第100話 旧川崎ダービー その1
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664074161375
天然芝の香りを湛えた薫風がほほを優しく撫で、時折、河川敷からやって来たヒバリやオナガのさえずりが聞こえてくる。
五月のまだピークを迎えていない太陽の光がピッチに優しく降り注いでいる。
一年でもっともフットボールにふさわしい季節がやって来た。
2010年度U-15関東1部リーグ開幕戦、東京ビクトリーズVS川崎フリッパーズ。
通称、旧川崎ダービーが幕を開ける。
なぜ、旧川崎ダービーと言われているのか。
それは、ここでは話せない大人の事情がいろいろあるからだよ!!!
デリケートな問題なんだよ!!いろいろと!!!
まあ、今、川崎さんが使っている轟スタジアムは以前のビクトリーズのホームスタジアムです…………そこら辺から察してくれよ。
と、そこで、「おい、神児、お前、さっきから何ぶつぶつ話してんだ」と司。
「なんか、今日、ちょっと変だぞー」と翔太。
「自転車ばっか乗ってからだよ!!」と健斗。
アレ……おまえ、今日、こっちの試合にでるのかよ!?!?
ピッチ上では既にフリッパーズのイレブンがアップを始めている。
そして、その中には、やはり、例の4人、三苫、田中、三芳、板谷の4人がいた。
どうも、お久しぶりです。こうやって俺が直接対決するのは、おととしの夏以来だね。
と、俺の視線に気が付いたのか、例の4人がやって来た。お目当ては、去年のリーグ戦で煮え湯を飲まされた司への表敬訪問だ。
「あれ、北里、来てるって聞いてたけれど、どこ?」と板谷君。
「あのおでぶちゃん、今日の試合に出るんだろ?」と三芳君。
「あの体形で、よくサッカーできるよなー」と田中君。
「まあ、膝には負担かかってそうだったね」と三苫君。
そんな会話を、司の目の前でする、川崎の4人衆。よっぽど去年の試合のことを根に持っているみたいだ。
そんな四人のやりとりを、頬を引きつらせながら聞き続ける司。手を出しちゃだめだぞ、司。
「よお、ひさしぶりだな」と司。
「誰っ!!!」と板谷君。
「お久しぶりです。北里司です」
「ってか、ほんとに痩せたんだなー」とお腹をさわさわ三苫君。
「今日はフォワードで出るの?」とお腹をツンツン田中君。
「左サイドバックだよ」と優しく手を払いのける司。
「何やってやせたんだよ」と頭のてっぺんからつま先までジロジロ見つめる三芳君。
「自転車やらなんやら」と司。
「へーーーーー」と川崎の4人。
「まあ、今日はよろしくな」そう言って手を差し出す板谷君。
「今日は負けねーぞ!!」と一人年下の田中君。
って、君、まだU-13だよね。すごいねー。二つ飛び級じゃん。
「俺も、負けないから」と握手を求める三苫君。
「じゃ、じゃあ、俺も握手」と言って手を差し出す三芳君。
そんな感じで親交を深める司。
じゃあ、俺も握手をしようかと三苫君に手を差し出すと………
「君、誰?」
「…………………………」
そんなわけで、キックオフです。
うちはいつもの3-4-3。ちょっと違うのはいつもは左サイドの翔太が真ん中に入ってちょっと下がり気味の偽の9番。
右サイドに綾人君が移って、左側には爽也君。まあ、試合中は流動的に動くからポジション固定って訳ではない。
そして川崎さんは伝統の4-3-3。三苫、三芳、田中の三本の矢がビクトリーズDF陣ののど元に狙いを定めている。
中盤で大場さんがボールを持つとボールの感触を確かめるようにゆっくりと回し始める。
時折、司や翔太がボールに絡んでくるが、フリッパーズからのプレスはそんなにかからない。まだ、様子を見ているのかな。
と、そこで、「神児ー!!」と大場さんから矢のようなスルーパスが右サイドに展開した。
目の前にはフリッパーズの左サイドバック。ってか、やっぱ、U-15だと体でけーなーオイ!
三苫君がやってくる前に、ここは一発、デュエル、かましますか!!!
俺は右足でキックフェイントを一発入れると、左足のインサイドでライン際にボールを蹴り出し、1対1に誘い込む。
ここでしっかり右サイドバックの仕事が出来ないと次から呼ばれないからね!!!
背後から三苫君の足音を感じながら一気に縦に抜けると、二人が追いつく前に、速めに綾人君にアーリークロス!!
綾人君が左足を高く上げてトラップするとそこには板谷君がしっかりと付いている。
綾人君は後ろから追い抜いてくる翔太に横パス。しかし川崎のキーパーが既に詰めていてコースが無い。
直後、左にはたくとそこには爽也君が。
角度の無い所からダイレクトで打つが、コースが外れゴールポストから逸れていく。
…………残念。ビクトリーズの流動的な攻撃はあと一歩のところで川崎のゴールには届かなかった。
直後、「神児、戻れー!!」と司の怒声が!!
川崎のキーパーに返されたボールを素早く俺たちの右サイドに蹴り込む。すると、そこには、マークの外れた三苫君。
「ヤバッ!!」
俺は脱兎のごとく右サイドを走り抜ける。
ストライドを大きく、モモを高く上げ、腕をしっかり振る。
春先から関沢先生と取り組んでいたスプリントで一気に三苫君との距離を詰める。
すると、トラップがちょっと大きくなってしまったのか、ギリギリのところで三苫君に追いつく俺。
と、その時、三苫君が、「久しぶりだね、神児君」と…………
なーんだ、覚えていてくれたんだ。
ならばと、俺はそのお返しとばかりに、コースを狭めるスライディングをかます。
「沖田さん、たのんます」
が、俺の予想よりも三苫君の方が一歩速く、コースを狭めるどころか、三苫君をどフリーにしてしまった。
「てめー!何やってんだ、このアホたれー!!」沖田さんの怒声が響く。
ア、アレ、ちょっと待ってよ、郁君ってば。俺はすぐさま立ち上がり三苫君を追いかける。
しかしどフリー三苫君は沖田さんが追いつく前に、あっさり縦に抜けると、ビクトリーズの右サイドを縦横無尽にスラローム。
「ちょ、待てよー!!」とキムタク並みに声を掛けるが、CB中央の為末さん、そして大場さんを十分引き付けてから、おしゃれにアウトサイドパス。
あー、これ、去年のJで散々見たやつだー。と思った直後、ゴール前に飛び込んできた三芳君がダイレクトで合わせゴールネットを揺らした。
ぎゃふん。
前半3分、川崎フリッパーズU-15VS東京ビクトリーズジュニアユースのスコアは1-0となった。トホホ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます