや、大丈夫、大丈夫」と大場さん。
「すいません、なんか俺、失礼なこと言っちゃったみたいで、でも、俺、よく覚えてなくて」
「だろうなー」と沖田さん。
「目、完璧にきまっちゃってたもんなー神児」と爽也さん
「まあ、1ゴール1アシストで文句なしのMVPだし」と綾人さん。
「1失点ですけれど」と序盤のミスをしっかり指摘してくる司。
「まあ、でも、残り10分すごかったけどなー神児」と片山さん。
「右左関係なく、前が空いたら全部クロスだもん」と沖田さん。
「全盛期のベッカムみたいだったぞ」と健斗。
「まあ、精度は全然だったけどな」と司。
どうやら、総合して話を合わせてみると、三苫君が引っ込んだ後半30分以降、俺が右サイドを無双していたらしい。
決定的なクロスを2本、それ以外にも前が開けばすぐさまアーリークロスをゴール前に放っていたそうだ。
なんか、クロスはたくさん蹴った記憶はあるんだが……正直、よく覚えてない。
すると、監督が、「お疲れ、神児」
「はい、ありがとうございます」
「今日はこれで解散、体しっかり休めておけよな」
「はい」
「あと、それから、お前、水曜日の練習来なくていいから」と監督。
いきなり涙が飛び出そうになる俺。
「俺、やっぱ、ダメでしたか」そう言ってぐったりとうなだれる俺。
「いやいやいやいや、そうじゃなくって、駒沢行って」と監督。
「駒沢?」俺はそう言って首をかしげる。
「ああ、駒沢のサブグラウンド。健斗が知ってるから」そう言って、監督は健斗を指さす。
「健斗が?」俺はそう言うと健斗の方を見る。
「あと、健斗と司、それから沖田も」監督はそう言うと名前を呼んだメンバーを指さす。
「はい!!」途端にあたりの空気がピーンと張り詰める。
「えーっと、何があるんですか?」と俺。
「監督推薦で今週の水曜にある関東トレセンに申し込んでおいた。頑張ってこい」と監督。
「トレセンですか…………」と俺。
すると、司が耳元でささやいた。
「やったな、神児、U-15の関東トレセンに選ばれたんだよ、U-15の日本代表の試金石だ」と司。
監督の言っていることがやっと今理解できた。
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