第99話  U-15 その6

https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664059621979


「なあ、神児ー、ちょっとちょっと」と大場さん。


「なんすかー」と俺。


 この後の紅白戦で、U-15のチームで出場するために今は大場さん達と練習をしている。


「おまえ、この前の試合で使っていたスライディング、ちょっと教えろよ」と大場さん。


「あっ、気付きました?」と俺。


「舐めんなよ、俺だってビクトリーズの中盤の守備任されているんだ、気付かねーわけねーだろ」


「あ、なんか、すいません」と俺。


「ま、ま、いいんだけどね。でも、何が違うかそこまでは分からん」そういって腕を組む大場さん。


「はぁ」


「だから、この前の試合で何をしたか、ちょっと教えろよ神児」と大場さん。


 そこまで言われちゃ、まあ、隠すつもりもないし……


「えーっと、スライディングを使い分けたんですよ」と俺。


「スライディングを使い分ける?」と首をかしげる。


 すると沖田さんをはじめ、U-15のDF陣が俺たちの周りにわらわら集まって来た。



「はい、コースを切るスライディングと、ボールを取るスライディングを使い分けたんですよ」と俺。


「なんじゃそりゃ」と大場さん。


 んー、口で言ってもなー……


「じゃあ、大場さんこの前のディクソン君役で、タッチライン際ドリブルしてください」


「お、おう」

 そういうと、ライン際をドリブルする大場さん。


 俺は並走しながら、

「よく、スライディングでやりがちなのは、走っている選手の足元狙ってスライディングをするんですが、それだとどうしてもファールを取られがちなんですよ」

 と走りながら俺。


「そういうもんじゃないのか?」と大場さん。


「俺が仕掛けたのはこんな感じです」と俺はタッチ際の大場さんの進行方向に向けてスライディングをする。


 途端にコースが狭まれスピードを落とさざる得ない大場さん。


 そしてそこから足を出してボールを掻きだす。


「こんな感じです」そういって立ち上がる。


「えっ、えっ、えっ、ちょっともう一回やって」と大場さん。


「まっ、まぁ、いいですよ」と俺。


 再びドリブルを開始する大場さん、そしてそれに合わせてスライディングをする俺。


 直接足元にはいかないが、進行方向に向けて芝生の上を滑るようにコースを狭める。


「ああー、また、取られたー」と大場さん。


「はい、スライディングで相手のドリブルを減速させて、コースを限定させてから刈り取るんです」と俺。


「すっげーなー、神児、お前、その技、どこで知ったんだよー!!」と目をキラキラさせながら沖田さん。


 …………言えない。


 まさか、「2013-14シーズンのアトレティコ・マドリーの試合を見て覚えました」なんて言えない。

 

 あの年、バルサとレアルの2強に風穴を開けて18年ぶりにリーグ優勝を果たし、チャンピオンズリーグでも前年度のチャンピオンのチェルシー、そして全盛期のバルセロナに勝ち、決勝であと3分踏ん張ればレアルにも勝っていたアトレティコ。


 メッシやクリロナを散々苦しめたシメオネ直伝のスライディング。


 そりゃ、ベッカムさんだって泣くわ!


 正直、あの頃、自分の攻撃に限界を感じていた俺はプレースタイルを守備側にシフトして、ユースには上がりそびれたけれど、高校、大学、そしてプロで結果を残したのだ。今よりも小さな体で…………


「つ、司と1対1やってて思いつきました」と俺。くるしい!!


「そ、そうか、だったら、司のドリブルってえっぐいなー」と大場さん。


 いや、それほどでもありません、実は!!とは言えない俺。


 ジトーッと成り行きを見守っている司。


「じゃ、じゃあ、もう一つのスライディングは?」と沖田さん。


 誤魔化すチャーンス!!


「ええーっと、もう一つのスライディングは普通に足元を狙ったスライディングなんですけれど、一発目にそのスライディングをすると審判に目を付けられやすいのでよっぽどの時以外は俺はしません」


 まぁ、このまえのディクソン君の時にはやったんだけれどね。


「そうなの??」と沖田さん。


「はい、ディクソン君にも2回しかしてません。それ以外は、体にぶつからないようにスライディングをしてましたよ」


「へーーーー」と沖田さんをはじめとするDF陣。


「あ、あと、スライディングしてもスピードが落ちないように、スライディングの練習はいつもしてますよ」と俺。


「えっ、スライディングって毎日練習するの?」とげんなりした顔の沖田さん。


「芝生だから痛くないですよね」


「まっ、まあ」と沖田さん。


「俺はいつもこの練習をしてますよ」と言って、スライディングをして素早く立ち上がる練習を見せた。


「おおおー」とU-15の皆さん。


「うまいな」と大場さん。「器用だなー」と片山さん。


「意識して練習すればすぐできます」と俺。


「…………………」何も言えなくなってしまったU-15のDF陣。


 まあ、俺もその意識が根付いたのはシメオネのアトレティコを見てからだけれどねー。


 なんかゴメンね、偉そうに。


 俺がすごいんじゃないんですよ。メッシやクリロナの全盛期にリーガのタイトルを取ったシメオネさんがすごいんですよ。


 グアルディオラやクロップにも負けず劣らずの名監督だと思うのですが、いまいち評価が低いと感じるのは俺だけですかね。


 それともやっぱ、CLのタイトルは重要なのかな?


 返す返すもあと3分、ほんとに惜しかったですね、シメオネさん。

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